あなたへのプレゼント。

いとい・ひだまり

第1話

君は、誰かに「わたげ」をあげたことはある?貰ったことはある?自分に、あげたことはある?

――それは、世界中に溢れてる。無条件のプレゼント。人を笑顔にしてくれる、包み込んでくれる、素敵なもの。



――僕は、わたげ配りの1人。この町には、僕と同じような人が沢山いる。言っちゃえばみんな、わたげ配りなんだけど細かいことは気にしない。それでいいんだ。


今日も僕は、崖の下の町のみんなに、わたげをあげに山を降りる。

ワクワクしてから自宅のドアを開けると、一面の雪景色が広がっている!

……なんちゃって。――僕達は自分の家の周りの風景を自由に変えることができる。ホントは今日晴れだったんだけど、雪にしたかったから変えちゃった。


鼻歌を歌いながらスキップで坂道を降りていく僕の目には、綺麗なスカイブルーが映っている。この世界は、本当に綺麗だ。

と、崖の端からいつもは見ない道が通っている。その道の先には、大木が乗っかった小さな小島が浮いていた。

――この世界には、たまに違う世界から人がやって来る。新しく誰か来たのかもしれない。気になった僕が近づいていくと……さっきまで晴れているように見えたところが、いつの間にか霧になっている。自分の家の周りを霧にする人は珍しいので、僕は少し気になった。

その中をとことこ歩いていくと、さっきの大木と――その近くの土管に座っている、フードを深めにかぶったせいで何か不自然なシルエットになった少年がみえた。

「こんにちは」

僕がそう言うと、彼はそれに少し驚いてから「こんにちは」と、挨拶を返してきた。

「君は誰?霧が好きなの?どこから来たの?」

気になることばかりだったから、つい沢山質問してしまった。困らせちゃったかな……

「……僕の名前はロス。霧は好きじゃないし、どこから来たのかも、ここがどこなのかも分からないよ。大体、質問ばかりしてきた君はどこの誰なの?」

困らせちゃったわけじゃないけど、少し気を悪くさせちゃったかもしれない。

……そして彼は、自分で天気を決めてるワケじゃないみたいだ。それも、まだその事を知らないみたい。

「いきなりごめんね、ロス。僕の名前はミアナ。わたげ配りの1人で、この町に住んでるんだ。――君がどこから来たのかは僕も知らないけど、ここはコスモスって町だよ」


尚更フードを深くかぶって、なんだか暗い顔をする彼に、笑顔になってほしかった僕は

「ねえロス?わたげって知ってる?」

「ワタゲ?」

「これだよ。僕からのプレゼント」

それをつくって、ロスの手にぽんっと乗せた。

すると、今まで暗かった彼の顔が明るくなった。……その時初めて目がみえた。彼の目は、綺麗な桜色をしていた。

「――どうやってこれ、作ったの?」

きらきらした眼差しで、そう聞いてくるロスに

「作ったわけじゃないんだよ。僕のこころに元からあるんだ。それを、かたちにしたんだよ」

僕はそう答える。

「難しいよ」

「ふふ、そんなことないよ。だってロスのこころにも、わたげはあるんだから。それをかたちにすればいいんだよ」

「……僕も、いつかできるようになるかな」

「うん、できるよ」

「そっか、ありがとう。できるようになったら、最初にミアナにプレゼントする」

「いいの?自分にあげてもいいんだよ」

僕にくれるっていうから、ちょっとビックリして……でもちょっと、嬉しくなる。

「――いいよ。だってミアナは、僕に逢いに来てくれて、色々教えてくれたから」

そうしているうちに、家の周りの霧が晴れ、ほんのりパンの香りが漂ってきた。

「ねえロス、なんだかパンの美味しい匂いがしてきたね」

「僕が家で焼いてるからだよ。……ミアナ、パン好きなの?」

「うん、大好き!」

「だったら、食べてって」

「いいの⁉︎ありがとう!」

パンをご馳走してくれるらしいから、ウキウキして、一緒に家に入って行く。

彼の家は、大きな木のうろの中にあって、所々に小さなランプが飾ってあるのが素敵だと思った。


――ロスにご馳走してもらったその後は、外で隠れんぼや鬼ごっこをして遊んだ。

次の日も。

その次の日も、一緒に遊んだ。

ある時は、転びそうになったロスが、フードを押さえたまんま転んだから鼻を強打し、僕が手当てをしてあげた。

またある時は、隠れたロスを見つけられずに僕がクタクタになって、彼の方から表に出てきた。

――そんな毎日が続いて、すっかり仲良くなったある日……

それは、かくれんぼの途中、しゃがんで茂みに隠れていたロスを見つけた時だった。

「ロス、みーつけた!あ、ロス、頭に葉っぱが付いてるよ」

僕がそれを取ろうと、彼のフードに触れようとした瞬間、

「や、やめてッ‼︎」

驚くほど大きな声で叫んだロスの目には、涙が浮かんでいた。

僕は驚いた。

「ロス……?」

今まで、彼のこんな顔を見たことはなかった……

「帰って!」

「でも……」

「ミアナ、お願い。帰って!」

「――うん、わかった。帰るね」



――ロスが叫んだ理由。それは……多分『あの事』に関係しているんだと思う。彼のフードの中身。……彼と遊んでいる時に、何度かフードの隙間から、もふっ、としたものが見えることがあった。

