これからもキミと朝日を

流水

春はあけぼの

 桜舞うこの季節、期待に胸を膨らませているであろう新入生たちが続々と門をくぐってやってくる。大学の1回生といえば、受験から解放され、新たに一人暮らしを始める者もいるだろう。大きく変化した環境への期待感が表情に映し出されている。

 さあ、そんな若人たちを前に俺がやることは一つ。


「大学と言ったらやっぱテニサーっしょ! 君入らない? ゆる~くやってるからさ、友達と軽く見に来るだけでも!」


 ひときわ大きく声を張っているが、なかなか集まらない。一人でも多く集めようと各サークルが成果を上げていくなか、俺はいまだ成果ゼロなのだ。相手の心底嫌そうな顔を見ると、やはりテニサーへの固定観念が強いのかもしれない。

 テニサー=チャラい、そんな方程式は誰が作ったのか。すべてのテニサーがそういうわけでは決してないが、俺のように金髪ピアスなど、絵にかいたようなチャラい見た目をしていると、「やっぱり」とでも言いたげな顔をされるのだ。なにがやっぱりだよ!こちとら大学デビューだよ!



 

夢をかなえるため、二度と童帝とよばせないために、俺は屈しない!!!





   *





「「「「かんぱーーーい!!!!」」」」


 必死に駆けずり回り、何とか例年同様の人数を集めて開催にこぎつけた新歓は、あっちもこっちも話が盛り上がっているのが見える。やはりアルコールが入ると話が弾みやすいようだ。

 しかし! アイツらはわかってねえな…女の子は俺たちの自慢なんて聞きたくないんだよ。むしろこっちが聞き役になって楽しんでもらわないといけないのさ!




……………どうやって話しかけるの?


 数分間座席をうろちょろしているが、話しかけ方がわからないのだ。皆楽しそうに話してて会話には入れそうもなく、1人でいる人には睨まれ、すごすごと退散してきたのだ。


「うぇっへっへ、四月一日どした? さっきから気持ち悪い動きしてるけど。後輩ちゃんから、あの先輩怖いって言われてんで?」

「気持ち悪い!?」


 30分ほどしかたっていないにも関わらず既に泥酔気味の同期、かえで 夏樹に肩をつつかれて振り返る。関西出身なのもあってかノリが軽く、俺が唯一話せる女友達だ。酒類にはめっぽう強いやつなので、こういう酔い方は初めて見るのだが、うぇっへっへって何だよ。


「んで、お持つ帰りの女の子に目つけてきたん? めちゃめちゃ張り切ってたけど」

「い、いや~、今期の新入生はガードが固くて」

「さっき穂積が、入れ食い状態や~って言ってたけど?」

「イケメン許すまじ。夏樹はいいよな、彼氏持ち」


 痛いところを突いてくる夏樹の楽しそうな、へらへらした顔が俺の言葉で急に覚めたように一瞬真顔になる。俺は突然の変化に戸惑うも、またへらっとした顔に戻ったのを見て不思議に思う。


「今日のわたしの、前と違うとこ言ってみ? ………嫌な顔しすぎやろ」

「その質問は世界で一番嫌われる奴だぞ」


 どっちの服が良いと思う?と並ぶ、絶対聞かれたくないこと不動の1位の質問に言葉を窮する。しかし、俺は恋人ができた時に備えてこの手の質問には定型文があることを知っている!!


「1cm髪切ったよな、似合ってるぜ」

「切ってないし、そんなん気付くのあんたに期待せんわ」

「・・・ネイル綺麗だぜ、春っぽくて」

「つけてないんやけど」

「足とか?」

「見てたらキモイわ」


 答えるたびに、徐々におれのHPが削られてる気がするのだが。もう一度夏樹を頭のてっぺんからつま先までじっくり「ほんまにきもいで」見ませんとも。

 しかしもう何も思いうかばないのが現状、今までの備えが瓦解したことを知って、俺は悔しそうに答えを求めた。


「彼氏にな、フラれた…」

「お、おう。それはドンマイ。…いや目に見える奴にしろよ! 誰もわからんわ!

まあ、そんなこともあるさ。この新歓でいい男見つけて見返そうぜ」

「そう思って気合い入れてきたんよ「確かに化粧濃い」骨格変えよか?」


 こっちまで気分を落とさないように、努めて明るく軽口を返す。何とか励まそうと脳に言葉を巡らすが、どうしたらいいか見当もつかない。しかし夏樹のなかではひと段落している話なのか、明るい口調で返事が返ってくる。


「せっかく気合い入れたのにさ、なんで新入生全員女の子なん!? 勧誘担当誰?」

「ははは、とんだ災難だな。ははは」

「あんたのせいや、反省しい」

「すまんて…ご、合コン組んでやるから、な?」


 ふと浮かんだ提案に、夏樹の顔色がみるみるよくなる。もう背景に光源5,6個ありそうなくらいの表情の輝きっぷりに若干引きながら、目を背けるようにジョッキを傾ける。しかし困ったことに俺は幹事どころか、合コンに行ったことさえない。誰かに頼ろうと見渡すと、入れ食いだなんだとほざいたイケメンが目に留まる。

 来い来いと手招きすると、新入生に手を振りながらこっちに来る。イケメン許すまじ。


「どうしたんだ?」

「合コン組みたいから何人か人集めてくれないかなぁと」

「このあほが女の子しか勧誘せんかったからな」


 咎めるような目を向ける夏樹を無視して穂積の答えを待つ。急なお願いにも驚くことなく、誰が良いかな~なんて言っていた穂積だったが、ふと何か思いついたようなそぶりを見せると、急ににやけ出した。


