ヒロインが絵に描いたような正義の味方で、そんな彼女を守りたい俺は純度100%の悪人なんだが。

式守伊之助

第0章 プロローグ

第0話 悪の力で正義を守るんだが

アル…主人公・大悪党・レテシアを守りたい

レテシア…ヒロイン・正義の味方・王族

ルマレク…レテシアの部下・モデル級の美人

シバヤス…レテシアの部下・気配を隠せるデブ・臭いデブ

ミンクス…レテシアの部下・チビッ娘・発明家

プリク……レテシアの侍女・獣耳女子だにゃあ~



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 警吏けいり中央支部にサイレンが鳴り響く。

 デスクで書類に目を落としていたレテシアがすぐに顔を上げて立ち上がる。


「みんな緊急招集よっ! 」

 1階オフィスの面々は彼女の号令に従い、急いで装備を整える。


 そんな中、俺だけは部屋の隅にある椅子に腰かけたまま、黒馬くろうま新聞を読みつづけていた。

 レテシアは制服のジャケットに袖をとおし、単発銃をホルスターにしまうと俺を睨みつけた。


「アルッ! サイレン聞こえなかったの?!」

「ん~~、聞こえたけどさあ……」


 面倒臭そうにレテシアを見て、

「支部長のレテシアまで現場に行く必要はないと思うぞ。ルマレクだってミンクスだって、プリクも現場に向かってるだろうし」


「部下のみんなに任せっきりじゃなく、私はわたしの手で正義を実行するの」

 どうやら今回も出動しないといけないようだ。


 もっとも俺が出動するのは強盗犯を逮捕するためではない。あらゆる手段を講じてレテシアを危険から守るためだ。

 そのために俺は生きているのであり、たぶんそのために死ぬだろう。


 レテシアは装備を整えてすぐ、17歳の可愛らしい顔をキリッと凛々しく変えて支部長室を出た。俺も椅子から立って、これといった準備もしないまま彼女のあとを追う。


 1階オフィスを抜けてロビーを走り、エントランスを出た先にはレテシア用の蒸気自動車が停まっている。

 俺たちは並んで自動車に乗り込み、同僚たちの車とともに現場へと急いだ。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 無線を頼りに到着した宝飾店はすでに警吏けいりが包囲していた。

