4話。王子から理想の女性だと言われるけど、もう遅いです

「ロイド殿! 援軍を連れて参りましたぞ!」


 その時、部屋から姿を消していた司祭様が、数人の聖騎士を連れてやって来た。

 ロイドお父様はヴェルトハイム聖騎士団の団長でもあり、屋敷には騎士団の駐屯地が隣接している。

 

 やがて聖騎士たちが、続々と押し寄せてくるだろう。

 すぐに逃げなくては……


「ロイド団長、魔王が現れたとお聞きしましたが!? んっ!? そ、その娘は……っ!?」


 聖騎士たちは、ランギルスお父様ではなく、なぜか私に注目して息を飲んだ。


 あれ……っ?

 彼らとは顔見知りだが、まるで初対面のような態度だった。


「助かったぞ! 皆の者! こやつらは魔王とその眷属だ。聖女シルヴィアと協力して、討ち取れ!」


「えっ!? いや、はっ……!」


 聖騎士たちは度肝を抜かれたようだが、すぐに抜剣して私たちに向き直った。


「アルフィンを傷つけるつもりなら、容赦はしない!」


 ランギルスお父様から、周囲を威圧するかのような強大な魔力が放たれる。聖騎士たちが、一瞬、ひるんだ。


「ランギルスお父様、彼らとは……!」


 聖騎士の中には、一緒に剣の稽古をした人もいる。

 思わず制止しようとした時だった。

 

「これは何事であるか!?」


「エ、エルトシャン殿下!?」


 エルトシャン王子まで、護衛の騎士たちを引き連れてやってきた。異変に気づいて戻って来たようだ。


「なぁっ! ……な、なんと美しい少女だ!?」


 エルトシャン殿下が、私を惚けたように見つめた。


「……はいっ?」


「失礼いたしました、レディ。私はアルビオン聖王国の第一王子エルトシャン・リィ・アルビオン。お名前をうかがっても?」


 皆があ然とする中、エルトシャン殿下はまるで舞踏会で目当ての淑女に出会ったかのように、優雅に腰を折った。


「皆の者、このような美しいご令嬢に剣を向けるなど、言語道断であるぞ!」


「あ、いや、エルトシャン殿下、その娘は……!?」


「この私の命令に従えぬというのか!?」


 エルトシャン殿下が、ロイドお父様を叱りつけ、武器を収めさせようとする。

 ロイドお父様は慌てふためいた。


「わ、私は。ア、アルフィン、ですけど……っ」


 私は殿下の態度の意味がわからず、上擦った声で応えた。


「アルフィン? おおっ、なんと美しい響きのお名前か!」


 殿下は、なぜか初対面のようなことを言った。

 アルフィンが美しい響きだなんて言われる日が来るとは、思ってもみなかった。


 エルトシャン殿下は一度も、私の容姿を褒めたりしなかった。聖女候補というだけの取るに足りない娘として、あしらわれてきた。


 それが婚約破棄された途端に、こんな情熱的な目を向けてくるなんて……


 何と言って良いかわからず、私は小さくうめいて、ランギルスお父様の背中に隠れた。

 エルトシャン殿下は怖くて、あまり好きではなかった。婚約破棄されたのなら、もう無理に話をしたくない。


「月の精霊のごとく美しく、その上、奥ゆかしいとは……っ! あ、あなたこそ、私の理想の女性だ! どうか私の妻となっていただきたい!」


 いきなりのプロポーズに、私は二の句が継げなかった。

 婚約破棄しておきながら、この人は、い、一体、何を……


「エルトシャン殿下! 何をおっしゃっておられますの!? 容貌が変わっていますけど、それはアルフィンお姉様ですわ!」


 シルヴィアが叫んだ。

 容貌が変わっている? 

 私は慌てて手鏡を取り出して、顔を確認する。


 そこにいたのは、ランギルスお父様と同じ、月のような輝きを放つ見事な銀髪をした美少女だった。

 私の髪は、くすんだブロンドだったのに……?

 さらに目鼻立ちもスッキリと整った物に変わっていた。


「こ、これが私……?」


 思わずその場に立ち尽くしてしまう。

 なんというか、整い過ぎて名工の手による人形のように感じる美貌だった。とても自分とは思えない。

 ほっぺたをつねって見ると、鏡の中の少女もほっぺたをつねった。い、痛い……


「アルフィン、大丈夫か? どうやら闇魔法を使ったことで、俺の血が顕在化したようだな。これが、お前の本来の姿のようだ」


 ランギルスお父様が、私の肩を叩いた。

 本日、何度目かわからない衝撃に、くらっと意識が遠くなる。

 こんな姿をしていたら、目立ち過ぎてしまうわ……


「それとエルトシャン王子殿。残念だが、娘との結婚は認められん。アルフィンは明らかに嫌がっている。悪いが、あきらめてくれないか?」


「貴公は何者であるか?」


「魔王ランギルスです。殿下! アルフィンは、我が娘ではなく魔王の子だったのです!」


「バ、バカな……っ!」


 エルトシャン殿下は、驚きに顔を強張らせた。


「本当にアルフィンお嬢様なのですか!?」


 聖騎士たちも目を白黒させていた。


「皆の者、情け容赦は無用だ! 魔王ランギルスとアルフィンを討て!

