第9話 その髪飾り、奪われました
農場からの食材の寄付が元に戻り、教会の食材不足が解決して、シスター達はほっとしていた。
そんな中、お金を手にしたロビンは、シスターや預けられた女の子全員に髪飾りをプレゼントした。
大して高いものではないが、貰った女の子たちは皆一様に目を輝かせ、ロビンにお礼を言っていた。
俺はお礼を言われていない。
もっとも、俺のことは黙っていてもらっていた。
俺は自分のために金を稼いだだけである。
他に俺がしたことと言えば、お昼のスープが短期間美味しくなったことだけだ。
「ラルフ君は、お礼を言われなくても良いの」
ロビンが俺に聞く。
「僕は自分のためにしかしていないから、そんなことでお礼を言われても恥ずかしいだけだよ」
「でもみんなが喜べるのは、ラルフ君が頑張ったからだよ」
「本当にそう思うのなら、全額下さい」
俺は照れ隠しにそう言った。
「小さい子が言うと、腹黒い言葉も可愛く感じるわね」
ロビンは俺をぎゅっと抱きしめた。
「ラルフ君、ありがと。君のおかげでみんな喜んでくれたわ」
俺は、気恥ずかしさで、ロビンの抱擁から逃げた。
俺は自分のことしか考えていなかった。
宣教師を目指さなければならない俺よりも、普段俺をネタにサボってばかりいるロビンの方が聖女に近いのではないかと感じた。
俺はエルメスと会って話をしたせいで、エルメスの駄目な部分を見たせいか、信仰心は薄い、というよりも全く無い。
信仰心のなさを言い訳にするつもりはないが、人のために何かをしているという事なら、俺よりもロビンの方がしている。
俺は農場の困りごとも知らなかったし、クロエが髪飾りを欲しがっていることも知らなかった、というより知ろうともしていなかった。
クロエだけではない。
髪飾り一つで、シスターを含めた女の子たちがこれほど喜ぶことを俺は全く想像していなかった。
またロビンは男の子にはお菓子を配っていた。
当然甘いものに飢えている男の子たちは大興奮。
ロビンと結婚すると言い始めた子も出たくらいだ。
ロビンはサボりだけでなく、子供と一緒に遊ぶことも少なく、あまり人気のあるシスターではなかったのだ。
俺はこういう結果を予想していなかった。
それどころか、ロビンが居なければ、何も知らないまま、人を喜ばせることもなく、ただ普通にシスター達の手伝いをして過ごしていただけだ。
そんな俺がみんなから褒められる訳にはいかない。
全部ロビンが褒められるべきであるのだ。
そういう訳で、教会のシスター達や子供達、そして俺のロビンに対する株が上がったのである。
◆◆◆
シスター見習いのクロエは、髪飾りをして、いつも通り、通いの子供たちと遊んでいた。
元々髪飾りを欲しがっていただけあって、髪飾りを貰ってからは毎日着けており、また、それが似合ってもいた。
俺のこの世界の兄は、元々クロエに好感を持っていたが、髪飾りをしてからというものクロエを眺めている時間があからさまに増えた。
まだ5歳児のくせに、何を色気づいているんだ、と見た目3歳児の俺は思う。
まあ、子供同士の恋愛なんて、温かく見守ってやるというよりも、ただ興味もなく放っていた俺だが。
「お前、髪飾りを寄こせ」
「嫌、これロビンお姉ちゃんから貰った宝物だもん」
「いいから寄こせ、見習いでもシスターだろ。働きもしていないシスターなら、少しでも人の役に立てよ」
無理やり髪飾りを奪うアダム。
◆◆◆
クロエが泣いていた。
髪にはいつも着けていた髪飾りがない。
クロエに対して興味のない俺は、泣いているクロエを見つけたが、その時点で兄含め数人の子供がクロエを取り囲んで慰めていたことから、何も声を掛けることなく教会の仕事をこなしていた。
その時、髪飾りが髪にないことは見て分かったが、髪飾りを落として泣いているんだろう、と思っていた。