 車を降りて歩きはじめるレテシアの背後に、班長のルマレクが駆けよる。


 モデル並みの身体と長くてつややかな黒髪、それにたぐまれな強さまで兼ね備えるルマレクはレテシアがもっとも頼りにしている部下である。


「1階フロアに従業員と客が6名ほど人質にとられています。みんな目隠しされて売場の床に伏せています」

「強盗の数は?」

「5人かそれ以上。あと犯人の素性が分かりました」


「誰なの?」

「メイズ・アンドゥーリと彼の子分たちです。マフィア崩れがヤケっぱちの押し込み強盗に失敗して、我々に囲まれたという状況です」


「裏で飛戒団ひかいだんが糸を引いてる可能性がある。もしそうなら強盗に失敗した彼らを頭領は許さないでしょう」


 レテシアと話しつつ、ルマレクは俺の手に何かを握らせた。見ると小型のイヤホンマイクだった。

 小さい上に顔にフィットしてるから気づきにくいが、ルマレクも同じ物をつけている。


「ルマレクはアルを連れて建物の裏へ回ってちょうだい」

「了解であります」


「あと分かってると思うけど、人質だけじゃなく強盗犯も傷つけては駄目よ。彼らには更生の機会を与えるの」

「はい、もちろんです」


 そう言ってルマレクはレテシアの元を離れる。しかし数歩で立ちどまって振り返る。

「お嬢さま。私からも一言よろしいですか」

「なにかしら?」


「犯人は武装してます。危険を伴う作戦は我々の任務ですから、くれぐれも突飛とっぴな行動はお控えください」

「分かってるわ」

 本当に分かってるなら俺はここにいない。レテシアが危なっかしいから一緒にいるんだ。


 俺とルマレクは忍び足で宝飾店の裏手に回り込む。途中、イヤホンから女の子の声が聞こえた。

『アル、無線の調子はどうかな』


「誰だおまえ?」

『ミンクスだよ。この送受信機はボクのお手製だ』

 ミンクスはルマレクと同じ班長の地位にあり、配下のリケジョたちと様々な道具を開発している。


『これから建物内部の情報を伝えるね』

 いつもはたどたどしく話すミンクスだが、無線だとやけにスムーズだ。

「空からの多角監視と熱源探知機で調べたかぎり、強盗犯は10人」


「そこそこいるな」

『ただ大半は地下の金庫室にいる。そしてリーダーのドン・アンドゥーリは部下ひとりと2階にいて外の様子を窺っている』


 ルマレクが俺をちらっと見て言った。

「ここまで情報が分かってるなら、裏手から素早く突入して制圧できる。今回は飛戒団ひかいだんの登場は不要かもしれない」

「だったらいいんだが……」



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 建物の裏手は小さな庭になっていた。

 そこにプリクがひとりポツンと立っていて、勝手口の扉に向けて単発銃を構えていた。

 プリクは俺たちに気づくと小さく手招きした。

「ルマレク、兄たま、こっちにゃ~」


 プリクは警吏けいりであり、獣耳けもみみ女子である。また幼い頃からずっとレテシアの侍女を務めている。

 加えて言うと俺の義理の妹も務めている。


「プリクひとりだけか?」

 俺が訊くとプリクは首を振った。

「シバヤスもいるにゃ。今日は調子がバッチリで気配を完全に消してるにゃ」


 言われてみれば、シバヤスのトレードマークであるウンコ臭がほんのり漂っている。

 ルマレクは俺たちをざっと見渡して、リーダーっぽい口調で言った。

「メンバー的に申し分ない。勝手口から突入して強盗犯を捕縛してしまおう」


 だったらまず犯人たちの最新の位置情報が必要だ。俺はマイクを通してミンクスに語りかけた。

「おいミンクス」

『これは……、マズい事になったよ』

 イヤホンからミンクスの不穏な台詞が聞こえてすぐ、建物の向こう側でレテシアの声が大きく聞こえた。


「ドン・アンドゥーリッ! 話し合いましょう!」

「何が起きてる?」

『レテシアお嬢さまが両手を挙げて、宝飾店に向かって歩きだした。みんな止めてるけど無駄みたい』


「ああ……」と呟いて、ルマレクは頭を抱えた。

「控えてくださいと申し上げたのに……。お嬢さまの正義が暴走をはじめてる」


「いまなら怪我人もいないし、投降すれば罰も軽くなる。まだ引き返せるわ」

「お前らに財産を没収されたからこうなったんだろがっ! 俺たちは大貴族ダクライタに従ってただけだ。それを連座れんざとかで一切合財いっさいがっさい持っていきやがって!」


「だからって自暴自棄になって人生を棒に振ることはない」

「ああうるさいっ! だれかあいつを撃っちまえ!」


『いけない! 売場の強盗犯がお嬢さまに銃を向けた!』

 ぜんぶ聞き終える前に、俺は勝手口の扉を蹴り破る。見えた内部は真っ直ぐな廊下で、強盗犯がひとりこちらに背を向けて立っていた。


 彼が背後の異変に気づいて振り返ったとき、俺はすでに彼の懐に入っていて、手刀で左胸を貫いた。

 ダッシュで勢いを付けすぎたせいですぐには止まれず強盗犯の死体と一緒に廊下の突き当たりまで来てようやく止まった。

 そのとき見えた横の空間は宝飾店の売場だった。


 レテシアに銃を向けていた強盗犯が俺に気づき、急いでこっちに銃口を向けなおすと引き金をひいた。

 放たれた銃弾は身を屈めて回避し、死んだギャングの腰に下がった単発銃を引き抜いて撃ち返した。


 乾いた発砲音と共に強盗犯の口から上の部分が弾け飛んだ。

 伏せている人質たちが悲鳴をあげる。目隠しされた上に銃撃戦なんてやられたら、そりゃ悲鳴も出るだろう。


 ルマレクたちも廊下を進み、俺の足元に倒れた死体を見て「あちゃ~~」と顔をしかめる。

「お嬢さまは人殺しを許さない。たとえ殺されたのが悪人であっても」


「不可抗力とか正当防衛にはならないかなあ」

「手刀で心臓を貫く殺し方がすでにアウトにゃ。これはもう飛戒団ひかいだんの頭領に登場してもらうしかないにゃあ~」


 やっぱりこうなるのかあ……。

 俺は観念して着ていた服を脱ぎはじめる。

 そうして全裸にパンツ1枚、それと飛戒団ひかいだんのネックレスだけを身につけた格好になった。  


 それから手のひらを上にした腕をルマレクに向かって伸ばし、指をクイクイ曲げながら告げる。

 「パンツよこせ」



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「プリクのでいいだろ、妹なんだから」

「小さすぎて破れた過去がある。早くしろ時間がないぞっ!」


 くっ……、と恥ずかしさに耐える真っ赤な顔で、ルマレクは制服のスカートに下から手を入れた。それからちょっと前屈みになりスルスルとパンツを下ろし、両足を交互に上げて完全に脱ぐと俺に差し出した。