 エルトシャン殿下! 危ないのでお下がりを」


「……はっ!」


 ロイドお父様の号令で、騎士たちが突撃してくる。その全員が聖王国トップクラスの剣の使い手だった。

 彼らは銀髪少女が私だとわかって、一瞬、戸惑ったが、騎士としての責務に従った。


「おもしろいっ! 全力で叩き潰す!」


「お、お父様、逃げましょう。私が道を切り開きます……!」


 私は人を眠りへと導く神聖魔法【スリープ】を発動させる。

 禍々しい瘴気が聖騎士たちに絡み付いて、彼らはバタバタと気絶した。


 あれ? 効果は同じだけど、何か違うような……


「なっ、聖騎士の魔法防御をこうも容易く突破するとは……!?」


「あなたたち、何をしていますの! もう役立たずですわね!?」


 シルヴィアの罵声が飛んだ。

 聖騎士とランギルスお父様の激突は防げたので、私はホッとする。


「シロ、ランギルスお父様、い、今のうちに逃げましょう……っ!」


「わんっ!(わかった。アルフィン、僕の背中に乗って!)」


 ホワイトウルフのシロが、私をくわえて、ヒョイと背中に乗せた。

 シロは裏手の森へと全力疾走する。ランギルスお父様もそれに続いた。


「今のは、人間を強制的に悪夢へと引きずり込む闇魔法【夢魔(ナイトメア)】か! 素晴らしい腕前だな」

 

 何か似ているようで違う魔法になっていた。悪夢に引きずり込む?

 まったく魔法が使えないよりは良いかも知れないけど……


 ガチャガチャと、足音を鳴らして武装した聖騎士たちが追いかけてくる。

 闇魔法【夢魔(ナイトメア)】は、ロイドお父様かシルヴィアが、早々に解いたようだ。


 聖騎士たちは脚力を上げる【加速(ヘイスト)】の魔法を使っていた。鎧を着た人間とは思えないスピードで追走してくる。

 その先頭にロイドお父様がいた。シルヴィアが召喚した天使たちも、猛然と追いかけてくる。


「ぐぅうっ……!」


 追撃してくる彼らは、本気の殺意を放っていた。怖くてシロにしがみつく。

 なんとか心を落ち着かせて、もう一度、全員に眠ってもらおうとした時だった。

 

『闇魔法で、聖騎士たちを倒しました!【魔王城クリエイト】Lv2の進化条件を満たしました。

 召喚できる兵器に、〈魔王城の門〉が追加されました!


〈魔王城の門〉。魔王城ヴァナルガンドの門です。魔王のいる空間と魔王城を繋ぐ転移ゲートとなります。

 一瞬にして帰城すること。魔王城に待機している援軍を呼ぶことが可能です。


〈魔王城の門〉を召喚しますか?』


 棒読みのシステムボイスが、またもやスキルが進化したことを告げた。

 敵地のド真ん中で、多勢に無勢なこの状況を覆す力だ。


「ま、〈魔王城の門〉を召喚します……っ!」


 舌を噛みそうになりながら宣言する。

 すると、私たちの行く手に邪神のレリーフが刻まれた重厚な城門が出現した。


『この門は、魔王が許可した者以外は通れません』


 門が開かれると、その向こうには朽ちた城が見えた。


「シロ、お父様、い、行きましょう……っ!」


「よし!」


「わおん!(わかった!)」


 私たちは、そこに一斉に飛び込む。

 天使や聖騎士たちが入って来ようとしたが、不思議な力で弾き飛ばされた。


 悪態をつく聖騎士らが、魔法の詠唱を始めて思わず振り返る。だけど、飛来した攻撃魔法は、見えない壁に阻まれたように私たちには届かない。

 すごい。もう安心みたいだ。


「おのれ! 神聖魔法も届かんだとッ!?」


 ロイドお父様が口惜しそうに叫ぶ。


「……ロイドお父様、15年間、育てていただきありがとうございました。どうかお達者で……」


 私はシロから飛び降りて、頭を下げた。

 勇者ロイドは目を見開き、じっと私を見つめた。


 数秒、お互いに沈黙した後、魔王城の門が閉じられた。


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