第5話 少女
すーはー、空気が美味しい。やっぱり森は葉緑体による光合成が行われているから綺麗な酸素が……
空気が美味しいのはいいが、ここ一時間魔物のいない森をただただ歩いているだけで流石に退屈になりつつある。多少は魔物や戦闘の刺激がないと精神的にやられそうだ。
だが、まだ急ぐ必要は一切ない。ゆっくり次の国に向かおう。
「ツンッッ!!!」
突然鼻に刺激的な匂いを感じた。何が起きたのかと考えていると、その隙を見逃さないように動く素早い物陰の気配を感じた。物影を探そうと周りを見ている隙に背後から物陰が飛びついてくる。俺は視界ギリギリに物影を捉えタイミングを見計らい間一髪で避けることができた。
「よっしゃ!魔物がとうとう出た!やっと戦える!」
初の魔物に興奮し、張り切って剣を抜いた。いざ戦おうと視点を魔物に向けると、そこにいたのは小さな可愛い猫だった。それを見て俺は思わずその場に踏みとどまってしまった。
魔物ではあるが、どうやら敵対しているわけでは無さそうだけど。できたら逃してあげたいところだが……
そう思いながらも魔物を見逃すことができないと判断した俺は、大きく剣を振りかぶる。その瞬間、森の奥の方からこちらに向かってくる人の声がかすかに聞こえてきた。すると、猫の魔物は慌てるように俺の方に飛びついてき、俺もその出来事に焦り、そばにあった木に隠れた。
「おい!何処だ!」
国の警備兵と思われる人が2人、この猫の魔物を探すように大きな声を上げながらこちらに向かってくる。
「これは魔力感知を持っているものを連れてこないとダメですね」
「あぁ。一旦国に引き換えそう」
そうすると、警備兵は去っていった。
おそらくこいつは俺に助けを求めていたのだろう。国の警備兵から逃げてここまできたんだな。あ、あれ気を失っているのか?警備兵はもういないのに動こうとしない。
はぁ、ここに置き去りにするわけにもいかないし今日はここら辺で夜を過ごそう
よし!出来た!朝食ランチ!
実は、気に入らなかったのは値段だけだった。味は日本の料理に一番似ていて食べやすかった。ちなみに原価は、銅貨3枚ほどだった。これ以上は言わないでおこう。
テントの中に気を失った猫の魔物を寝かせている間に夕食を済ませた。
結局今日の成果は何もなかったな。魔物は出たものの敵対意識がない上、猫の見た目をしているなんて倒すのに抵抗があるに決まってる。だがさっきの警備兵みたいなこの世界の人間には一切抵抗がなかった。俺にはまだ日本の動物愛護法の名残りが残っているのだろう。ただ敵対意識がない魔物を倒す理由があるのか?害を与えない魔物なら生かしておいては問題ないと思うが、ましてや見た目が可愛らしい猫。何か生かしておいてはいけない特別な理由があるとか。
いや、今考えても仕方ない。明日に備えてもう寝よう。
俺はテントに戻ると、テントの中には目を疑うものがあった。
だ、誰、お、女の子?!
とっさに大きな声を出してしまい、彼女が寝返りを打ち慌てて口を押さえた。
知らない女と寝るとか勘弁してくれよ。安全かも分からないのに。しょうがない。今夜はテントの外で寝るしかなさそうだな。
翌朝
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
ん?誰だ?朝から大声出してるのは。
細く開けた目の視界に、朝日を隠すように俺を覗き込んでる少女がいた。
うわ!お前急に近づいてくるな!あっちいけ!
