チョコレート・ハウス
竜月
第1話 出会い編
魔法使いになりたかった。
どんな不思議な事でも杖一つですべて解決できる。
どんな困難な事だって、どんな難しい事だって、簡単にできる。
そんな風に思っていたから。
魔法の杖が欲しかった。
汚い物はきれいさっぱり消してしまって、大好きなチョコレートを山ほど取り出せるに違いない。大嫌いな先生も、意地悪な友達も、みんな、みんな、チョコレートに変えてしまえばいい。そして、みんな食べてしまえばいい。
そんな風にして作ったチョコレートはものすごく甘く、ものすごく美味しい。
今まで食べたどんなお菓子よりも美味しいだろう。
甘いは誘惑で、苦いは少しの背伸び。
甘い甘いチョコレートをいっぱい作ってくれる人が好き。
苦い苦い苦すぎるのは嫌いだけど、ほんの少し苦いのがいい。
綺麗に伸ばした爪だった。マリンブルーのカラーに、きらきらしたラインストーンがたくさんついている。すぐ下の盛り上がったピンクはハートの形をしている。両手合わせて十本の爪は基本のカラーは同じだけれど、一本ずつデザインが違う。
凝ってるな、と思った。これで一万二千円と言っていたが、それが高いのか安いのか爪を伸ばしていない西条美里には分からなかった。
美里はニッパーできらきらしたマリンブルーの爪を剥がしてみた。ねちゃっとしたものがついてきたが、わりと簡単に剥げた。二、三本続けてみたが、反応がないので面白くなく、美里はニッパーを置いた。
マリンブルーの爪の彼女は会社の後輩だった。
何故かマリンブルーの気に障るらしく、美里は何かといじめられた。
最悪なのはマリンブルーが机の引き出しに入れてあった美里の高価なチョコレートを盗んで食べ尽くしてしまった事だ。チョコレートだけで一万円もするし、行きがけの駄賃とばかりに小銭入れの三千円も取られた。彼女が盗人だと言うことは女子社員なら皆知っている。
総務の渡辺さんも三万円貸したまま返してくれないと嘆いていたし、営業の矢部さんも彼氏を寝取られた。矢部さんは結婚まで考えていた彼氏だったのに、破局。でもまあ、考え方によってはマリンブルーなんかに誘われてほいほいついていく男の本性が分かってよかったかもしれない。そんな男は結婚してもすぐに浮気する。
マリンブルーは人の持ち物でも気に入った物は強引に略奪していき、文句を言うと上役の社員を総動員して身の安全を図る。キャバ嬢のように綺麗な顔とスタイルだったので、男性社員にはとても人気があった。
今は山辺常務と不倫中で、その前は戸田課長だ。
マリンブルーにチョコレートの文句を言うと、いいがかりだと泣き出して大騒ぎだ。会社中の男子社員が彼女の味方で美里を非難した。女子社員は味方についてくれたが、四人しかいない女子社員では何の解決にもならない。
だから夜の公園で殴り倒した後、自慢の高い鼻にガラスのマドラーを突っ込んでやった。鼻の穴から右目を突き抜けるまで貫通したので、目玉が裂けて水分がじょろじょろと流れた。
野太い悲鳴を上げて逃げ出したけど、肉切り包丁で背中の贅肉をそぎ落としてやった。顔は血と涙でぐちゃぐちゃだ。整形だろうけど、台無しね。スタイルがいいと思っていたけどあばらが浮いてるし、パットが外れた乳はやけに貧相で平べったい。真っ黒い大きな乳首をはさみでちょん切ってやった。火をつけられたネズミみたいに跳ね回って泣いている。いい気味だ。
かねてからヘルメットみたいにもっさりした茶色い髪の毛に火をつけてやりたいと思っていたのだが、それはやめて顔をつぶすだけにした。
気が済んだところで美里はマリンブルーを見下ろした。
破れて泥だらけ、血だらけの服に、骨が見えるまで切り刻まれた脇腹。脂肪と肉と泥が混じり合ってゾンビ映画に出てくる死人みたいだった。顔は無惨に潰れて、髪の毛もばさばさだ。高価な腕輪が細すぎる腕で重そうに光っていた。このまま起き上がって歩き出したらいいのに。何度でも殺してやるのに。
下品な女にはお似合いの末路だ。
普段の美里はもう少し優しい。
美里のチョコレートを盗み食いするからだ。
よりによって、美里のチョコレートを。
持って帰ってきた両手首から爪を剥いで遊んでみたが、すぐに飽きた。十本全部置いておこうと思ったのだがこれでいいか、と剥いだ三枚を綺麗に洗った。
丁寧に拭いて水気を取ってから、ガラスの小皿に入れた。
夏っぽくて涼しい、いいインテリアになった。
少し考えて残りの指からも全部爪を剥いだ。
マリンブルーと不倫している常務の家に送ってやろうかな。
さぞかし奥様と揉めるだろうな。噂では奥様が創始者の家と縁続きらしい。
両手は明日にはゴミに捨ててしまうつもりだ。
そして明日会社に辞表を出す。また引っ越しだ。
今度はどこへ行こう。
おいしいチョコレートを売っている店があればいいな。
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