最強魔王の息子ですが、父が人類を侵略するそうなので家出して勇者になり無双して討ち取ります

小虚 羅穏

第一章 灰桜祭篇

プロローグ 開戦前夜

 月明かりに照らされた山道を青年が一人、駆けていた。

 いや、青年というのは正確ではないかもしれない。

 齢18という、少年とも青年とも言えぬ多感な時期にある彼は、美しい満月の夜を駆けていた。


 眉目秀麗、容姿端麗、未だ若干のあどけなさが残る彼の顔は、しかし怒りに染まっていた。


「俺は父上を決して許しはしない……! かつて無垢な顔で語ったその理想は、幻想は、全てまやかしだったのか!」


 醜く歪んだ端正な顔が、その怒りの深さを物語る。


「なぜ父上は俺を裏切ったのだ。あれほどまでに安寧を望み、我が一族の誇りとまで宣った人間との平和を自ら破るなど許されることではない!」


――いいか、デュリック。我がデンハイト家には力がある――

――権力、実力、戦力、あらゆる能力において、我々は秀でているんだ――

――だからこそ、その力の使い方を間違えてはいけない――


 幼き日の父の言葉を思い出す。決して違えぬと約束した、あの言葉を。


――我は魔族の頂点に君臨する者である――

――我はかつて、一人の人間と争った――

――そして激闘の末に一つの約束をし、束の間の安息を得たのだ――

――だからこそ我々には義務がある――

――そう、その血を引く我が子、お前にもだ――


「『民を守り、国を守れ』」


 そう口に出す。


「俺は王家デンハイト一族の人間であることを誇りに生きてきた。だがそれは王家だからではない! あの立派な父上あってのことだったのだ!」


 かつて彼の父、魔王マレディレント・ゼーレ・デンハイトは言った。


――平和など簡単に崩れ去る。永久の安寧などありはしない――

――しかし、努力を怠るな――

――全身全霊をもって望めば我々デンハイトに叶えられぬ道理はない――


 父の教えを誇りに今まで生きてきた彼の根幹は、ほんの数日ほど前に儚く崩れ去ったのだった。

 他でもない父の手によって。



「我が国は今より王国との臨戦態勢に移行する。総員、配置につけ! 宣戦布告はオスクルに一任する」


 敬愛する父の口から発せられたその言葉の意味を理解するのに、彼は数分を要した。

 それが戦の始まりを意味する言葉だと理解してからも、なぜ父がそのようなことを口にしたのか、理解できなかった。


「お待ちください! なぜ戦を起こさねばならないのですか!」


 その問いに、魔王は一言で返した。


「これは必要な戦だ」


「必要な戦などありません!」


 魔王は一瞬遠い目をしたかと思ったが、それ以降は一度も口を開かなかった。



 誰よりも信頼し、誰よりも尊敬する父から突然発せられた裏切りの言葉。

 全身全霊をもって平和を維持する。

 その誇り高き王の言葉が偽りであったと知ったとき、彼はもう王の下にはいられなかった。

 だから――。



 デュリックは激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐の王を除かねばならぬと決意した。


 民を守り、国を守るため。


 手にしたのは一枚のビラ。

 そこには、大きな文字でこう書かれていた。


 『新米勇者募集! 詳しくは灰桜祭かいおうさいで!』

 灰桜祭かいおうさいの開催はそう、今晩である。



 これは、最強の魔王が治める国から家出した、新米勇者の長い長い冒険譚――。

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