幽霊と白薔薇

白里りこ

プロローグ

暗闇から

 権力者は嫌いだ。

 彼らは弱き者の命を容易く踏みにじる。


 自由という概念は好きだ。

 弱き者が権力者から解放されるために戦う姿は美しい。


 面白いことが好きだ。

 折角この世界に存在するからには面白いものをたくさん見たい。


 そして、権力者が弱き者によって挫かれる姿は、最高に面白い。


 何故そのように思うようになったのか、どうしても思い出せないのだけれど……。


 ***


 ぐっと抑圧されている感覚がする。

 ずっと悪夢の中にいて、どんなにもがいても出られない感覚。


 何も見えない。

 暗闇ばかりが視界に広がる。

 上も下も右も左も分からない。


 ただただ、押し込めるような重圧だけが、ひしひしと感じ取れる。

 この圧に負けたら、自分は消えてしまうだろう。だから必死に抵抗している。


「自由になりたいよ」


 ヒルデガルトは言ってみた。


「私を押さえつけるのはやめて。消そうとするのはやめて。こんな封印は今すぐ解きたいのに」


 駄目だ。この術は強力すぎる。術者はとうに死んでいてもおかしくないはずなのに、その弟子が生きているせいで、効果が持続している。


「私は何も悪いことなどしていない。誰か助けて。誰か」


 そんな誰かがいるはずもないことを、ヒルデガルトは知っていた。

 ヒルデガルトを助けてくれる人間は、いつも、どこにもいない。


 ひとりぼっちで、くじけそうで、それでもどうしても戦わなければならない。


 そんな時はどうすればいい?


 凛とした態度と、落ち着いた心と、確固たる信念で、希望を見失うことなく、前を向き続けるほかない。


 わずかでも、自由になれるチャンスがあるならば、それを決して逃さないようにしなければ。術の効果は、世代を追うごとに弱まるはずなのだ。機会は必ず訪れる。


 ほら――今、この一瞬、締め付けていた力の気配が、緩んだ。


 外の世界で何かが起きて、術者に激しい動揺があったに違いない。


 絶対にこの機を逸してなるものか。


 ヒルデガルトは思い切って、前だと思われる方向へと大きく進んだ。


 ひたすら進んで、進んで、進んだ。


 それはつらく、苦しく、長い長い道のりだった。


 しかしやがて、闇が破けて、光が満ちた。


 手を伸ばす。宙を掻くようにして、光の方へと這い出る。


 ああ――何年、何十年、何百年。


 ようやく解放された。

 自由を勝ち取った。

 みずから、この手で。

 たった一人で。


 絶対に逃げなかった。絶対に負けなかった。

 その結果が、今だ。


「自由ばんざい!」


 ヒルデガルトは誇りに満ちた声でそう叫ぶと、空高く駆け上った。

 嬉しくて、何度も宙返りをした。


 ああ、何と素晴らしい日だろうか。


 これからまた、新たな時間が動き出す。


 さあ、どこへ行こう? 誰と出会い、何をしよう?

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