「やっぱりルマレクのパンツといえば黒色のレースだよな」

「ジロジロ見るな」


「ややっ! よく見ると紫色っ!」

「さっさと準備しろっ!」


 促されて俺はルマレクのパンツを頭からぱちんっと被った。これで飛戒団(ひかいだん)の頭領が誕生した。

「いつ見ても変態ちっくにゃあ~」

「仕方ないだろ、最初にこの格好で世間に出ちまったんだから」


「地下の連中は私たちが捕縛する。アルは2階の奴らを始末してくれ」

 俺が頷(うなず)いたのを合図に、ルマレクたちは地下の階段を駆け下りていった。


「……あっ」


 小さな声が聞こえて振り返ると、売場に踏み込んできたレテシアと目が合った。


「うああっ!!」


 俺の方が驚いてしまった。

「止まりなさい飛戒団ひかいだんの頭領!」

 レテシアが単発銃を構えるより速く、俺は廊下を走り、2階に至る階段を上がった。


 階段を上がりながら俺は考える。

 今回のシナリオは、アンドゥールの背後に飛戒団がいた設定にしよう。

 アンドゥーリ・ファミリーもまた飛戒団の下部組織であり、強盗すらまともにできない部下たちを頭領が粛清しゅくせいしに来たのだ。


 実際に粛清しゅくせいしてるのは俺だが、そんなことレテシアにバレたら彼女のとなりにいられなくなる。彼女を守れなくなる。

 だからすべての罪を被る存在が必要なんだ。

 そのために本当は消滅した悪党集団の飛戒団を、あたかも存在するように俺たちは見せている。


「死ねえーっ!」

 怒号に顔をあげると、強盗犯が剣を振り上げて階段を駆け下りてきた。

 イラッときた。人が考え事をしているときに腰を折るもんじゃない。振り下ろされた剣をハエでも払うように払ってから、強盗犯の顔めがけて一本締めの要領で力一杯両手を合わせた。


  ばっちんっ!


