『Iは火種にしかなり得ない』

天 下句

『彼が好き』

 ある日、平凡な高校生は友人に、告白されたのです。

 ──恋人が、出来たのだと。

 それはよく見る、ありきたりな教室の一幕でした。


「今日はいつもよりも輪をかけて幸せそうな顔してるね、■■。

 何か素晴らしいことでも起きたのかい?」


 平凡な高校生がそう聞くと、何やら軽々には言えない重そうな事のようでした。

 少しばかり口をつぐんだあと、彼はこう告げました。


「あぁ……そっか。…言ってなかった。

 付き合いだしたんだよ。その…■■■さんと」


 初々しく、■■は恥ずかしげにそれを言いました。

 平凡な高校生は祝福し、喜びました。


「……良かったじゃん。

 おめでとう。友人として、心から祝福するよ。

 末永く…末永くどうぞおしあわせに」


 ■■は喜びながら、これまでの感謝を伝え始めました。


「本当に…ずっと応援してくれて、ありがとう。

 ずっと手伝ってくれてありがとう。

 ずっと、僕の心強い友人でいてくれて、ありがとう」


 平凡な高校生は、その■■からの言葉にショックを受けながら、

 ■■が世界へと自分を連れ出した記憶が蘇るまま、蘇るままに、言葉を絞り出す。


「…いいよ。いいよ。

 友人であれたのだから、もう……いいよ」


 ――平凡な高校生の心情といたしましては。■■への愛情と友愛による恋の手助けとその成就の結果。

 感情が体と心を壊しはしないでも、溢れて氾濫するほど、とだけ。

 分かっていても、辛かったのです。


 ――平凡な高校生は■■と、■■■。

 この二人の恋のキューピットでした。

 それを成すために色んな手引きと根回しをしました。

 二人にそれぞれ、本を読んで頑張って学んだエスコートの仕方を教えたり、サプライズパーティーへ向けて好きなものをリサーチして下準備したり。

 極めつけは告白するシチュエーションを整える際、■■と■■■の友人に手伝ってもらい、総勢15名程の大ミッションの末、見事に成功した日は一日中涙があふれたものです。


 ■■と■■■。

 二人はお互いに尊重し、理解し、愛し合っていました。

 会話は踊るように弾み、握る手は吸い付き合うようで。


「今度は僕の家に遊びに来てよ。

 今日より楽しいかは…ちょっと保証できないけど」

「いいや、きっと今日より楽しいよ」

「………ありがとう」


 友人達が上手くいった事を、平凡な高校生はこう思いました。

(ああ、これでよかった、よかったんだ。

 二人ともずっと二人が好きだったのに、こうならなくちゃ、悲劇だ)

 平凡な高校生はそれを、とある理由から、

 ほんの二か月後には取り下げました。


 ――何故なら、友人たちは姉弟でした。

 それを知ってしまったのは、平凡な高校生だけでした。

 キューピットとして活動していた時に得た情報を整理していたら、その事実に行き着いてしまったのです。


「なんで!なんで!なんでなの!?なんで■■が幸せになるためにしたのに!!なんで■■■が姉弟なの!!?

 わたし!私の!!あの日々は!!感情は!なんだったんだよ!!」


 悲痛な慟哭は、無人の教室のどこにも響かず、どこかへと飛んでいきました。

 平凡な高校生は呻吟しんぎんの果てに、二人に悟らせないよう元の友人同士に戻そうと考え、実行しました。


「…戻そう、元に。私が原因だもん。

 私がやったんだもん。

 わたしが………やらなくちゃ」


 二人に嫌われるようなこともしました。

 それでも平和になって欲しかったのです。


「──なんで!なんで僕たちの邪魔ばっかりするの!!

 こんなのおかしいよ!

 なにがあったの!?

 なにがあったのか!

 聞かせてよ!!!!!」

「…………言えないよ……いえないよ…」


 でも、二人にはバレてしまって、二人の家族はそのことで凄惨な結末を迎えました。

 ■■と■■■が帰る場所は、もう、ありませんでした。


「――あなたがそうしたんでしょう!?」

「違う!私じゃない!

 ……本当に私じゃないんだよ!!」


 このことの真実はどこにもなくて、記録はもうなくなってしまったそうです。

 どこぞの雑誌が語る噂では、無邪気な悪意無き、ただの、イタズラが捻れたのだと。


「──いやだ!嫌だ!!いやだ!嫌なんだ!!

 僕は!!■■■さんが姉さんだなんて信じない信じたくない!!」

「分からないのか■■!それがどんな意味なのか分かってるのか!!」

「分かってるよ!

 分かってるつもりだよ!

 …もういい……もういいよ!!!

 僕らは消える!

 誰とも会わない関わらない!!

 それならもうどうだっていいでしょ!

 誰も僕らは気にしなくていい!

 もう初めから…居なかった事にしてくれればいいから!!!」

「やめっ…やめてくれ」

「さよなら……父さん!!

 世話になったよ!」

「私をっ…一人にしないでくれ!■■!!」


 ――この後二人は、いっしょに手をつないで出てゆきました。

 それを見た平凡な高校生がどこへ行くのかとたずねると、別に、なんてことのない場所だよ。

 と、返したそうです。

 彼らが、冷たい冷たい冬の海の方向へ向かって以降、誰もその行方は知りません。

 晴れやかな笑顔のままに、雨景色あまげしきに消えてゆく二人の姿を、

 見送ることしか、彼女には、許されなかったのです。


「見つけるから!絶対に見つけるから……!私が、何もかもグチャグチャにしたんだ!

 ああ、誰より好きで何より好きな貴方。

 ああ、嫌いだとも言えなくなった親愛なる貴女。

 ――どうか一言、言わせて欲しい」


 平凡な高校生は、いつになってもいくつになっても、その二人を探し続けましたとさ。

 おしまい。

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