どこかに落ちていたら、拾ってあげよう程度にしか考えていなかった。
そんな俺だったが、その1時間後、兄含め、その友達までボロボロになって泣いている姿を見て、やっと異変を感じた。
「兄さん、どうしたんだ」
「うるさい、俺に構うな」
泣いている兄に聞いたのが間違いだった。
兄の友達の中で、一番弱そうな、アパリシオだけが唯一泣いていないことに気が付いた。
俺はアパリシオを物陰に引きずっていき、事情を聴いた。
「クロエの髪飾りをアダムが盗ったんで、ブルーノが取り返しに行って、俺たちも手伝ったんだけど、アダムに返り討ちにあったって訳」
アパリシオは、泣いている原因を教えてくれた。
アパリシオ自身は、絶対に勝てないアダムに、本気でぶつからなかったのだろう。
泣いている原因は分かった。
俺の兄は、俺が仕事をしている間に『男』をしていた訳だ。
格好いいような、喧嘩に負けて格好悪いような……。
男気と言えばそれまでだが、好きな子に良い格好見せたかったという下心も見え見えだし……。
そもそもアダムは7歳児だ。
2歳も年上なのだ。
俺のような、『なんちゃって3歳児』とは違う、兄たち5歳児からすれば本当の年上なのだ。
そんな年上に、複数で当たるとはいえ、勇気を振り絞って男気を見せた兄。
クロエが泣いているところを見てはいても、教会の仕事以上に関心を持てなかった俺とは違う。
ロビンを見て、自分のことしか考えていなかったことを、少し反省したばかりだっていうのに、何も変わっていなかった俺が恥ずかしい。
全く本当の3歳児にも劣るんじゃないだろうか。
「アパリシオ、俺がクロエの髪飾りを取り戻す。あと、ロビンお姉ちゃんを呼んできてもらえないか」
「ええっ、ラルフが」
「俺の方がブルーノ兄ちゃんより強いだろ。なんとかなるさ。とりあえずロビンお姉ちゃんを呼んできてよ」
「分かった。すぐに呼んでくるから、お前もすぐにアダムに喧嘩を仕掛けるんじゃないぞ」
そう言ってアパリシオはロビンが仕事をしているであろう畑に向かった。
俺はアダムを捕まえに行った。
見つけたアダムは、髪飾りを眺めて、物思いにふけっていたようだった。
俺は、こいつもクロエのことが好きなのか、と思った。
「アダム、クロエから盗った髪飾りを返せ」
「何言ってんだ」
アダムは俺を一目見た後、興味なさそうに立ち去ろうとした。
「無視すんな、クロエから盗った髪飾りを返せよ」
俺はアダムの服を掴んだ。
「何すんだ」
アダムは、腕を振って俺を叩こうとしたが、俺はあっさりと躱した。
ついでに、反対の手に持っていた髪飾りを、これまたあっさり奪った。
「返せ」
髪飾りを奪われたアダムはスイッチが入ったように、俺に襲い掛かってくる。
3歳児と7歳児の戦い。
4歳年上とはいえ、魔力を使った俺の敵ではない。
魔力を使って、アダムの突進を躱す。
左右の腕を振って、交互にパンチを出してくるが、これも魔力を纏って捌く。
俺が魔力を使っていることに気が付いたアダムも魔力を使って反撃しようとしたが、魔法の練習をろくにしていない子供と、毎日魔力を酷使したうえ、細かい作業までこなしている俺とは比べ物にならなかった。
俺はアダムの攻撃を捌(さば)いて転がして、立ち上がって再度攻撃してきたアダムを転がして、と積極的に攻撃はしなかったが、攻撃を捌かれ、一切の攻撃が俺に通用しないと悟ったアダムは大泣きした。
俺は間もなく到着したロビンに拳骨をいただいた。
アダムが悪いのはその通りだが、暴力で解決しちゃったからね。
仕方ないのさ。
「ラルフ君は、クロエちゃんに髪飾りを返して、仕事に戻ってなさい。後でお説教だからね」
「ごめんなさい」
そう言って、俺はロビンとアダム、そしてアパリシオを残して仕事に戻った。
こういう時は、さっさと謝罪して離れるのが一番だ。
◆◆◆
「ラルフ君、火魔法も使えたわよね」
