第21話 選別

 フクオカたちの乗っている宇宙艦艇では、ケガを負った被災者の受け入れを行っていた。

 流星群が落下してしばらく時間が経過していたため、街に戻っていた人々の上から、ビルが倒壊するという二次被害が発生していたからだ。

 大型の艦艇になれば、それなりの医療機器も充実しているため、このような処置を取ることにした。

 わざわざ地上まで降りて行って、最新技術である「光線型艦艇搭乗システム」も駆使し、効率よく被災者を艦艇に搭乗させる。


「班長!医療用酸素がもうすぐで底を尽きそうです!」

「主計班に、早急に核融合転化炉を使わせるように言ってこい!」

「班長、赤が増えました!」

「くそ、こんな時にか!」

「心肺停止の負傷者が来ました!」

「電気ショック用意!すぐに蘇生処置だ!」


 こんな感じで、医務室はかなり混乱を極めていた。

 そのほか、別の兵科の軍人も、簡単な治療処置に駆り出される。


「俺、こんな事をするために宇宙軍に入ったつもりはないんだがな」

「おいそこ!無駄口を叩いている暇があるなら、早く治療を進めろ!」

「曹長がお怒りだぁ。さっさとやらないと、後で怒りの鉄拳が飛んでくるぞ」


 そんな感じで、普通の軍人も一緒になって治療にあたっていた。

 そんな中、フクオカたちは、ケガの度合いを見て、応急処置の順番を決めるトリアージを行っていた。


「ケガの具合はいかがですか?」

「足の骨が……折れたみたいで……」

「えーと、START法だと……、黄色ですね。少し時間がかかりますが、それまで我慢してください」

「はい……」


 このような反復を繰り返して、フクオカたちは次々と負傷した被災者たちのトリアージを進める。

 もちろん、そんな中では残酷な決断をしなければならない事態も存在する。


「お願いです!この子に治療を受けさせてください!」

「しかし……」


 フクオカの同僚の女子は、ある親子の前で立ち止まっていた。

 そこには、ガラスの破片だろうか。それがいくつも刺さった状態で母親に抱かれている少女の姿があった。

 適切な判断であれば、少女は4段階中の優先順位の中で、3番目にあたる緑色のトリアージを受けるべき状況だ。

 しかし、その同僚は、母親の訴えを前にして、トリアージを間違えようとしていた。


「でも……、この子を救えるのは私だけ……」


 目の前で起きている、命の選別に、まともな思考も出来なくなる。


「そうだ……。私が……、この子の命を救わなきゃ……!」


 そういって震える手で、トリアージタッグの優先順位を一番高い赤色にしようとしていた。

 しかし、彼女の後ろから、ペンを止められる。

 そちらの方を向くと、そこにはフクオカがいた。


「お母さん、落ち着いてください。ねぇ、自力で立てる?歩けるかな?」

「……うん。すごく痛いけど、歩ける……」

「そんな事よりも、治療を受けさせてください!」

「今は医療が逼迫している状態です!娘さんを助けている間に、誰かが命を落とす可能性だってあるんです。幸い、娘さんは意識も、呼吸もあります。自力で歩く事も出来ます。これはSTART法では緑、すなわち待機になります。申し訳ありませんが、娘さんのそばにいて、励ましてあげてください」


 そういってフクオカは、トリアージタッグに必要事項を記入して、少女の右手首に括りつける。

 そして同僚の手を引くように、その場を離れた。

 しばらく歩いていったところで、フクオカは同僚の手を離す。


「ア、アリサ……」


 同僚が声をかけると、フクオカは彼女の方を向く。

 するとそこには、今にも泣き出しそうなフクオカの姿があった。


「アリサ……」

「アタシ、間違ってないよね?」


 そう涙ぐみながら、フクオカは言う。


「アタシ、間違ったことしてないよね?」

「う、うん。間違ってないよ」


 確かに、先ほどの判断は正しい。しかし、それを冷静に、災害の場で発揮するのは意外と難しいのだ。


「良かった……。私、間違ってたらどうしようかと……」


 そういって涙をポロポロとこぼす。

 命の選別。それは決して軽いものではない。

 ましてや、フクオカたちは医療に携わる人間でもない。一介の軍人だ。

 軍人でも、命の尊さは理解しているつもりだ。

 しかし、それはあくまで表面的なものであり、本職である医療従事者よりは命を扱うことに慣れていない。

 そういう経緯もあり、フクオカたちには相当のプレッシャーとストレスがかかっているのだ。


「ごめんね、アリサ……。私がちゃんとトリアージ出来ていれば……」

「うぅん。アタシだってちゃんとしていれば、こんなことにはならなかった……」


 そういってお互いに励まし合った。

 ひとしきり泣いた二人は、再び被災者と向き合う。


「もう大丈夫、同じ失敗は繰り返さないから」

「頼もしいね。それじゃあ、行こう」


 そして二人は艦内を走り回るのだった。

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