第36話
誰もいなくなった倉庫で僕はがたがた震えていたけど、いつまでもここにいるわけにはいかない。万が一誰かに見られたら、僕が犯人だと思われてしまうじゃないか。
そっとタイヤの陰から覗くが、ケビンもジョーンズももちろん動かない。
恐る恐るケビンの顔を見る。
「うげっ」
大学一もてるいい男だったケビンの顔は無惨にも潰れていた。
顔中に釘のような物が刺さっている。
目も鼻も口も原型をとどめていない。
これはもう人間じゃない。
顔のない人形。
顔の部分に隙間がないほどに釘が打ち込まれている。
恐ろしい。悪魔だ。美里は悪魔だ。
僕はこみ上げてくる胃液を吐きながら、倉庫から逃げた。
外は雨が降っている。珍しいほどの豪雨。
この雨では美里は誰にも見咎められずに、ホテルまで帰るだろう。
神はケビンとジョーンズを見放して、ミサトを助けたのか。
店まで帰って飛び込むと、ボブは思い切り嫌な顔をして僕を見た。
「トミー! 一体どこへ行ってたんだ? 今日のバイト代は……」
僕はボブの腕にしがみついて、
「ひ、ひどいよ。ミ、ミサトは悪魔だ」
と言った。がたん音がして、トードーが僕の胸ぐらを掴んだ。
「どういう意味だ」
僕の身体は宙づりになった。
「ひどいよ、リズ……ケビンもジョーンズも死んじゃったよ……ミサトは悪魔だ……」
僕は泣きながら、椅子に座ったままのリズを見た。
「どういう……事よ」
「ミ、ミサトが……ケビンとジョーンズを……」
僕の胸を掴んでいたトードーが手を離したので、僕の身体は油で汚れた床にどさっと落ちた。その拍子に胃液がどっとこみ上げてきて、僕は床に盛大に吐いた。
すぐにまた大きな手が僕の頭を掴んで引き起こした。
「説明しろ! ミサトはどうなったんだ! どこにいる!」
トードーの大きな声が響いた。僕は首を振りながら、
「ミサトは無傷だよ。彼女はケビンとジョーンズを殺して……どこかへ行ってしまったよ。場所は……三番街の倉庫さ。今は使われてない……あの倉庫だよ」
「ボブ! 場所が分かるか?」
トードーが僕の頭を離してボブに怒鳴った。
「トードー、ワシとジョンで行ってくる。あんたはここで待っててくれ。三番街には日本人は入り込まないからあんたは目立つ。ジョン! トラックを出せ! トミー、誰かに見られたり気づかれたりしてないな?」
僕は泣きながらうんうんとうなずいた。
黒い雨合羽を着てボブとジョンが裏口から出て行った。メアリーは厨房の中で顔を覆ったままだった。リズは椅子に座ったまま固まっている。
トードーがメアリーに電話を借りてホテルへ電話したようだが、「くそっ」と言ってから受話器を置いた。
「どうなの? トードー」
と言うメアリーにトードーは首を振った。
「部屋の電話を鳴らしても誰もでない。いないのか、いても出ないのかは分からない。ミサトは英語がしゃべれないから電話がなっても出ないかもしれない」
それからまた僕の方へ向き直って、
「トミーとかいったな。殺された二人はミサトを襲ったんだな?」
とトードーが低い声で言った。声が震えているのは相当怒っているのだろう。
「う、うん」
と僕が言うと、
「お前の友達らしいが、お前の役割は何だったんだ?」
とトードーが言いながらリズを見た。
「ぼ、僕はミサトの写真を撮る役だ」
僕がそう言うとリズが舌打ちをしてから僕を睨んだ。そのリズを見てトードーは、
「ミサトを襲うように命令したのはリズか?」
と言った。奥でメアリーが小さく悲鳴を上げた。
僕は床に蹲ったまま、うなずいた。
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