vol.4 二人の常温

 午後3時。風置大学の食堂。奏多かなた沙織さおりが向かい合っている。

 二人の間にはガラスのコップが一つ置かれている。

 奏多、それをまじまじと眺め、



奏多  違うと思う。


沙織  え、嘘。


奏多  いや。うん。これじゃない。


沙織  え? でも、


奏多  だってほらここ。この、葉っぱのとこが違う。


沙織  え、なんで。どう見てもひまわりでしょこの絵。


奏多  いや。ひまわりって双子葉類そうしようるいだからさ、この葉っぱは単子葉類たんしようるいでしょ。だからこれ、


沙織  出た。


奏多  え?


沙織  すぐそれ。理系アピール。


奏多  理系って…中学で習ったでしょ普通に。


沙織  分かんない分かんない。覚えてない。


奏多  だから、双子葉類はこう、葉脈ようみゃくが、


沙織  いい、いい。とりあえずこれじゃないんでしょ。


奏多  ああ、うん。


沙織  そっかあ。同じの見つけたと思ったのにな。


奏多  ……ごめん。せっかく買ってきてもらったのに。


沙織  ううん。コップ割った私が悪いし。


奏多  ああ、いや。っていうか、あれは俺の置き方が悪くて、


沙織  ううん。あの時テーブルいっぱいだったしさ。そっち置いてって言ったの私だし。


奏多  でも元はと言えば俺んちのテーブルが小さいのが問題で


沙織  なのに俺んちでタコパしよーって誘ってきたしね。


奏多  え?


沙織  たこ焼き器買うなら一緒に安いテーブルのひとつでも買えばよかったのにね。


奏多  ああ、うん…


沙織  しかも二人ならいいけどさ。なんで人増やすかな。あんなテーブル小さいのに。


奏多  いや、だって。二人でってちょっと、あれでしょ。


沙織  何。


奏多  あのー…なんていうか。良くないでしょ。


沙織  何が。なんで。


奏多  え? だって俺ら別に付き合ってるわけじゃないし。


沙織  何それ。なんか関係ある?


奏多  え。あるよ。やっぱ、それは。


沙織  彼女できたとか?


奏多  いや、できてないけど。


沙織  あ、あの子どうなったの? 去年の冬のさ、大ちゃんに紹介してもらったあの、お上品な子。


奏多  アキちゃん?


沙織  だっけ。鼻かむ音めっちゃ小さい子。


奏多  あれで一応すっきりしてるらしいよ。


沙織  ほんと? 何、聞いたの。


奏多  聞いた。一緒に海行った時、


沙織  え、海行ったんだ。いつ。


奏多  クリスマス。


沙織  クリスマス! え、で。鼻かんでたの?


奏多  うん。無音だった。


沙織  可哀そうに。寒かったんじゃないの。なんで冬の日本海なんか連れてくかな。


奏多  いや、だって行きたいって言われたから。


沙織  海?


奏多  うん。


沙織  それさあ。あれじゃない。海鮮丼の方じゃない?


奏多  どういうこと。


沙織  カニとかフグとかさ。冬のさ、海の幸食べたいなってことだったんじゃないの。


奏多  ええ。それで海行きたいって言う?


沙織  だって冬の海見て楽しいかあ?


奏多  いやあ。結構楽しそうだったよ。


沙織  アキちゃん?


奏多  うん。風すごいねーって言ってた。


沙織  おお。そんで。


奏多  海の匂いするねーって。


沙織  するでしょうねそりゃ。


奏多  波すごいねーって。


沙織  冬の日本海だからね。てか危ないよ海。


奏多  ほんとだ危ないわ。今思えば。


沙織  夏になったらまた連れてってあげなよ。


奏多  まあ。もうそんな感じじゃないんだけど。


沙織  あ、そう。


奏多  うん。


沙織  ふーん……



 何の話してたっけ、となる二人。

 沙織、コップを手にとり、まじまじと眺め、



沙織  あ、タコだ。タコ。


奏多  あ、そうだ。タコパ。


沙織  今度は二人でしようよタコパ。


奏多  ええ。ほんとに言ってる?