つい、何も考えず口にしてしまった。少女を見ると案の定いまにも涙が溢れそうなほどの涙目になっていた。
「お兄ちゃんひどいよ。私のこと助けてくれたんじゃなかったの?どうして私は人に嫌われるの?」
「あぁ、分かった!嫌いにならないから泣くのをやめてくれ。朝から頭が痛くなりそうだ」
「ほんと?」
すると、まるで嘘泣きだったんじゃないかと思うほどすぐに泣き止んだ。
「あぁ、ほんとだ」
この少女、おそらく耳が生えているから獣人か?でも昨日は魔力感知が働いていたってことは魔物なのか?ただいまこの少女からは魔物の匂いはしない。となると考えられることは昨日の猫の魔物とこの少女は全くの別の生き物の可能性がある。
もしこの読みが合っていれば、昨日の警備兵は最初から俺に接触するための計画を立てていたのかも知れない。
「お前、名前はなんだ?」
「アリス!」
「アリスか。行く宛はあるのか?そもそも何処からきた?」
「何処からきたかは覚えてないの。だから行く宛もない。でも元々何処かにはいた気がする」
なるほど。おそらく記憶改竄の魔法があるのだろう。魔法についてはまだまだ知識が浅い。こいつを元に戻したりすることはできないが、逆を返せばもしこいつがあの警備兵のやつらと関わりがあったとして、記憶改竄されている限り俺を裏切る可能性は少ないということになる。
この調子だとこいつの面倒を見なきゃいけないことになるだろう。だが仲間がいて助かることもあるかも知れない。こいつと旅をするのもありかも知れないがこいつがあの警備兵と関わりがある可能性が高い。もしそうだった場合は……あぁ、その時はその時だ。考えているだけじゃ何も変わらない。何もかもやってみないと分からない。
オルロ国王城にて……
「王!例の男との接触に成功しました。計画通り記憶改竄したアリスを置いていきました」
「よくやった。しばらくアリスは奴と行動させろ。記憶もしばらくはそのままにしておけ」
「わかりました」
急に現れた膨大な魔力。奴は自分の魔力に気づいていないのか?もし奴がウィルロードから来てたとしたら、面白いことが起きそうだ。
「ほら、とりあえず飯食って元気出せ」
朝っぱらから泣き疲れてバテてるアリスにご飯を食べさせながら、次の目的地までの計画を立てていた。
おそらくだが昨日警備兵が戻って行った方向は念のためなるべく避けたほうが良さそうだ。とりあえずまずは森を抜けながらレベルを上げることが最優先。今日こそは初の魔物を狩りたいところである。
「食べたらすぐ出発しよう」
「わかった!」
そういえばアリスは何も武器を持っていないんだよな。今のところ帰る場所もなさそうだし、俺も武器を一つしか持ってないから魔物が出たら俺が前に出て戦わないといけないな。
「ツンッッ!!!」
「きた!魔力感知が反応した!右方向から一体、かなり早いスピードだ」
「わかった!」
右方向に視界を固定するがいつになっても姿が見えない。あれだけ早いスピードならもうここまで来ていてもおかしくないはず。なぜだ?
その瞬間、木の枝の折れる音がかすかに聞こえた。
「上だ!アリス!気をつけろ!」
アリスが急いでジャンプをし受け身を取るように着地し避けた。
アリスが離れたことを確認した俺は、大きく足を前に踏み出し思いっきり鳥の魔物を目掛けてジャンプする。真下に急降下している鳥の魔物に狙いを合わせ思いっきり剣を突き上げた。
突き上げた剣は、見事に鳥の胸部を捉えていた。魔物の動きは収まり、剣に刺さった状態のまま消滅した。
危なかった。まさか空を飛んでいるとは予想ができなかった。魔力感知は魔物の接近を知ることはできるが、どのような魔物かを確認することはできない。これからの先頭では十分警戒して索敵をするようにしなければ、平気で背中を取られてしまうかも知れない……
「急に現れた膨大な魔力の正体を見にきたら、鳥1体にあれだけ手こずってるとは。それに見る限り魔法が使えていない。まるで宝の持ち腐れだな。ただこの魔力量は確実になにか怪しい。必ず真実を突き止めてやる」
ガサガサッ……
「アリスいま何か喋ったか?」
「何も喋ってない!」
「気のせいか。よし!この調子でレベル10まで経験値を稼ぐぞ!」
「お〜!」
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