平和国に勇者はいらない!と言われ勇者を失ってしまった国に突如勇者として召喚された俺は、平和国の隠蔽勇者になる。

熊手マコト

第1話 自販機召喚

「ガチャン!」


 俺は無言で家の玄関を出た。





 ほとんどの日本人は、義務教育を終え高校を卒業し、場合によっては大学に進学する。


 ただどの道を選択しようが最終的には職に就く人間がほとんどである。だが、全ての人がそれを望んでいるわけではない。社会の中で普通の生活を送るために仕方なく仕事をし、お金を稼いでいる人もいるだろう。


 いや、多分殆どの人がそうだと思う。だからと言って仕事をしないと引きこもりニートなり社会不適合者なり言われ放題である。


 そんなことを言ってる俺は、仕事をしているのかというと社会人2年目のサラリーマンだ。無事社会の常識に流され全然興味のない会社の社畜になっている。


 そんな俺のスケジュールを紹介してやろう。明日は企画書の締め切り、明々後日はプレゼンテーションの資料締め切り、その次の日はプレゼンテーション本番。このスケジュールを見てくれたらわかる通り、俺は今この人生に明け暮れている。


そんな俺が今ハマっているのは真夜中の散歩。誰の目も気にしなくてよく、服装も部屋着のジャージのままでも何も問題ない。

 普段明るく人がたくさんいるところが、真っ暗で誰もいないとなんと言うのだろうか。嫌なことに限らず、全てを忘れることができているような感覚になれる。


 普通に考えれば仕事が溜まっているこの状況でこんなことをする時間は無いと思うだろう。だが、この時、この瞬間だけはあの俺のクソみたいな人生スケジュールからおさらば出来る。一種の現実逃避のようなものなのだろうか。


 でだ。


 だからと言っていつまでも現実逃避をしていても仕方がない。


 「ピピピピ、ピピピピピー」


 ハズレか……


俺は、帰りの自販機で気を引き締めるための炭酸飲料を買い、お釣りを取った。


 すると、手元に一際目立つ大きめなコインの感触がした。


「お!ラッキー!誰か500円玉を忘れて行ったんだな」


 そう思い手元のコインを確認する。


عملة البطل」」


 手に取ったコインを真夜中で視界が悪い中顔に近づけると、妙な雰囲気を感じた。


そのコインにはどこの国の字だろうか。読めない字とコインの裏面には剣の刻印が入っていた。くすんだ金色にたくさんの人が触ったのか汚れがかなり目立っていた。それに500円玉とサイズを比べてみると全く同じサイズだった。どっかの子供がいたずらで入れたのだろう。


 おそらくゲーセンかなんかのコインだろうと思い、落ち込みつつも家にコインを持ち帰った。


 家の玄関を開けるまで、一歩も無駄にせずギリギリまで現実逃避をする。この時見た夜空は星はひとつも見当たらなかったが涙が出るくらい良い空だった。


 部屋に戻り、扉を開けた瞬間に目に入るスーツを見て、一気に現実にひきずりこまれ咄嗟に口にしてしまった。


「あああぁぁぁぁ! 仕事めんどくせぇぇぇ!」


 その言葉を発した瞬間、財布に入れていたコインがいきなり光だし、空耳のような声が聞こえ始める。


「貴方様こそがこの国の勇者として……」


 俺は突然の出来事に一瞬焦ったが落ち着いて話を聞いた。しばらくすると話が終わりコインの光が次第に消えていく。


 俺は確かに聞いた。貴方様こそがこの国の勇者としての責務を果たせる者であり、国民からの信頼を得ることができる。この言葉を俺は聞き逃さなかった。


 だが、俺の身には何も起きていない。俺がその勇者なのだとしたらこのコインの力で異世界に連れていかれたり……。


「は!」


 俺は咄嗟に頭に浮かんできた。このコインは自販機の釣り銭に紛れ込んでて、さらには500円玉と同じサイズ。だとしたらやることは一つしかない!


 家を飛び出し、急いで自販機に向かう。


 これでこの人生からおさらば出来ると思うと、笑みを抑えられなかった。


 自販機の前に立ちコインを自販機に入れ、ボタンを押してみる。


 「あれ、何も起こらな……」


 すると、いきなり視界が眩しい光に包まれ俺の意識が遠のいて行った……。










「ピピピピ、ピピピピピー」


 誰もいない自販機にハズレのルーレットだけが表示されていた。

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