vol.2 この朝から

 早朝のオフィス。男がデスクで何かしている。筒井つつい

 そこへ男が出勤。朝山あさやまである。



朝山  おはようございます。


筒井  おは…わあ!(と何か隠す)


朝山  え?


筒井  いや。おはよう朝山君。早いね。いつも出勤こんくらい?


朝山  あー。まあ。大体。


筒井  へえ。え、電車?


朝山  はい。


筒井  あ、そう。俺はね、バスー。ふふ。


朝山  はい。知ってます。


筒井  あ、そうだっけ。そうか。


朝山  何してるんですか。


筒井  え?


朝山  いや。今日は早いんですね。


筒井  俺? そう? 早い?


朝山  はい。


筒井  ああ。まあちょっと自分のことしたかったっていうか。


朝山  自分のこと。


筒井  そうそう。朝活あさかつ?静かに集中して、


朝山  ああ、すいませんなんか。


筒井  えっ、


朝山  いや。お邪魔しちゃって。


筒井  ああ!いやいや全然そんなつもりじゃなくて。いいのいいの楽にして。


朝山  あ、はい。



 朝山、荷物を自分のデスクに置き、パソコンを起動する。

 筒井その様子を伺いながらさっき隠したものを引き出しに入れる。



朝山  朝活って、


筒井  ん? (引き出しを閉め)はいはい。


朝山  いつからでしたっけ。流行はやり出したの。


筒井  あー、えっと、


朝山  ここ何年かですよね。


筒井  かな? 結構長いような。


朝山  あ、2009年から、らしいですよ。


筒井  おお、調べたの。


朝山  「朝活 由来」でググりました。


筒井  へえ。


朝山  「早起きして活動すること自体は新しい概念ではない」


筒井  ああ、たしかにねえ。昔からあったから。


朝山  コーヒーのメーカーが言い出した言葉らしいですよ。


筒井  あ! そういえば朝山君コーヒー好きだよね。


朝山  あ、はい。


筒井  おすすめ教えてよ。給湯室のやつ切らしちゃってさ。


朝山  それ僕の好みで決めていいんですか。


筒井  へ。いいよ全然。


朝山  でも僕あと2日しかいませんよ。


筒井  そうだけど。いいじゃん形見みたいで。


朝山  え。


筒井  あ、違うか。名残なごりっていうかさ。朝山君がうちで頑張ってくれてたっていう。


朝山  頑張っては、いないですけど。


筒井  頑張ってたよ。一生懸命やってくれてたよ。


朝山  いや、でも成績悪かったしミス多かったし。役立たずっていうか。


筒井  ええ。そんなことないよ。


朝山  西野さんが、


筒井  え? 


朝山  西野さん。


筒井  ああ、えっと。奥さんの方?


朝山  はい。裕子さんの方です。二人で営業行ったことあって。


筒井  あったね。


朝山  西野さんってあんまり喋らないじゃないですか。


筒井  うん。静かだね。


朝山  営業の時もそんな感じで。静かに淡々と喋るんですよ。


筒井  へえ。


朝山  でもなんか説得力あって。すごいんですよあの人……僕は真逆で。


筒井  うん。


朝山  自分ばっかり喋っちゃって。そしたらその時のお客さんがちょっと機嫌悪くなっちゃって。


筒井  うん。


朝山  ちょっとっていうか、かなり。


筒井  ああ…


朝山  それで、取れるはずだった案件一個逃しちゃって。僕のせいで。


筒井  別にそれ朝山君のせいじゃ


朝山  いや僕のせいですよ。西野さんもその日ずっと怒ってて、


筒井  えー。怒るかな彼女。


朝山  黙ってましたもん。


筒井  もともと喋らない人だから、


朝山  もともと喋らない人なりに黙ってる感じしました。


筒井  ええ? そうなの?


朝山  それ以来、なんか気まずくて。


筒井  西野さんと?


朝山  はい。多分向こうも僕のこと扱いづらいと思ってるんじゃないですかね。


筒井  そうかなあ。


朝山  はい。でも、仕方ないです。悪いのは僕なんで。


筒井  悪いって、


朝山  僕そんなことばっかりなんですよ。いろんな人の仕事増やして迷惑かけて。


筒井  そんなこと思わなくても、


朝山  なんかすいません。変な話して。


筒井  あ、いや…


朝山  あの、続きしてください。朝活。


筒井  ん、うん。


朝山  他の人、来ちゃいますから。


筒井  そう、だね…



 パソコンに向かう朝山。

 筒井、引き出しを開け考えている。


 やがて決心し、小さな折り紙を一つ取り出して朝山に渡す。



朝山  え。なんですかこれ。


筒井  なんでしょう。


朝山  折り紙?


筒井  何の形か。


朝山  形? ええ…えっと、なんだろうこれ。岩?


筒井  花だよ。


朝山  花? 花ってあの、咲く方の?


筒井  うん。ふふ。下手くそだよねえ。


朝山  まあ、正直。


筒井  西野さんがね、


朝山  え?


筒井  西野さん。


朝山  奥さんの方の?


筒井  そう。彼女が言い出したんだよ。朝山くんの送別会で渡したいって。


朝山  これを?


筒井  寄せ書きをね。


朝山  寄せ書き、


筒井  自分で折り紙買ってきて一個ずつ切ってきてくれたんだけど。


朝山  全員分ですか?


筒井  うん。けど。苦手みたいだよ工作が。苦手なりに、君のために。


朝山  ……


筒井  もう全員書き終わっててさ。俺はね、台紙に貼る係―。


朝山  ああ、それでこんな朝早く。


筒井  そうそう、朝活。まさかあげる本人に出くわすとは思ってなかったけど。


朝山  あ、なんかすいません。


筒井  はは。いいのいいの。ていうかもう目の前で堂々とやっちゃうもんねー。


朝山  えー、


筒井  あ、読んじゃ駄目だよ! 明日のお楽しみだからね。


朝山  ああ、はい…



 筒井、「朝活」を始める。



筒井  誰も迷惑なんて思ってないよ。


朝山  え?


筒井  朝山君のこと。これ読んだら分かる。すごく評価されてるよ。


朝山  ……


筒井  あ! 読んじゃ駄目だよ!


朝山  分かってますって。


筒井  えーでも、笑ってんじゃん。


朝山  いや。目の前でサプライズの準備されるとかちょっと、


筒井  斬新ざんしんでしょ。


朝山  シュールですね。


筒井  はは。



 作業を進める筒井。 朝山、見ているが、



朝山  あの、


筒井  うん。


朝山  折り紙って余ってますか。


筒井  うん? あるけど。



 筒井、折り紙の束を渡す。



筒井  何するの?


朝山  いや、僕も朝活。


筒井  ほう。


朝山  あ、見ないでくださいよ。サプライズなんで。


筒井  ええ? 何何。



 朝山、手際よく折り紙をカットする。筒井、覗き込み、



筒井  へえ、花だ。上手だねえ。



 はにかむ朝山。ペンを手に取り。




この朝から 終わり

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