34. さようなら


 城の地下牢はもちろん初めてのことですが、足元は湿っていて陰気な雰囲気が漂っています。


 お父様は陛下とお話があるとのことで、ディーンお兄様とともに私はジョシュア様のいらっしゃる地下牢へと降りてまいりました。


 右足がまだ自由には動かず、時間はかかりましたが一歩ずつ自分の足で階段を降りて行くことでジョシュア様との縁が断ち切れてゆくような心持ちがいたしました。




 暗くて湿っぽい空間ではありますが、貴族用のような牢にはきちんとした寝台やテーブル、椅子もあるようです。

 ただ、冷たい鉄格子が私とジョシュア様を隔てていました。


「エレノア……。来てくれたのか。」


 どこか憔悴した様子のジョシュア様は、最後に会った時のような爛々とした目つきとは反対に、おちくぼんで生気のない目をしてらっしゃったのです。


「ジョシュア様、ごきげんよう。」


 鉄格子から少し離れたところから声をかけると、ジョシュア様は鉄格子のそばまで近寄ってきて懇願するのです。


「エレノア、陛下に嘆願してくれないか?僕は悪くないだろ?全てあのアバズレに唆されてしたことだ。僕を廃嫡して牢に入れるなど間違っている。陛下にそう伝えてくれないか?」

「ジョシュア様。貴方は私を殺そうとしましたわ。はじめはドロシー嬢と共謀して。次にご自分の護衛騎士を使って私に斬りかかりました。」


 あの日の衝撃と痛みが思い出されて、右足がズキズキと熱く痛みます。


「何を言うんだ?お前は僕の婚約者だろう?僕を助けてくれないのか?可愛げのないお前を婚約者として扱ってきてやった僕に感謝しろよ。さっさと陛下に嘆願しないか!」


 ジョシュア様はもう頭が混乱なさっているのでしょう。

 支離滅裂な言葉になりつつ、私にご自分を助けろと命じられるのです。


「おい!エレノア!聞いているのか!お前のようなつまらん女など初めから僕には相応しくなかったが、陛下の命だったから仕方なく傍に置いてやったというのに、こんな時くらい役にたたないか!」


 鬼気迫るお顔で鉄格子に捕まってこちらを睨みつけるジョシュア様が恐ろしくなり、一歩ずつ後ずさってしまいました。


 ディーンお兄様は、私のことを詰られるたびに拳を震わせて怒りを抑えられているようです。

 私が最後にご挨拶をしたいと申したので、邪魔をするまいと我慢してくれているのでしょう。


「おい!お前も僕を馬鹿にするんだな!エレノア!お前のようなまともに歩くこともできない傷物の令嬢など、生きている価値もないわ!僕を助けるくらいしか役に立たないのだから、それができないならば傷物令嬢など……」


 そのような言葉聞きたくないと耳を塞ごうとしたところでジョシュア様は急にお静かになられました。


 見ると、牢の中でジョシュア様は仰向けに倒れてハクハクと口を開け閉めしながら喉には刃が突き刺さり、そこから赤黒い血がドクドクと流れ出しているのです。


 ジョシュア様の瞳からは苦痛からか涙が零れ落ちているのです。


「お前など生きて罪を償う価値もない。」


 私の好きな甘く澄んだ声が湿っぽい空間に響いて、そこに現れたのは冷たく鋭利な紅い瞳のルーファスでした。

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