第22話
「本当にチョコレートみたいな家ね」
と美奈子が言った。
「店名がチョコレート・ハウスなんだもの。ぴったりでしょ?」
「本当ね、素敵~新しい店、楽しみね。二階と三階は自宅なんでしょ?」
「ええ」
美里は建築中の新居を見上げた。外装はほぼ出来ている。鉄筋コンクリートの三階建てだ。 一階は店舗、事務所、二階と三階は、生まれて初めての自分の家だ。店舗のデザインは藤堂が決めたけれど、自宅の間取りは美里の希望をほぼ叶えてくれた。家に対する夢なんて持ったこともないが、いざ、インテリアの本や間取りの本を見ていると、いろいろと住んでみたい家が浮かび上がってくるものだ。
外観はブラウンで本当にチョコレートのようなマス目のタイルだ。特注でなかなか高価らしい。そこまでしなくても、とは美里も言ったのだけど、チョコレート大好きな美里にしたら飛び上がるほどうれしいのも事実だ。
とはいえ、費用はほぼ全額藤堂持ちだけれど。転職しながら日本各地でハンティングしていた美里に貯金なんかあるはずもない。貯金なんかしても、そんなに長生きしないから無駄だ、と思っていたのも事実だ。
何より自分が結婚する日がくるなんて。これこそ衝撃の経験だ。
クリスマスのディナーは、市長夫妻がいなくなった息子を嘆くでもなく、本当に楽しそうに談笑している横で藤堂にプロポーズされた。藤堂には百回はお断りしたのたが、押し切られてしまった。クリスマス、正月、バレンタインとパティスリーの稼ぎ時に美奈子やその他のパートを味方につけ、ついに美里がうなずくしかなかった。
藤堂はすかさず土地を購入、店舗付きの新居の着工にかかったというわけだ。
笹本も祝福してくれたし、この街へ来て知り合いになった人はみんながおめでとうとミ美里に言ってくれた。
笑ってありがとう、と答えるが、果たして自分は幸せなんだろうか?
藤堂の事は好きかもしれない。
藤堂の作るチョコレートは大好きだ。
毎日チョコレートが食べられるのも幸せだ。
だが。
「本当に結婚式しないの? オーナーは美里さんがやりたいならいいって言ってくれてるんでしょ?」
と美奈子が言った。
「ええ」
美里はなるべく美奈子の方を見ないようにして、歩き出した。
新店舗はショッピングセンターのすぐ近くで、買い物へ来た客も見込んでいる。
散歩がてら新居の様子を見に一緒に歩いて来たのだ。
「私、身内がいないしね。そんなお金使うなら店に使ったほうがいいかなって」
「そう、しっかりしたいい奥さんになりそうじゃない、美里さん」
「そうかな」
「美奈子さん、今日で店終わりなんでしょう?」
「ええ、このお腹じゃね」
美奈子は膨らんできた腹をさすった。
美奈子は八月に出産を控えている。後三ヶ月で、身二つになる。日々お腹が膨らんでいく美奈子は幸せそうだった。そしてとても綺麗になった。
母親の貫禄ってやつか、るりかが消えた開放感からか。
美里は美奈子が退社を藤堂に告げてほっとしている。
結婚よりも、新居よりも、美里は大きく膨らんでくる美奈子のお腹が気になって仕方がないからだ。
美奈子は友人だ。この街へ来て、一番最に出来た大事な友人だ。
だが、胎児が入ったあの膨らんだお腹が気になってしかたがない。
「どうかお元気でね。丈夫な赤ちゃん産んでください」
と美里は言った。
「ありがとう、美里さん」
美奈子は幸せそうに笑った。
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