21話。『邪神の祭壇』を設置

 夜、私たちが宿を取る頃には、冒険者狩りの正体はエルフだという噂が、街中を駆け巡っていた。


「これではエルフへの風当たりが、ますます強くなってしまいます……っ!」


 ティファが部屋の中に、荷物を降ろしながら憤っている。

 エルフを魔族の仲間だと見る人間もおり、それ故に奴隷にしても良いという風潮があった。

 連続殺人鬼がエルフだという噂は、それを助長させるものだ。


「……ティファ、大丈夫よ。私たちの手で冒険者狩りを捕まえれば、エルフが事件を解決したことになるわ」


「はい……っ!」


 ティファは悔しそうに唇を噛む。


「もしかすると、冒険者狩りの動機は復讐かも知れません。冒険者の中には、奴隷のエルフを壁役にしている者もいますから……」


「ティファ……」


 ティファ自身が、そのような目にあっているので気持ちが分かるのだろう。もし、それが真実だとしたら、いたたまれない。


「で、でも無関係な人まで殺めるのは間違いです。アルフィン様、私たちの手で冒険者狩りを捕まえましょう!」


「そうね。そのためには……」


 私は窓の外を確認する。ここは街外れの田園地帯にある人気のない場所だった。周囲に誰もいないことを確認する。


「〈魔王城の門〉、召喚!」


 重厚な城門が庭に出現した。魔王城へと繋がる転移門だ。


「お帰りなさいませ。アルフィンお嬢様、さぞお疲れでございましょう。お食事のご用意ができております」


 門が開くと、執事のヴィクトルが腰を折って出迎えてくれる。いつ私が帰ってきても良いように待機してくれていたみたいだった。

 ヴィクトルの放った濃霧が周囲を覆い尽くし、魔王城の門を傍目から見えなくしてくれる。


「あ、ありがとうヴィクトル」

 

「アルフィン、無事だったか? 変な男に声をかけられたりしなかったか?」


 城門をくぐるとランギルスお父様もやって来て、私の重い鞄を持ってくれた。この中には、金貨がずっしり入っている。


「はい。大丈夫です。みんなからもらった魔物素材と【闇回復薬(ダークポーション)】も、全部売れて20万ゴールドものお金になりましたよ」


「「がぅ!(姫様、お帰りなさいませ!)」」


 魔物たちが集まってきて、歓迎してくれた。


「そうか。それは良かった! だが、お前が無事であることが、なによりも喜ばしい知らせだ」


「誠にございます。うす汚れた人間どもの街では何が起こるかわかりませんからな。ティファ、お嬢様をよく守り抜いた」


「はっ。お褒めに預かり光栄です」


 ティファがヴィクトルの賞賛に胸に手を当てて応える。


「お父様、お食事の前に作りたい施設があります。城塞都市ゼルビアで起こっている事件を解決するために必要なことです」


「ゼルビアで起こっている事件?」


 訝しげな顔をするお父様に、ティファが冒険者狩りについて説明した。


「クククッ……冒険者を狩るなどと、愉快なマネをする者もおりましたな。エルフだというのが真実なら、我らの陣営に加えたいくらいです」


「わ、笑いごとではないですよヴィクトル。人が殺されていますし……エルフたちの名誉に関わる問題です」


 ヴィクトルは冒険者狩りに対して、好感を持ったようだ。


「私はエルフたちも守ると約束しました。ですが、私の理想は専守防衛です。人間と争うつもりもありません。

 あ、あまり危険な思想を持っているエルフを魔王城に迎えるのは……」


「はっ。これは申し訳ございません。無論、アルフィンお嬢様の理想実現の妨げとなるような輩なら、迎えるべきではありませぬ。

 しかし、その者が何を思ってそのようなことをしているのか、興味深くはありますな」


「ふつうに考えれば、俺たち魔族が背後にいる、ということになるんだろうが。まったく関わりがないからな」


 ランギルスお父様も首をひねる。


「私はおそらく、その者の目的は人間への復讐だと考えています」


「とにかく、冒険者狩りを見つけだします……そして、話をしてみるつもりです。そのために必要な施設を作ります」

 

