第1章 飛戒団
第1話 世界の終わりを見たんだが
アル…主人公・ハーメウスに育てられた青年
ハーメウス…大陸最大の悪党集団『飛戒団(ひかいだん)』の統領
あらすじ…大陸一の悪党集団『飛戒団(ひかいだん)』にも年貢の納めどきがやってきた。大陸の国々が軍隊を派遣して飛戒団の根城を襲撃したのだ。瀕死の重傷を負った頭領ハーメウスは主人公アルに実の娘の存在を明かして、彼女を守ってほしいと告げる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
背後で山々が燃えている。
真夜中の空に赤々とした炎が美しく映える。
怪我した親父に肩を貸しながら、俺は
日中でも光の届かない深い森を、しかも深夜に移動するのは敵の目から逃れるためだ。
やつらは光に集まる虫みたいに炎の山に向かってる。
あそこには俺たちの
そばで親父が唸りを上げた。
「親父、我慢してくれ。川まで出たら少し休もう」
親父は答えない。見ると手で押さえた腹のあたりが出血で黒く光っていて、それは腰や足までも染めている。
「ここまで来ればひと安心だ。夜明けまでここでじっとして、それから川沿いに港へ行こう。あそこには仲間が詰めているから…」
ここまで喋って、ようやく親父が俺を呼んでいることに気づいた。
「なあ、アル…」
「どうした親父?」
親父の顔を覗き込む。その顔は蝋みたいに白くて汗で濡れていた。荒い息で親父は続ける。
「アル、いるか?」
「目の前にいるだろ」
ちいさく言ったあと、さも重要な事を言うみたいに、親父は少し間を置いてそれから再び口を開いた。
「いいか、俺はもうすぐ死ぬ」
この状況で笑いを取りに来るなんて、さすが親父だと思った。たしかに深手を負っているし、表情は見るからに苦し気だ。
しかし
だから親父は不死身だと信じていた。本気でそう思っていた。
「なにふざけたこと言ってんだ、親父が死ぬなんて、そんな」
「…レテシア」
「誰だいそれ?」
「俺のひとり娘だ。ベンカンの王都にいる」
親父に娘がいる…?
そんな話はじめて聞いた。
仲間の間でも出た試しはない。だから家族と言えるのは息子同然に育てられた俺だけだと思っていた。
「お前には俺の技をすべて教えた。その技で娘を守ってくれ」
「ちょっと待って、なんだよ娘って」
「
「あ、ああ、もちろん」
毒バアは王都に住む調達係で、情報収集と物資調達を担当する年齢不詳の老女だ。
「手ぇ出せ」
言われたとおりにすると、親父は
それは親父がいつも身に着けていて、飛戒団統領の象徴みたいな物だった。
「毒バアに見せろ。うまくやってくれる」
親父はネックレスが乗った俺の手を強く握った。
「娘を、レテシアを頼む…」
それっきり親父は動かなくなった。まるで死んでるみたいだけど俺は騙されない。
「こんな時に俺を担ごうなんてどうかしてるぜ。どうせあれだろ、コルト・マルテスの軍隊に追われたときに奴等を欺(あざ)いた作戦だろ。あのときの親父はすごかったな、死んでると思って油断した敵4人をあっという間に斬り殺したんだから」
親父は動かない。
半端に開いた目はどこでもない所を見ている。
「あのとき俺は拾ってもらって日が浅かったから、身体が震えて隠れる事しかできなかった。でも今なら親父と一緒に戦える。だからもう死んだふりなんてしなくていいんだ」
俺は親父に話しつづけた。
親父は明らかに死んでいる。それは紛れもない事実だけれど、俺にとってはあり得ない事だった。
太陽が東から昇るのと同じくらいの常識で、親父は死なないと思っていた。誰よりも強くて賢い。慈悲深くて残酷だった。
大陸で最も恐れられた飛戒団の統領であり、俺にとっては世界そのものだった。
そんな親父が死ぬはずない。
だから俺は親父に語り続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
※
頭のうしろに固い物が当たった。
それからカチャリという金属音。単発ライフルのボルトを引く音だ。恐らく銃身を短くした改良型で、この種の銃を所持しているのはベンカンの突撃部隊ベンカン・ドロリアス。
「手、あげろ」
背後で低い声が聞こえた。
少し籠った声から察するに鉄仮面をつけている。ならば身体も重装備だろう。
手を上げつつ顔もあげた。
見えたのは俺と親父の周りをぐるりと囲む兵隊たちだった。
