36話。勇者と聖女、敗れる。

「こ、降伏しろだと小娘が……っ!」


 勇者ロイドは、私を歯軋りして睨みつけてくる。

 だが、前に出てこようとはせずに、明らかに腰が引けていた。


「くっううぅ……もう、こうなったら奥の手ですわ、権天使よ!」


 シルヴィアが手を振ると、神聖な光の柱が伸びた。

 光の中より、翼を生やした身長二メートルほどの巨人が出現する。見る者を圧倒する神々しさ。


 以前シルヴィアが召喚してした天使とは桁違いの力を感じた。これは7番目の位階の天使だわ。


「煉獄砲っ!」


 魔王城の主砲で、権天使を狙い撃とうとする。が、予想外のことが起きた。

 なんと権天使が、シルヴィアから何かを受け取ると、ロイドお父様を羽交い締めにしたのだ。


「な、何をする!?」


「なんだ? 仲間割れか!?」


 慌てふためく勇者の姿に、私たちは呆気に取られた。

 もしや、シルヴィアは召喚した天使を制御できていない?


 そう思ったのもつかの間、権天使はロイドお父様の口を掴み、何かを無理矢理、口の中に押し込んだ。


「アハハハハッ! ロイドお父様、エンジェル・ダストをあるだけ飲み込んでいただきますわ! 上位天使と融合し、魔王を倒した偉大なる勇者として、お父様の名は永遠に語り継がれるのですわ! 不滅の名声が手に入りましてよ!」


 シルヴィアが狂ったように笑った。


「や、やめ……っ!」


 ロイドお父様は必死に抵抗しようとするが、天使の腕力には、かなわなかった。

 エンジェル・ダストを大量に飲み込まされる。


「ロイドお父様!? シルヴィア、あなたはお父様に対してなんてことを!?」


「ふんっ! こんなヤツ、結局、自分の娘を出世の道具としてしか考えていないクズですわ。なら私が逆に、野望を叶えるための道具にしてやったところで、文句はありませんわよね?」


 シルヴィアから、滴るような悪意が溢れた。

 ロイドお父様の身体が、みちみちと音を立てて膨れ上がる。


「ああああっ! 痛い! 痛い! 頼む、アルフィン、助けてくれぇえええ──ッ!」


 ロイドお父様は子供のように喚き散らす。


「身体が!? 俺が、俺ではなくなっていく!?」


 大天使と融合したバルトラは、恍惚した様子だったけれど、まるで違った。

 ロイドお父様の場合は、融合というより、身体を乗っ取られようとしている感じだった。


「ああっ、みっともない! 追放した娘に頼るなんて、無様極まりませんわね!」


「うっ……煉獄砲、最大出力! 連射!」


 私は煉獄砲をロイドお父様を拘束する権天使に向けて連射した。爆発の花が咲き乱れ、権天使の巨体が吹き飛ぶ。


「なっ!? 私の権天使が、こうも簡単に……!?」


 シルヴィアが目を剥いた。


「ロイドお父様! お願いだから、ジッとしていてください! 今、助けます!」


 防御力を魔法で強化しながら私は城壁を飛び降りる。魔王の血が活性化し、私の髪は銀髪へと変わった。


「アルフィン! まさか、ロイドを助けるつもりなのか!?」


 ランギルスお父様も私の後に続いて、飛び出してくる。


「はい! ランギルスお父様、すみませんが、防御をお願いします! 私が闇回復(ダークヒール)で、ロイドお父様を元に戻している間、攻撃をさばいてください!」


「血も繋がっていないこの男を助けようというの!? ふん! 大した聖女ぶりですわね、アルフィンお姉様! でも、大甘でしてよ!」


 シルヴィアが私を邪魔しようと、さらに天使を召喚しようとした。


「大甘はそちらでございますな」


 そのシルヴィアの背後に、音も無く忍び寄ったヴィクトルがささやいた。

 聖騎士団は全部隊が突撃し、シルヴィアの守りは手薄になっていた。


 シルヴィアがギョッとして振り返ろうとした瞬間、その細首に手刀が叩き込まれる。彼女は気を失って、ヴィクトルに抱き止められた。


「おおっ、いけまけん。このような場所で寝てしまうと、お風邪を召しますぞ。

 賓客として魔王城にて、歓迎させていただきましょう。なに決して聖女様を飽きさせぬよう、趣向を凝らします故、どうかご安心を」


「ヴィクトル、シルヴィアは任せました!」


「はっ!」


 敵総大将を捕らえる大金星だった。

 これで心置きなく、ロイドお父様を元に戻すことに専念できる。


「アルフィン! アルフィン! お、俺の中に何者かが入り込んでくる! 俺の身体が、意識が!?」


 ロイドお父様の身体はどんどん変質し、皮膚は黄金に輝く何かに変わっていった。彼の意識も天使に侵食されているらしい。


「大丈夫! 気をしっかり持ってください!」


 私はロイドお父様の左手を掴んで、闇回復(ダークヒール)を流し込んだ。

 その私に向かって、お父様は右手で剣を振ってくる。


「させるか!」


 ランギルスお父様が渾身の力で、斬撃を弾く。


「ロイドッ! 貴様! 自分を助けようとする娘にむかって!」


「違う! い、今のは俺の意思ではない!」


 ロイドお父様は半狂乱になっていた。

 私は闇の力をロイドお父様に浸透させるが、猛烈な聖なる波動がそれを押し返そうとしてくる。


「ロイドお父様! 落ち着いて! 心を強く持って天使の力を抑えてください!」


 これは私ひとりの力では、手に負えないかも知れない。ロイドお父様の助力が必要だった。

 私が闇回復(ダークヒール)を流し込んだ右手が、黄金の装甲から元の人間の手に戻ったのを見て、ロイドお父様は若干、安心したようだ。


「あ、ああっ……アルフィン、お前は俺を本当に助けてくれようとしているのだな。お前を捨てた俺を……」


 ボロボロとロイドお父様は涙を流した。


「温かい、温かい……! おまえの回復魔法はこんなにも温かったのか……?」


 ロイドお父様の右手が、再び剣を振り上げようとするも、その手は右手は小刻みに震えていた。内なる攻撃衝動に必死に抵抗しているようだった。


「俺の娘はこんなにも優しかったのだな……まるでミリアだ」


 ロイドお父様は私にお母様を重ねているようだった。


「ロイド! お前は父親としてアルフィンと15年間を共に過ごしたのだろう? なら、アルフィンを大切に思う気持ちが、多少はあるハズだ! 少しで良いから思い出せ!」


 ランギルスお父様が呼びかける。


「ミリアをお前から奪ったのは俺だ。アルフィンに罪はない。お前を救おうとするその娘を、どうか憎まないでやってくれ!」


 ランギルスお父様の呼びかけに、ロイドお父様は頷いた。

 私の闇回復(ダークヒール)を阻む抵抗力が、その時一気に落ちる。


「闇回復(ダークヒール)! ロイドお父様、元に戻って!」


 邪悪な闇の波動が、ロイドお父様の全身を包み、降臨しようとしていた天使を追い払った。

 ロイドお父様は白目を剝いて、その場に倒れる。


「聖女と勇者を倒したぞ! この戦、俺たちの勝利だ!」


 ランギルスお父様の勝どきが響いた。

 聖騎士団に、もはや抵抗しようとする者はいなかった。

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