気にしているようで、僕と遊んでいる時もいつもフードを被っていた。外したことは、ただの1度もなかった。だからそれを、口に出しはしなかった。

でも、僕はロスのフードの中を知っていたんだ。最初に会った、その日から。


――次の日、昨日と同じように家にやって来た僕に、ロスは驚いているようだった。

「……なんで来てくれたの?昨日、ヒドイことしたのに……」

「ふふふ、ちょっと大きな声で何か言われたくらいで、僕がどこかに行くと思うの?」

僕が笑ってそう言うと、

「……ありがとう」

ロスが、くしゃっと笑ってそう言った。

「うん。僕からも、ありがとう」

僕は、そっとロスの頭を撫でた。今度は、彼は拒絶せず、ただ嬉しそうに撫でられていた。

「――ねえ、ミアナ。僕隠してた事があるんだ。言ってなかった事……」

「そうなんだ、教えてくれるの?」

「うん、全部教える。ミアナに嫌われるのが怖くて言えなかったけど、全部、伝える」

「そっか、ありがとう、ロス」


ロスは、少し躊躇いつつも、昔の話をしてくれた。


――僕には、幼い時から耳と尻尾が生えていたんだ。周りには、同じような人は居なかったけど、特に気にすることもなく、楽しく毎日を過ごしてた。

……でも、ある時から僕を馬鹿にして、悪戯――と言えば軽いように思うけど――をしてくる人達が現れたんだ。

「なんだよこれ、偽物?」

そんなことを言われて耳や尻尾を引っ張られた……

「わー本当に付いてるよこれ!」

「おもしろーい!」

「や、やめてよ!なんでこんなことするの?君達オカシイよ‼︎」

僕は、痛くて苦しくて……反論した。でも――

「おかしいのはお前だろ?なんでこんなの付けてんだよ」

「そ、それは生まれた時からっ」

「うるさいっ口答えするなよ‼︎」

そう言って叩かれ殴られる……そんな毎日が続いたんだ。

その内僕の怪我は増えていって……だんだん、人と関わるのが怖くなってしまった。

それから、結構な時間が経ったと思うけど、僕は家の周りしかウロつけなくなっちゃったんだ。

……だから、君と初めて会った日も、外に行きたくても行けなくて、ただずっと、土管の上に座ってた。霧だって、ほんとは晴らしたかったのにね。


――でも、ミアナと過ごしてる内に、だんだん僕の心は癒されていったんだ。時間だって、全然違った。あんなに楽しくって、幸せで……君に逢えて、よかったなって思ってる。


「――いつか、ミアナにこの話をして、一緒に外に遊びに行きたいって思ってたんだ。でも昨日――やっぱり感覚が少し残ってて……びっくりして、追い返しちゃったんだ。……だから、ごめんね。ミアナ」

僕は、ぎゅうっとロスを抱きしめた。

「昨日のことなんて何も気にしないよ。それに、僕は絶対に君を嫌いになったりしない。大好きだもん。――ロス、話してくれて、ありがとう。もう、大丈夫だからね」

「うん……ありがとう。僕もね、ミアナのこと大好き」

ロスは泣いていた。でも、悲しみの涙じゃない。

暗かったところが、ふわぁっ、と明るくなる音がした。

「ロス、ご飯を食べたら外に遊びに行ってみよう。君がいた世界と、この世界とでは少し違うと思うけど、きっと幸せな気持ちになれるから」

「――ふふっ大丈夫。この世界も、ちゃんと僕の世界だから」

僕の笑い方が移った彼は、嬉しそうにそれを僕に言ってくる。――君はちゃんと、知ってたんだね。

笑顔のロスは

「今日のご飯は、ミアナの好きなパンにする!」

と、楽しそうにはしゃいでいる。

「わあ!ありがとう、僕も一緒につくっていい?」

「もちろん!」

「ふふふっ、ありがとう」

あの日と同じように、2人でロスの家に向かう。でも、今度は僕が前。彼の玄関を知ってるから。


――優しい、わたげの匂いがする。

振り返った僕は、ロスがそれをつくったのをみて、また嬉しくなって彼をぎゅうっと抱きしめた。

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