4. ぶりっ子ドロシー嬢とはこのお方
「ジョシュアさまぁ。これとっても美味しい。どうぞ召し上がれ。」
「うむ。確かにうまいな。ドロシー嬢に口に運んでもらえると何でも美味く感じるから不思議だ。」
「そうですか? ドロシー嬉しい!」
「そうかそうか。そのようなことで喜ぶなど、本当にドロシー嬢は控えめなんだな。ほら、ドロシー嬢も食べたらいい。」
昼食時にはこのような寸劇が目の前で繰り広げられることなど日常茶飯事で、もはや『飽きもせず毎日毎日同じようなやり取りをしてよく会話が続きますわね』と舌を巻くほどです。
「ジョシュア様そしてドロシー嬢、ごきげんよう。相変わらずジョシュア様はお優しいこと。編入生のドロシー嬢が早く周囲に馴染めるようにと慮って、自ら進んで交流を深めてらっしゃる。とてもできることではございませんわ。」
「なんだ、エレノア。見てたのか。」
見てたのか、とは? このような衆目のあるところで非常に愚かな行いをなさっているお二人を目に入れないことの方が余程困難だと思いますけれど。
「エレノア様、ジョシュア様はとてもドロシーにお優しいんです。私この学院に馴染めるか心配だったんですけど、お陰で毎日楽しく過ごしています。エレノア様にも感謝してますよ。」
優越感に浸ったお顔をしたドロシー嬢は、私に心にも無い感謝の言葉を述べて自分の存在というものをジョシュア様の婚約者である私にアピールしているのです。
「あら、感謝される謂れなどなくってよ。私の婚約者であるジョシュア様が気にかけてらっしゃる編入生に、私が優しく接することは当然ではありませんか。ジョシュア様の弱者を慮るお気持ちには、私も常々尊意を持って見ております。」
私の言葉にドロシー嬢はお美しいエメラルドグリーンの瞳の端のシワをピクピクとさせながらも、何とか強張った笑顔を保っていらっしゃるわ。
「そうだろう。エレノア、良く分かってるじゃないか。僕はドロシー嬢がこの学院に早く馴染めるように努める義務があるからな。ドロシー嬢のようなか弱い令嬢は僕が守ってやることで、皆もより一層気にかけるだろう。」
件の『ドロシー嬢』とは、ドロシー・ケイ・プライヤー伯爵令嬢のこと。
このスタージェス学院は三年過程で卒業のところを第二学年からの編入というのは珍しいのです。
そして彼女は編入当初、チェリーレッドのウェーブのかかった御髪とエメラルドグリーンの瞳を駆使した甘え方で、『可憐で庇護欲をそそるタイプ』だとジョシュア様だけでなく主に男子生徒から非常に人気を集めたのです。
その分、女子生徒を中心に『殿方の気を惹くのが得意なぶりっ子ドロシー嬢』は敬遠されることとなりました。
そのドロシー嬢が、『頭は少し残念だけれど見た目は一級品、生まれも王弟殿下の嫡男で公爵令息』という私の婚約者ジョシュア様をターゲットに決め、特に親密な関係になっているということで最近私は頭を悩ませていました。
「エレノア、お前のように気が強くて可愛げのない婚約者がいる僕は本当に可哀想なことだ。伯父上である国王陛下による王命でなければ、お前のような女ではなくドロシー嬢のように可憐な令嬢と望んで婚約をしていたというのに。」
ドロシー嬢の傍から離れることもなく、婚約者であるはずの私を辱めるような発言をなさるジョシュア様は周囲の皆様の視線にお気づきになっているのでしょうか?
「こちらこそ、王命でなければ貴方のようなボンクラはご遠慮いたしたいところですわ。」
頭痛がするようなこの状況に、思わず口内で声にならぬ声を呟いてしまいました。
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何も。私はジョシュア様にとって至らぬ婚約者で大変申し訳なく思っておりますわ。」
心にも無いことを平然と言うことができる演技力は令嬢として当然のスキルなのです。
「分かれば良いんだ。国王陛下の甥とはいえ、流石の僕も王命は覆すことができないからな。僕の婚約者である限りは、僕のためにこれからはもう少し可愛い女でいるよう心掛けるんだぞ。」
「まあ、ジョシュア様。そのようなことを言ったらエレノア様が可哀想。可愛い女というものは天性のもの。取り繕おうと思ってできるものではないんですから。」
「それもそうだな。ドロシー嬢のように天性のものがエレノアに少しでもあれば良かったんだが。」
もはや周囲の女子生徒は呆れ果てて、聞いている私まで恥ずかしくなってくるような言葉のやり取りに、さっさとその場を離れることといたしました。
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