「ん、OK。男女両方俺が声かけとくよ。店も任せて」

「イケメンを連れてきてね」「美人をよろしくな、穂積」

「…はは、了解」


「四月一日、これがモテ男や」

「俺だってモテてたわ! 下駄箱にラブレターいっぱいあったわ」

「付き合わんかったん?」

「…呼び出された校舎裏には誰もいなかったよ。今思えば、幽霊だったのかもね。幽霊にまでモテる自分が恐ろしいな!」


 無言で日本酒が注がれる。グイっと一気に飲んだ俺の記憶はそこで途絶えている。





   *





 合コンを終え、ネオンに照らされながらとぼとぼと歩く二人に少し寒い風が吹きつける。春とはいえ、夜の寒さはまだ健在であるようだ。会話のない二人だったが、空気に耐えられなくなったか、夏樹が口を開く。


「なあ、イケメンいっぱいやったな」

「ああ、美人ばかりだった」

「「性格良し、話し上手、顔良くて」」

「そりゃ恋人いるわ…」


 先ほど終わりを迎えた合コンに、二次会なるものは存在しなかった。そりゃ恋人いる人が二次会まで参加するわけもないのだが。それよりも二人を苦しめたのは合コンでの会話だった。

 合コンと銘打った今回の飲みで行われたのは、延々と続く恋人の愚痴大会だったのだ。参加者の6/8が恋人持ちなのだから仕方ないのだが、これを合コンと呼んでいいのかさえわからない。


「俺ずっと苦笑いだったわ」

「…ねえ、バー行かない? 行きつけあるんやけど」

「…行こう、今はアルコールが欲しい」


 酔いたい。なぜなのかはうまく言葉にできないが、とにかく酔いたい。その一心で二人は少し路地に入り、戸を開く。こじんまりとしたその店は、外見からじゃわからないほど内装はしっかりとしたものであった。店主は渋いおじいさんとばかり思っていた俺は、20歳台であろうバーテンダーに驚きながら店に入る。


「すいません、スクリュードライバーを」

「最初にそれか? 度数高いのに」「ジョッキで」

「アタマぶっ飛んでんな!?」


 無言でうなずくバーテンに唖然とするが、ジョッキでステアしている様子は少しシュールで、俺も楽しんでいたのも事実だろう。

 酔いたいと思ってバーにきたのだが、俺は少し思い直してカシスオレンジを頼む。

 横で楽しそうにアルコールに吞まれていく夏樹を横目に、バーテンと会話する。年齢が近いからか、人柄なのか、話しやすくてついつい多く飲んでしまいそうになる。しかし楽しむ程度で止めておかなくてはならない。








ぐでーーーーーん




隣で死体ができることくらい、誰でもわかることだ。


「頼んだ分は全部残さず飲んでるのはさすがだわ」


 呆れながら言葉をこぼすが、これからが大変だぞと自分の体に鞭を打つ。夏樹の自宅は知っているが、電車を使うため駅まで行かなくてはならない。この店から駅というのが思いのほか遠いのだ。タクシーを使うべきか少し考えをめぐらせる。


「すいません、最寄り駅って北方向ですよね?」

「? ホテルならこの道を少し行って、左ですよ?」

「ホテルはいきませんよ!」

「休憩、したほうがいいのでは?」

「にっこにこで何言ってんすか。その手の動きをやめてください」




 楽しそうに笑うバーテンに見送られて店を出る。都会の夜独特の明るさは結構好きなのだが、満天の星は何物にも代えがたいなと故郷に思い出しながら夜道を歩く。背負っている生き物が、夜風が身に染みたのか、もぞもぞと動く。


「起きた?」「わたにゅき? ん、起きた」


 寝ぼけまなこで答える夏樹は俺の肩に作ったシミを見つけ、ハンカチでばれる前にとコソコソと染み抜きをしようとする。少し子供っぽいそのしぐさに頬が緩む。


「…直進するか、左折するか、どっちがいい?」


 答えをゆだねてしまう俺は甘すぎるのかもしれない。穂積あたりならもっとスマートに連れて行くのだろう。しかし、相手の意思を聞かないということはできない。


 すっと左を指し示す夏樹は、顔を赤くして俺の背に顔をうずめた。




    *




 寒さに身を震わせて目が覚める。布団を独占し、ぬくぬくと幸せそうに眠る夏樹には怒る気も失せてしまうものだ。



  彼女できたか?w


 性格が良いのは表面だけなのかもしれないイケメンからのメッセージ。いつもなら文句の一つでも言ってやるが、今はそんな気分にもなれない。

 筋肉痛に顔をゆがめながら窓辺に行き、カーテンを開ける。朝日を見つめながら四角い箱から一本取り出して咥える。ちょっとこの構図かっこよくない?



「春はあけぼのだなぁ」


「ココアシガレットやとかっこつかんなぁ」


 文学部らしく平安に思いをはせていると、いつの間にか隣に来て、呆れたように苦笑いを浮かべながら口を開く彼女は、誰より愛おしく、手放したくない人になっていた。


「おはよう」

「ん、おはよ」



 こんな何気ない挨拶ですら、幸せで胸がいっぱいになるほどに。









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