沙織  うん。なんで。何が引っかかるの。


奏多  いや。逆になんで二人がいいの。


沙織  話しやすいから。三人以上いると喋りにくいんだよね私。聞き役に回っちゃうっていうかさ。


奏多  まあ、分かるけど。


沙織  でしょ。だし、ここまでなんでも言える人他にいないんだもん。


奏多  でもなあ…


沙織  じゃあディベートしよ。


奏多  は?


沙織  テーマは「男女の友情は成立するか」。私は「成立する」派ね。


奏多  俺は。


沙織  「しない」派でしょ。それを気にしてんでしょ?


奏多  ああ、うん。


沙織  私が勝ったら二人でタコパね。


奏多  ええ?


沙織  はい。私から。男女の友情は成立します。なぜなら、


奏多  はあ。なぜなら?


沙織  成立した実績があるからです。


奏多  っえー! それずるくない?


沙織  なんで。ずるくはないでしょ。


奏多  成立してるってなんで言えるの。


沙織  だって何もなかったもん。


奏多  それは。そういう状況じゃなかっただけでしょ。


沙織  いやいや。一緒に寝た。


奏多  えっ、


沙織  一緒の布団で寝たけど何もなかった。


奏多  いやそれ、


沙織  何もしてない。ほら、成立。


奏多  嘘だあ。それは無いでしょ。


沙織  ほんとほんと。普通に布団入ってしっかり寝て。


奏多  相手も寝てたの? 


沙織  うん。いびきかいてたよ。


奏多  信じられん……ていうか誰それ。


沙織  はいはい。じゃあ次。どうぞ。


奏多  ええ?


沙織  意見。成立しない派さんどうぞ。


奏多  俺?


沙織  そう。どうぞ。


奏多  んー…。まあ。友達のつもりでも、近づきすぎると、なんか。別の気持ちが湧いてくるかなと。


沙織  ほう。


奏多  言っちゃえば下心とか。雰囲気次第で色々と、うん。


沙織  ふーん。


奏多  だから、友達のままでいたいならそれなりの距離取った方が良い、と、思います。


沙織  なるほど。分かりました。


奏多  あ、はい。


沙織  じゃあ、いつにする?


奏多  え?


沙織  え? タコパ。


奏多  いや。話聞いてた?


沙織  うん。私の勝ちでしょ。


奏多  いやどこが。


沙織  だってその主張はあれでしょ、ただの主観でしょ。


奏多  主観、


沙織  私のは実績だもん。男女の友情?成立したことがありますよって証明しちゃってるもん。この身体で。


奏多  うーん……うーん?


沙織  はい決定。いつにする?


奏多  あ! じゃあ酒抜きにしない?


沙織  っえー! そんなの(つまんない)



 と、沙織。勢いよく振った手がコップに当たる。



奏多  あ!


沙織  うわ、落ちる!



 転がり落ちるコップに手を伸ばす二人。

 そして、にぶい音。



奏多  いっ、(と、頭を押さえる)


沙織  っ痛あーー(同じく頭を)


奏多  うわ、ごめん! 大丈夫?


沙織  ……(頭を抱えている)


奏多  え、え、そんな痛い? どこ打った?


沙織  ………


奏多  え? 何。


沙織  ………


奏多  何。笑ってんの。


沙織  だって…頭……


奏多  え?


沙織  頭、ごっつんこ……くくく


奏多  そんな面白い?


沙織  子どもか……(と、まだ笑っている)


奏多  ………



 奏多、沙織の様子を眺め、しばらく。



奏多  なんか、大丈夫な気がしてきた。


沙織  え。頭?


奏多  いや。タコパ。二人で。


沙織  お、なんで。


奏多  ええ? んー。頭打ってるし。


沙織  色気ないって言いたいの。


奏多  あ、いや。そんなことはないよ。


沙織  いやいや。あるなよそんなこと。


奏多  あ、はい。気をつけます。


沙織  ん。あれ。コップは?


奏多  あ。やべ。割れた?



 二人、テーブルの下を覗き込む。

 コップは二人の足元で、形をとどめて佇んでいる。




二人の常温 終わり

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