第46話
「全く、日本人は恩知らずだ。ミサトが楽しんだ後始末で三人も処理してやったのに! 俺達がいなかったら、ミサトはすぐにでも裁判で死刑になっただろうよ!」
ボブはぶつぶつと愚痴を言っている。
「トミー、表の掃き掃除がまだよ」
とメアリーに言われて、僕は腰を上げた。
箒を持って表へ出るとすぐにメアリーが出てきて、
「今すぐ、トードーを追いかけて、これを渡してきなさい」
と言いながら、僕にメモ用紙を渡した。
「これは?」
「トードーの知りたかった事よ。すぐに行きなさい。そして帰りにケチャップ
を買って来てちょうだい。いいわね?」
「う、うん」
僕は箒をメアリーに渡して、トードーの後を追うべく走り出した。
トードーの姿はすぐに見つける事が出来た。というのは彼の足取りが迷い迷い歩いているからだろう。焦っている様子ではあったけど、行きかけて立ち止まるという風な事を繰り返していたからだ。
トードーに追いついたのは、彼らが先日まで泊まっていたホテルだった。トードーはホテルのドアマンに何か質問をして、そして中に入っていった。
僕がトードーに声をかけたのは、彼が公衆電話の受話器を上げた時だった。
トードーは僕をじろっと見てから、かまわずに手帳を見ながらダイヤルを回し始めた。
「トードー、メアリーから預かってきたんだ! あなたの知りたい事だって!」
と僕はメアリーに渡されたメモを差しだした。
トードーは受話器を置いて、僕の手からそれを取った。
二つ折りにされていた紙片を広げて中を見る。
そして僕を見た。
「ミサトが来たのか?」
「う、うん。トードーが来る前に。この間、ボブに渡してくれって言われたあの武器を取りにきた……と思う。ミサトは言葉が通じないし、彼女が何を言ってるのかも分からない。でも壁に飾ってあったあの武器を取って行ったよ」
「……」
「ミサトの居場所が分かりそう? 助けられそう?」
「難しいな。隙があればランチタイムのレストランででも仕事を遂行する男のようだからな。ミサトが油断すれば一瞬だろうな。そしてミサトはわざわざその男を捜して歩いてるんだ。今日の午後の飛行機が取れて、日本へ帰ればそれですんだ話なのに。俺が怪我をしたばっかりに、ミサトを怒らせてしまったんだ」
「じゃあ、その怪我はプロの男にやられたの?」
「ああ」
「ミサトはトードーが大好きなんだね」
と僕が言うと、トードーは何故か目を丸くして僕を見た。
「何故、そう思う?」
「え? だって結婚してるんだから、そうでしょう? お互いが好きだから結婚したんでしょう?」
「そうかな」
とトードーは苦笑した。
「違うの?」
「俺はミサトが好きだが、彼女はどうかな。俺が頼み込んで結婚してもらったからな」
「え、そうなの?」
「つまりは俺の片思いさ」
「そうかな、でも実際ミサトはトードーに怪我をさせた男が許せないから探してるんでしょう? トードーの事がとても大切だからじゃないかな。だって言葉も通じないこの島でそんな事出来ないよ」
「そいつはありがたい意見だな。おかげで勇気が出たよ」
と言ってトードーが笑った。
「これからどうするの?」
「メアリーが教えてくれたやつの家へ行ってみようと思う。自分の家に連れ込むような真似はしないだろうが、他に手がないからな」
トードーは手帳をバッグにしまった。
「僕も一緒にいくよ。道案内くらいは出来る」
「危ないぞ」
トードーはすぐに歩き出し、僕はその後をついて歩いた。
ホテルを出てタクシーを使う。陽気なタクシーの運転手がやたらにトードーに話しかけてきたけど、トードーは「アイキャンノットスピークイングリッシュ」と言って相手にしなかった。タクシーの運転手は肩をすくめて、
「最近の日本人は変わったね」
とつぶやいたので、僕は、
「どこが変わったの? っていうか、どうしてこの人が日本人って分かるの?」
と聞いてみた。だって、アジア系は日本人だけじゃない。金持ちの中国人もいるし、韓国からの留学生もいる。
「ん? タクシーに乗って最初に値段をきかなのは日本人くらいさ。金を持ってるからな。あと寄付を頼まれて断らないのも絶対に日本人だ」
「へえ、じゃあ、変わったっていうのは?」
「日本人はいつでもにやにやしている。こんな仏頂面の日本人は初めて見た」
僕がトードーを見ると、彼は聞こえているだろうのに何も反応もしなかった。
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