働きすぎて、ベッドで寝ていた俺にロビンが尋ねる。
いくら今3歳児だからといって、7歳の子をぶちのめして、精神年齢が俺より下の13歳の女の子に注意されたのだ。
反省しない訳がないし、やりすぎたとも思っている。
ちょっと心がへこんだ俺は、いつもよりちょっとばかり無理して魔力切れを起こして休んでいたのだった。
「使えるけど、どうしたの」
俺は疑問をロビンにぶつけた。
「お姉ちゃん、火魔法はあまり高い温度が出せなくて。ラルフ君なら、これを溶かせるかな」
そう言ってロビンが出したのは、花をかたどった髪飾りだった。
「ここの模様を消して貰える」
よく見ると、髪飾りの端に、家紋のようなものが彫られていた。
「これ、ロビンお姉ちゃんのでしょ。どうするの」
3歳児の無邪気さを装って尋ねる。
「アダム君が、クロエちゃんの髪飾りを欲しがった理由なんだけど、アダム君はお母さんに髪飾りをプレゼントしてあげたかったんだって。アダム君のところ、お母さんしかいないから、お母さんが喜びそうなものをプレゼントしたかったんだって」
なんで異世界の子供たちは、俺に心の試練を与えるんだ。
片親のアダムは、母親にプレゼントしたいという親孝行な面があったのだ。
俺みたいに、大きくなるまで養ってもらおうとか、そういう打算ではないのだ。
アダムのそんなこと知っていたら、もっと穏便に事を済ませたのに。
俺の心のダメージは加算されてしまった。
サイコロスキルでマイナス補正が付いた最大値が出たような気分だ。
「お姉ちゃんは髪飾りを幾つか持っているから一個あげようと思ったんだけど、この模様を消さないと、人にあげられないのよ」
ロビンって、元貴族とか言っていたけど、家の問題がまだ完全には片付いていないのだろう。
普段明るく振舞っているけど、ロビンも結構大変な人生を過ごしているんだな。
「やってみるよ」
俺は、髪飾りを受け取ると、ゆっくりと魔力を込めていった。
家紋を溶かして消すだけでは、万が一が起こりかねない。
髪飾り一つといっても馬鹿にはできない。
万が一にも、髪飾りの譲渡が問題にならないように、ロビンに災厄が降りかからないように、俺は細心の注意を払って魔力を込めた。
「できそう」
ロビンが心配してのぞき込む。
俺は言葉じゃなく、結果で答える。
「……」
「こんな感じでいい」
俺は完成した髪飾りをロビンに返す。
「うっ」
ロビンがびっくりしたようだ。
俺は、ロビンの反応に満足した。
「どう」
ニヤニヤする俺。
「ラルフ君、ちょっとやりすぎだよね」
「やっぱり、そう思う」
俺は、髪飾りを魔改造したのだ。
ロビンの要望通りに家紋を消しただけではなく、家紋があった場所にアダムの顔を彫ったのだ。
更に、髪飾り自体も、やや小さめにして、髪飾りの表面をつや消し風にして、アダムの母親の髪色に合わせるように、少し黄色みがかった色にしたのだ。
つまり、形も色も大きさも変えたのだ。
これで貴族の家にあった宝飾品が一つ世界から消えてしまったのだ。
「これならあまり目立たなくて、普段から使えるし、アダムの顔を入れたから、お金に困っても売らないでしょう」
俺はやり過ぎた言い訳を説明する。
「ラルフ君は一体何歳なの」
「30歳」
そう言って、指を三本立てて、可愛らしくロビンに突き出す。
「本当の30歳は、7歳の子と喧嘩をしません。ラルフ君は、魔法が使えるからといって、簡単に喧嘩をしちゃだめよ。強い力を持つ人が喧嘩することは、いじめをすることと同じことなんだからね」
そう言ってロビンは俺を優しく抱きしめた。
「ごめんなさい」
自然と俺の口から反省の言葉が出た。
やっぱりロビンは聖女だ。
「ありがとうね、ラルフ君」
ロビンが言った。
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