パッと見て30人までは数えられるよう親父に教え込まれたけれど、今回はそれを遥かに越えている。
「おまえ誰だ? そこで死んでるのは飛戒団の統領ハーメウスか?」
知らないうちにこれだけの数に囲まれていたのも驚きだが、それよりも空が白(しら)み始めている方がもっと驚きだった。
俺は何時間ここで親父に話しかけていたんだろう。
「答えないなら撃つぞ。こっちはお前らにたくさん殺られてんだ」
銃口で頭をグイッと押された。
改めて自分の装備を思い出し、腰に差したナイフ1本しかないと分かってため息を吐く。
「かまわん、殺れ」
兵の中から声がした。
隊長さまはあそこにいるのか、と勝手に思考が働く。
たぶんいま、背後の兵は引き金に指をかけた。そのままの流れで引き金を引くだろう。
でも俺は動かなかった。
俺にとって親父は世界そのものだった。その世界が死んだんだ。だったら世界の一部である俺も一緒に死ぬべきだと思った。
もうここに俺のいる場所はない。
「どうした?」
「すいません、弾が詰まって……」
うしろでガチャガチャとボルトを引いたり
娘を守ってくれ……か。
その言葉が俺とこの世を結びつけた。
あげていた手をゆっくり下げる。
「動くなと言ってるだろ!」
背後で叫ぶその言葉が終わると同時に、反転して腰から抜いたナイフを背後の兵士に刺していた。
予想どおりのベンカン重装備兵だったから、迷わず装甲のない首の付け根に突き刺した。
思わぬ反撃に周りの兵たちが下ろしていた武器を構え直した時点で、俺はふたり目を殺し終えて、すでに3人目にとりかかっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
転げ回りながら逃げる最後のひとりを、背後からライフルで狙う。
大陸にある3つの国の武器はあらかた使いこなせるようにしている。ベンガンの単発ライフルの中でも、いま構えているカービンは取り回しも良くて俺のお気に入りだ。
サイトを心もち上にして、呼吸を止めてから引き金を引いた。銃声が耳に響き、リコイルが肩を叩く。
狙った兵士は首から上が破裂して前のめりに倒れた。銃をその場に放り投げて、俺は川沿いに戻った。
死屍累々の川辺を歩いて親父のもとに向かう。川が真っ赤に染まっている。ぜんぶで45人。手強かったのはふたり。
こっちの被害は斬り傷7つと銃創ひとつ。どれもが浅くてツバをつけておけば治る。
この場にいた小隊は全滅させた。これで俺の顔と親父の死を目撃した者は存在しない。
俺は親父を背負って歩きはじめた。
どこかに埋めてやろう。そして俺だけに分かる目印をつけて墓にしよう。
しばらく進むと視界がぼやけてきた。
頭から出血でもしてるのかと目を擦ると涙だった。自然と嗚咽が漏れて、泣きはじめたらもう止めようにも止められなかった。
なんでこんなに悲しいのか。
自分の居場所だった飛戒団が消滅したからか、それとも親父が死んだからか。
どれも悲しいけれど少し違う気がした。泣きながらしばらく考えて、ようやく分かった。背負っている親父の、あまりの軽さに俺は泣いていたんだ。
俺が知ってる親父は子供の頃の親父と同じままで、でも本当は12年という月日の中で徐々に老いていた。
もっと早く気づくべきだった。
そうすれば親父は今も生きていたかもしれないし、やった事がない親孝行とやらも出来たかもしれない。
そんな事を思ってわんわん泣いていると、再びあの言葉が頭を過った。
……娘を守ってくれ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
この日、大陸3国の
彼らの所業に業を煮やした3国が共同で軍を派遣し彼らの居城を攻め落としたのだ。
交易所の襲撃やキャラバンの略奪、要人の誘拐に王族の暗殺と、悪行を挙げればキリがない飛戒団であるが、彼らを擁護する声も僅かながら存在する。
そんな彼らが語るのは、飛戒団の起こした数々の事件はどれも大陸3国のいずれかの依頼によるものであり、また飛戒団の支配地域は大陸で唯一いかなる宗教や政治にも属さない地上の楽園だったというものである。
しかし、そんな声も投獄と処刑で瞬く間に消えた。
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