3. 演じる事で守っているのです
そんな家族を守るためにも、私は今からちょっとした劇場へと向かわなければなりません。
「エレノア、もし学院で何か嫌なことや辛いことがあれば、すぐに俺に言うんだぞ。」
「はい。皆さん良くしてくださるから大丈夫ですわ。エドガーお兄様、ありがとう。」
翌日、見送りのエドガーお兄様とひとしきりいつものやり取りした後、私にとっては劇場の舞台のようでもあるスタージェス学院へと向かいました。
ここシュヴァリエ王国の貴族たちが通うスタージェス学院に、私と婚約者のジョシュア様、そして親友の伯爵令嬢シアーラは同い年の学友として通っています。
「皆様ご機嫌よう。」
私が教室に入るなり級友の皆様の様子が落ち着かないのです。
あら、もう今日の演目の始まりですのね。
このような時にはきっと……親切な方が何があったのか教えてくださいますわ。
「ご機嫌よう。」
「エレノア様、またドロシー嬢がジョシュア様にべったりとくっついて甘えた声を上げてましたよ。」
「そうですよ。ジョシュア様には婚約者のエレノア様がいらっしゃるにも関わらず、まるで自分が婚約者かのように腕を組んで廊下を闊歩してるんです。」
「『ジョシュアさまぁ』などと鼻にかけた声でしたわ。」
ほうら、見込み通りですわね。
「あら、そうなのですか?きっとジョシュア様はお優しい方ですから、編入したばかりのドロシー嬢が困らないように気を配ってらっしゃるんですわ。私もドロシー嬢のことは、今後なお一層気にかけて差し上げないといけませんわね。折角編入なさってきたのに、心細い思いをさせてしまってはいけませんもの。皆様もどうか慮ってさしあげてくださいな。」
そう一息に言って、意図的に儚げな笑顔を周囲に向けましたら、ご学友の皆様は痛ましいものを見るような目でこちらをご覧になるのです。
「エレノア様、なんて不憫な……。」
「このようにお優しい方の気持ちを損ねるなんて、ひどすぎますわ。」
「エレノア様がお可哀想。」
「憂いを帯びたエレノア様のお顔もなんてお美しいんでしょう。アメジストの様な瞳が潤んでより一層儚げですわ。」
このように毎度のことながら私はこの学院でドロシー嬢とジョシュア様のお話を耳にする度に、『編入生に婚約者を誘惑されているにも関わらず、婚約者を一途に想い、健気にもお二人を庇う優しい御令嬢』を演じているのです。
学院で今在学中の学生で一番力を持っているのはこのシュヴァリエ王国の王弟殿下御子息であり公爵家嫡男であるジョシュア様。
何かあったとしても、先生方や生徒たちもジョシュア様には何も言えず逆らえない風潮なのです。
爵位がモノを言う貴族社会では仕方のないことですが、そのせいでジョシュア様は増長し随分と傲慢で他人のことを顧みない方になってしまわれました。
いくらジョシュア様が私の婚約者だとしても、ジョシュア様ご自身が望んでドロシー嬢と親しくしているのを、お二人に表立って注意できる方はいないのですから。
ですから私は自分の心と、そしてとても心配症な家族を守るために今日も演じなければならないのです。
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