12. ニヤリと笑ったお顔は忘れませんよ


 しばらく滑稽なダンスを拝見しましたら、何だか張り詰めていた肩の力が抜けました。


「ジョシュア様、ダンスはとても楽しかったですね。」

「……あ、ああ。そうだな。」


 あらあら、ジョシュア様は周囲を気にして少し控えめなお返事になっていますわよ。

 それはそうでしょうね、あのような醜態を公爵令息であるジョシュア様が晒すことなど今まで無かったのですから。

 私と踊る時とは皆の視線の意味も違うことにお気づきになったのでしょう。


「ドロシー、またぜひジョシュア様と踊りたいです。」

「機会があれば、また踊ろう。しかしそれまでにダンスの練習をした方が良いかも知れないな。」

「では、ジョシュア様が教えてくださいね。」

「……そうだな。そうしよう。」


 周囲の方たちも二人の会話に聞き耳を立てているのをさすがのジョシュア様もお感じになられたでしょう。


 学院外では異常に周囲の反応を気になさるジョシュア様ですから、何をやらかすか分からないドロシー嬢を危なっかしく感じているのかも知れません。

 

 今更ですが。



「お飲み物はいかがですか?」

「ああ!ちょうど喉が渇いていたんだ。いただこう。私にはシャンパンを。女性たちには果実水を。」


 絶妙のタイミングで使用人が飲み物を運んできたので、これ幸いとばかりにジョシュア様が声を上げます。


 ……あら?この使用人は、あの夜の刺客の男ではありませんか。

 ほら、ドロシー嬢のお顔が引き攣っていらっしゃる。


「かしこまりました。それでは御令嬢方にはこちらを。」


 そう言った使用人はトレイの上から果実水の入ったグラスを一つ取り、私とドロシー嬢の方へと差し出したのです。


「わ、私はシャンパンで良いわ!この果実水はエレノア様が飲んでくださいな!」


 ひどく慌てた様子のドロシー嬢は、このグラスに毒でも入っていると思ったのでしょうか?

 誤って自分が飲んではいけないと?


 トレイの上から引ったくるように自らのシャンパンを取ったドロシー嬢は、一気にそれを呷りました。


「ドロシー嬢、そのような飲み方をして大丈夫なのか?それは酒だぞ。君のように酒を飲んだこともないような令嬢が飲むものではない。」

「だ、大丈夫です。心配いりませんわ。」

 

 それはそうでしょうね。

 もうお酒など随分飲み慣れてるご年齢でしょうから。

 

 そしてドロシー嬢は、果実水を持った私の様子をじっと見ているのです。


「私も喉が渇いたからいただきますわ。」


 あまりに期待の瞳で見つめてくるものですから、私も果実水を一息にいただきました。

 その時にニヤリと笑ったドロシー嬢のお顔は忘れませんわ。


「……ジョシュア様、私なんだか少し気分が悪くなってきましたから休憩室で休んでまいります。ジョシュア様はどうぞ引き続きお楽しみくださいね。」

「大丈夫か?君、彼女を休憩室に案内して。」

「かしこまりました。」


 ジョシュア様は、気分不良を訴えた私を先程の使用人……というより使用人に扮した刺客に休憩室へ案内するようにと命じました。

 ほうら、ジョシュア様のお隣でドロシー嬢がとても悪いお顔をなさっていますわよ。


「ジョシュア様それにドロシー嬢、それでは暫し失礼いたします。」


 私は彼に案内されていくつか用意されている休憩室の一つへと向かいました。


 

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