 私はさっそくスキルを発動させる。


「【魔王城クリエイト】!【邪神の祭壇】を設置します。ええっと、設置する場所は……」


『【邪神の祭壇】(費用20万ゴールド)。

 魔王が祈りを捧げることで、高位アンデッドモンスターを誕生させることができる施設です。

 低位のアンデッドは、邪神の祭壇より自動出現し、魔王城を防衛する兵となります。推奨設置場所は、王座の側です』


 私が悩んでいると、システムボイスがオススメの設置場所を教えてくれた。

 守備兵を生み出す施設なので、王座の近くが良いということだ。


 でも……


 アンデッドの中にはゾンビのような、おどろおどろしい姿をした者もいる。

 あまり生活圏内に設置したくはない。私の部屋や食堂などは、王座の間と同階層にある。

 これでは夜、怖くてトイレに行けなくなってしまう。


 よし、それなら。アンデッドには、地上部分を守ってもらうことにしよう。うん、そうしよう。

 私は城の一階に【邪神の祭壇】を設置することにした。


『パッパラッパパー! 【邪神の祭壇】の設置が完了しました!』


 軽快なラッパ音が響く。

 お父様に持っていただいた鞄の蓋が開き、20万円ゴールドが消滅した。

 魔王城の見取り図に【邪神の祭壇】が加わる。


「邪神の祭壇か。さっそく、行ってみるのか?」


「はい。アンデッドの誕生を試してみたいと思います……」


『【邪神の祭壇】より誕生したアンデッドは、魔王に忠実に従います。』


 システムボイスが解説してくれた。それなら安心だ。


 お父様と一緒に、【邪神の祭壇】に足を踏み入れる。荘厳なステンドグラスから光が差し込んでいるのに、なぜか薄暗い。

 不気味な青白い炎が燃えるトーチが等間隔で並べられ、祭壇に祀られた邪神像を照らしていた。


「おおっ。禍々しいオーラの漂う、良い場所じゃないか」


「そ、そうですか……?」


 私にとっては、恐怖を感じる場所だ。夜には、絶対にひとりで入りたくない。生け贄の儀式とか行われていそうだ。


 き、気を取り直して、アンデッドを生み出す祈りを捧げなければ……

 具体的に、どうすれば良いのかな?


「お初にお目にかかります。魔王アルフィン様、『邪神の祭壇』の管理者【魔導死霊(リッチ)】でございます」


 祭壇の前に、ボロボロのローブをまとった男が出現した。その顔と手足は白い骸骨だった。


「……ひゃぅ!? 【浄化(プリフィケーション)】!」


 私はギョっとして、反射的にアンデッドを浄化、消滅させる神聖魔法を使ってしまった。

 直後に相手は敵ではなく、不当な攻撃をしてしまったと気づく。


「ああっ、ご、ごめんなさい……!」


「おおっ! これぞ闇魔法【汚染(ポリューション)】!」


 リッチはなぜか歓喜の声を上げた。

 リッチを押し潰すかのように、邪悪な黒いオーラが私から放たれていた。


「これほど呪わしい汚濁で、我が身を包んでくださるとは!? さすがは魔王様、光栄に存じます!」


 どうやら【浄化(プリフィケーション)】が闇魔法に反転してしまい、リッチは消滅するどころか、逆に元気になってしまったみたいだった。

 

「家臣に力を示しつつ、活力を与えるとは……やはりアルフィンには王者の資質があるな」


 ランギルスお父様が感心していた。

 リッチは私の前に、うやうやしく平伏する。


「魔王アルフィン様の絶大なる闇の力に、感服いたしました。これより、我はあなた様に永遠なる忠誠を誓います。どうぞ、何なりとご命令ください」


「えっ、あの……今のは、そういうつもりでは、なかったのですけど……本当にごめんなさい」


 私はしどろもどろになってしまう。


「ふふふっ……なるほど。この程度は偉大なる御身の力のほんの一端ということで、ございますね。勘違いするなと」


「は、はぁ……」


 リッチは何やら勘違いしてしまっているみたいだった。

 誤解を解きたいところだけど難しそうだし、今はそれよりも優先しなければならないことがある。


「……あ、あの城塞都市ゼルビアに住むエルフたち全員に、ゴーストの監視を付けたいです。3000体は必要だと思いますが、こ、今晩中にそれだけのゴーストを生み出すことはできますか?」


「かの城塞都市ゼルビアに死霊どもを解き放ち、阿鼻叫喚の地獄を生み出そうという計画でございますか? ふふふっ……これはなんとも愉快痛快。無論、可能でございます!」


「えっ……ぜんぜん、違う……」


 私の意図をリッチは誤解していた。

 私の狙いは、エルフたちを姿の見えない幽霊モンスターで監視して、冒険者狩りをあぶり出すことだった。


「この祭壇に魔力を注ぎながら、邪神にお祈りくださいませ。その魔力量に比例して、強力なアンデッドが誕生します。

 数を揃えたい場合、誕生するアンデッドの種類を指定したい場合は、例えば10体のスケルトンを遣わしたまえ! と願えばば、10体のスケルトンが誕生します」


「……あ、ありがとうございます」


「もったいないなきお言葉! さあ、魔王様。人間どもを冥府へといざなう、呪わしいアンデッドどもを誕生させましょう!

 人間どもの苦しむ顔、絶望のうめきこそが、邪神への何よりの供物となるのです! ハーッハッハッハ!」


「あの……私は人間と争うつもりはないんですけど……」


 正直に告げたのに、大笑いを続けるリッチには聞こえていないようだった。

 このリッチとうまくやっていけるか、正直、かなり不安だ。

 

 誕生したアンデッドモンスターは、私の命令に従うので大丈夫だろうけど……

 念のため、人間やエルフを絶対に攻撃しないように厳命しておかなくては。


「……神様、これ以上の悲劇を生まないためにも、ゴースト3000体を遣わしてください。

 どうかゼルビアの地に平和を……」

 

 私が両手を合わせて祈りを捧げると、邪神の祭壇より、水蒸気のようなモヤが立ち昇った。それはやがて人の形となる。

 ゴースト3000体が、ひしめくように誕生した。


「やったなアルフィン。一気にこれだけのアンデッドを生み出すなんて、すごいじゃないか?」


「おおっ、これは想像以上の力を持ったゴーストどもですぞ! ゼルビアは死の都と化しましょう!」


 お父様とリッチが絶賛してくれた。


「……だから、ゼルビアを死の都にするつもりなんて、ないですぅ……」


―――――――


魔王城ヴァナルガンド


●設備

・薬師のアトリエ

・魔王城放送局

・果樹園

・地下ダンジョン3F

・邪神の祭壇(NEW!)


●兵器

・魔王の城壁

・煉獄砲

・王城の守護精霊(元魔王ランギルス)

・魔王城の門


――――――

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