22話。ヴェルトハイム聖騎士団との対決

「……都市内のエルフを監視してください。そ、それと、都市の住人たちは絶対に傷つけたりしないように……」


「はっ! 魔王様」


 透明なゴーストたちが従順に頷く。彼らは次々と、転移門ゲートを潜って城塞都市ゼルビアに散っていった。


 都市の壁には魔除けの結界が張られており、本来ならアンデッドモンスターは決して侵入できないようになっている。

 でも〈魔王城の門〉を使えば、いくらでもゴーストを都市内に送り込むことができた。


「さすがでございます。アルフィンお嬢様がその気になれば、人間どもの都市を内側から陥落することなど、たやすいですな」


 ヴィクトルが満足そうに微笑む。


「そ、そんなことは絶対にしませんけど……」


「できるのにしない、というのは重要だ。抑止力というヤツだな。いざとなったら、簡単にお前たちを滅ぼすことができる、という力を示すことで、戦争を未然に防ぐことができる」


 ランギルスお父様が、私の肩に手を置いた。


「……抑止力ですか?」


「そうだ。平和のための『抜かぬ剣』だ。相手と仲良くするには、弱くてはいけないということだ。弱ければ、食い物にされる。だが、俺たちが強ければ、誰も攻めてこようとは思わなくなるだろ?」


「私は相手を脅したりするのは、好きではありませんが……」


「アルフィンお嬢様はお優しいですが、それだけでは、平和は築けません。人間どもの中には、理性なきサルのような輩もおります。

 そういった連中を黙らせるには、時に力を示すことも必要であると、お心得いただけば、望外の喜びでございます」


「わ、わかりました……戦力とは外交のカードのひとつ、ということでね?」


「その通りだ」


 冒険者たちが迷いの森のモンスターを狩りに来るのも、自分たちの方が魔物より強いと思っているからだろう。

 だけど魔物たちが強ければ、わざわざ危険を犯して魔物を狩りに来る者はいなくなる。


 そう考えれば、抑止力の重要性が理解できた。


 戦う場合は、相手を恐怖させて帰らせるのが理想なのかも知れない。力は平和を築く目的で使うべきだ。

 

「それでは食事にしようか。アルフィン、今日あったできごとを聞かせてくれ」


「はいっ」


 私はお父様たちと食卓を囲んで、ヴィクトルの用意してくれた料理に舌鼓を打った。

 そう言えば、実家では家族で食事を取ることなど、滅多になかった。


「冒険者ギルドではフィーナさんという友達かできて……」


 ランギルスお父様は、私の話を熱心に聞いてくれる。


 ロイドお父様は忙しくて、修行以外では私とまったく会話をしてくれなかった。

 義妹シルヴィアや義母に至っては、口をひらけば嫌味ばかりで、実家に居場所はどこにも無かった。


 今、私はとても幸せだった。



 次の日、追加で作成した【闇回復薬(ダークポーション)】を持って、ティファと一緒に冒険者ギルドに向かった。

 ひとつ200ゴールドと、たいした金額にはならないけど。コツコツ売ってお金を貯めるつもりだ。


「また値上げだなんて、あんまりでございます!」


「離さんか、無礼者が!」


 お大通りで商人と思われる男性が、騎士の一団に蹴り飛ばされていた。商人は血を流し、周囲から悲鳴が上がっている。

 騎士らの鎧の紋章は、私の実家ヴェルトハイム聖騎士団のモノだった。


「ヴェルトハイム聖騎士団が、な、なぜここに……?」


 異国の地にやって来て何をしているのだろう? まさかとは思うけど、私を追って来た?


 よく見れば、見知った騎士もいる。指揮を取っているのは、ロイドお父様の高弟のひとりである聖騎士バルトラだった。

 細見ながら鍛え抜かれた身体をしたバルトラは、酷薄な目を商人に向けた。


「何度も言わせないでいただきたい。今まで、卸していた【上位回復薬(ハイポーション)】の値段は、2000ゴールドにあげさせていだきます。異論は認めません」


「そ、そんな……今までの10倍の値段ではないですか? そんな値をつけられたら、手前どもは回復薬を扱うことができなくなってしまいます!」


「今までが、不当に安すぎたのですよ。先代聖女のミリア様は慈悲深きお方でしたが、戦には金がかかるということを理解しておられませんでした。

 魔王が再び現れた今、戦費を賄うために、【上位回復薬(ハイポーション)】の値段を上げるのは、至極当然でしょう?」


 呆れたようなバルトラの言葉に、周囲の人々がざわめく。


「魔王が再び現れただって……!?」


「えっ、でも魔物の活動は、普段とあまり変わらないぞ?」


「でも、聖騎士様がこのようにおっしゃっるなら」


 人々から、バルトラの言うことを疑問視する声も上がった。

 むしろ、迷いの森の魔物たちには、人間を襲ったりしないように言ってあるので魔物の活動は、低下していると思う。


「アルビオン聖王国は人類の守護者として、再び魔王と戦います。なら、あなた方は、それに協力してしかるべきでしょう?」


 バルトラは挑発的な笑みを浮かべる。


「これは聖王様だけでなく、我らが主、勇者ロイド様。そのご息女、聖女シルヴィア様のご意思でもあります。

 異を唱えることは、すなわち神に逆らうも同じことです」


「し、しかし……それでは【上位回復薬(ハイポーション)】を必要とする者に満足な供給ができなくなってしまいます! 神に仕えるお方が、罪無き者が死んでも良いとおっしゃるのですか?」


 商人はなおも食い下がった。

 その主張に「そうだ、そうだ!」と、あちこちから賛同の声が上がる。


「神は全知全能にして、あまねく我らを見ておられます。神の慈悲から漏れた者とは、すなわち神から救う価値無きと判定された罪人です。罪無き者などとは、とんでもない。そのまま死ぬのが良いでしょう」


「なっ……なんと……」


 商人の男はガックリと肩を落とした。だが、次の瞬間、彼は怒りに目を血走らせてバルトラに掴みかかった。


「私には【上位回復薬(ハイポーション)】を必要とする病気の娘がいます。私の娘が、救う価値無き罪人だと、おっしゃるのか!?」


「無礼者めっ!」


 バルトラの部下が、剣を抜き放って商人を叩き斬ろうとした。

 私はとっさに飛び出して、その剣を弾く。


「なにヤツッ!?……う、美しい!?」


「アルフィン様!?」


 ティファが素っ頓狂な声を出した。

 私は【闇回復(ダークヒール)】を商人にかけて、銀髪に変身していた。変身しているところを人に見られたかも知れないが、致し方なかった。

 変身しなければ、私が追放された勇者ロイドの娘アルフィンであることが、わかってしまう。


 かなり危険な行為であることは自覚していたが、病気の娘を守ろうとするこの人を放っておくことはできなかった。


「……せ、正義は盾であって剣でありません。聖騎士とは、弱きを助ける者ですぅ」


 ロイドお父様から、幾度となく教えられた聖騎士の心得を告げた。

 聖騎士たち全員が、呆けたように私を見つめた。

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