 重々しい破裂音がして強盗犯の頭が両手の間で完全に潰れ、脳や肉それに骨の欠片が飛び散った。

 周囲を血塗れにして、自分も血塗れになりながら、俺は2階の扉を開けた。


 警吏けいり相手に死ぬまで抵抗するつもりだったのだろう、アンドゥーリは鬼のような形相でこちらに銃を向けた。

 しかし扉を開けたのが警吏(けいり)ではなく、血塗れで女性用パンツをかぶったほぼ全裸だったものだから、あまりの衝撃に凍りつく。


「な、な……なななっ!?」


 俺は氷結しているアンドゥーリに接近して首根っこを掴んだ。そして部屋を見渡した。屋上へつづく階段を見つけてそちらへ向かう。

 最終的に俺は逃走するから、レテシアと会うのは逃げやすい場所がいい。


 屋上へ出たら手すりを背にして、極悪人っぽい言い回しを考える。

 するとアンドゥーリが素に戻って騒ぎはじめた。

「おまえ誰だこらっ! はなせっ!」


 この時ようやく俺は彼を殺し忘れている事に気づいた。2階の部屋で見つけ次第殺すつもりが、頭が忙しくて忘れてた。


 わめき立てるアンドゥーリの頭を真上からがっしりつかみみ、飲料のふたを開ける感覚で回転させてゆく。

 ボキボキ音を立てて首がねじ折れて、アンドゥーリは絶命した。


 ちょうど同じタイミングでレテシアが屋上に姿を現した。

「もう逃げられないわよ頭領、大人しくばくにつきなさい」

 その目は俺を見たあと、俺がつかんだままのアンドゥーリに向けられた。

「どうしてアンドゥーリを……」


 腹の底から出す太い声で答える。

「こやつは強盗もろくに出来ない飛戒団ひかいだんの恥さらしだ。だからこの手で始末した」

 言ったあとアンドゥーリを床に投げ捨てた。


「やっぱりアンドゥーリ・ファミリーと飛戒団は繋がっていたのね」

「知ったところで俺を追い詰めることはできない」


「地下にいたアンドゥーリ・ファミリーを何人も逮捕したわ。彼らを尋問してあなたの正体を暴いてやるんだから」

「尋問しようと拷問しようと、俺の部下たちは絶対に口を割らない。俺への裏切りは死よりも恐ろしい結果を招くと知っているからなあ」


 というか、絶対に口を割らないのは本当に何も知らないからなんだが。

 さて、ボロが出ないうちにズラかろう。俺は手すりに足をかけた。

「それ以上動いたら撃ちます!」


 俺は知っている。

 レテシアは絶望的に射撃が下手だ。仮に当たったとしても彼女の撃つ弾丸は殺傷能力のないスタン弾だから、俺レベルだと余裕で耐えることができる。


 パスッ!


「ぎゃぁぁぁあああーーーっ!!」


 身体中を針で刺し貫かれたような激痛が走った。

 あまりの痛みに息もできず、指の1本も動かせず、俺は屋上から落下した。


 誰だよ……


 スタン弾をあんな強力にした奴……


 見つけて文句を言ってやりたがったが、いまは落下する身体をなんとかしなければ。

 そんな思いで下を見ると地面が急速に迫っていて、もうどうしようもないという結論に達した。


 だがしかし、地面と衝突する直前に俺の身体はふんわりと浮遊した。

 何が何やら分からず、目をぱちくりさせていると、

「ふぅ~、間に合ってよかったよ」


 この声は……そしてほんのり香る悪臭は……。

「シバヤスか?」

「そのとおり。今日は調子が良いから君だって隠せるよ。さあ、ここから脱出しよう。僕にしっかり掴まっておくれ」

 超絶肥満のシバヤスだから掴まる場所には事欠かない。


 俺を抱きかかえて、シバヤスは裏庭から小さい路地に入った。仲間の警吏けいりたちの横を気づかれることなくグングン進む。

 逃走をシバヤスに任せてぐったりしているとイヤホンからミンクスの声が聞こえた。


『上空から見るかぎり、アルの逃走は上手くいっている。だれも君たちに気づいていない。とういかボクも君たちがどこにいるか分からない』

「そいつは良かった。今回もなんとかなった」


『お嬢さまがさっそく人質たちに囲まれてるよ。助けてくれてありがとうと感謝されてる』

「じゃあ、そこそこ正義の味方になれたのかな。レテシアは何か言ってる?」


飛戒団ひかいだんの頭領を見失ってしまったことを悔いている。次こそ必ず捕縛するってさ』

「俺が捕縛されまいと頑張るのは、レテシアを守るためなんだがなあ……」


『レテシアお嬢さまは正義によって悪人を更生させようとしてる。一方、アルは単純に力で悪人を殺しまくる。

 どっちが正しいか分からないけど、それがお嬢さまを守るためなら、ボクはアルの味方だよ。たとえアル自身が悪人だったとしてもね』



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 有事の際に集合する場所には、すでにルマレクとプリクがいた。

 俺がシバヤスの助けで宝飾店から逃走したあとも、ルマレクとプリクは強盗犯と戦っていたはず。にもかかわらず彼女たちの方が早く集合場所に到着できたのは、シバヤスのデブゆえの持久力の無さにある。


 もちろん俺を抱えていたからというのも大きいので批判はできない。

「お嬢さまにスタン弾で撃たれたんだって?」

 ルマレクは楽しそうな顔で切り出した。


 シバヤスはぜいぜいと肩で息をしながらようやく立ち止まった。その拍子に腕から身体が抜けて、俺は地面にゴロンと倒れた。


 いまだ痺れが治らない俺の身体は、そのままゴロゴロ地面をころがってルマレクの足元でようやく止まった。


「兄たま、大丈夫かにゃ?」

 プリクが心配する横でルマレクは大いに笑っている。

「まったく情けない奴だなあっ! はっはっはっ!」


 俺も釣られて笑った。

 ようやく少し動けるようになったから、笑いながら頭に被ったパンツを取って真上にいるルマレクに差し出した。

 彼女は笑いすぎて出た涙を指の背で拭いながら言った。


「アルにやるよ」

「いいのか? 風邪ひくぞ」


 笑いがピタッと止んだ。

 ルマレクの顔は恥ずかしさでどんどん真っ赤になってゆく。

 ドジな俺を笑うことに夢中だった彼女は、足元で倒れている俺がスカートの中を覗きつづけている事に、ようやく気づいたようだ。

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