18. ザマアする夢を見ました
私は今までジョシュア様のことで自分にも周りにも嘘をついてきたのです。
一度くらい、たとえ我儘でも本心を言ってみようと思いましたの。
婚約者の愛人に放たれた刺客に、恋慕の情を抱いてしまったなどと本当におかしな話ですけれど。
「あの夜、貴方の銀の髪は月の光のようだったわ。紅い瞳はガーネットのように美しいと思ったの。自分を殺しに来たという貴方を一目で恋慕うなどと馬鹿なことよね。」
彼の腕の中で、フッと自嘲の笑みが溢れました。
「そして、本当はまた逢えるのを待ち侘びていたのよ。」
頭上に感じるのは静寂で、何故か彼は何も答えないのです。
ただ、私を抱きしめる腕の強さは変わらない。
それだけでも、拒絶された訳ではないのだと安心できました。
「ねぇ、何で何も言わないの?」
どうしても気になって、顔を上げましたら銀髪の彼は素早く片手で顔を覆うのです。
その刹那に見えたのは朱の頬。
私はそっと彼の頬に手をやりました。
人間の温かみを感じる頬は気持ちが良くて。
顔を覆った片手をそっとどけましたら、つり目がちな紅の瞳と目が合いました。
「アンタのこと、思い違いしてた。」
「思い違い?」
「あの時、『男を誘惑するのが下手くそ』って言ったけど、訂正するよ。」
ゆっくりと、彼の整った唇は弧を描きます。
「アンタめっちゃ蠱惑的だわ。」
そうしてあの夜のように、私たちは口づけを交わしたのです。
あの時は一方的に声と共に奪われた唇でした。
しかし此度は望んで重ねた唇の甘さに抗えず、何度も何度もお互いの温もりを交換するように続けてしまうのです。
「はぁ……。」
上手く息を継ぐことができずに、思わず私の口から切ない嘆息が漏れました。
「やべぇな。これ以上はヤバい。」
「やばいって?」
「いや、流石にこのまま流されるのはマズイ。」
そう言って私から距離を取る彼を呆然と見ている間に、入ってきたテラス窓の方へとススス……と移動するのです。
「じゃ、また会いに来るから。明日も手に軟膏塗っておけよ。」
そう言って、軋む窓を開けたと思ったら一瞬で暗闇へと溶け込んでいきました。
「きちんと私の気持ちは伝わったかしら。」
私は自分がこのように異性に対して積極的になったこともなければ、胸を焦がすような恋もしたことがなかったものですから。
その日、私は何故かとてもスッキリとした夢を見たのです。
「この人たらしの箱入り令嬢が!」
ドロシー嬢がご自慢のチェリーレッドの髪を逆立てるようにして私の方へと歩いて参ります。
『人たらし』ですとか『箱入り令嬢』ですとか、まるで悪口なのか褒め言葉なのか分からないことになっていますけれど大丈夫でしょうか。
「ごきげんよう、ドロシー嬢。いかがなさいましたの?」
「なにが『ごきげんよう』よ! アンタに仕向けた殺し屋がなんで私を殺そうとしてくるのよ!」
ドロシー嬢の爛々と光るエメラルドグリーンの瞳はとてもお美しいのに、物騒な言葉が全てを台無しにしています。
「残念ながら私はまだ死にたくはないのです。そしてその理由を懇切丁寧に説明しましたの。そうしましたらご理解いただけたようなのです。つまりはキャンセル、返品のようなものですわ。どうぞ、お受け取りくださいませ。」
もうお会いすることもないでしょうから最大限の礼を尽くそうと、元婚約者様から唯一褒められたカーテシーでご挨拶いたしました。
「それでは、ご機嫌よろしゅうございます。」
夢の中で私は確かにドロシー嬢に所謂ザマアをしていたのでした。
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