第9話
この世界の文明は地球とは違った時間軸を進んでいるのか、彰洋や洋斗として生きてきたのとはだいぶ環境が違う。
言葉や文化を持つのは人間だけではなく、獣人や亜人などと言われる異種血族が多数おり、仲良くと言い難くもまあまあ共存していた。
その中でもロベルトだったアキやルネ、ヒロトが生まれ育ったこの地は、世界で一番広いラッシュ大陸の中ぐらいの王制国であるが、地方はさらにその縮小図で異種血族はおろか、異国人すら毛嫌いする集落の長が絶対的支配者なため、そこに住む者たちもだいぶ内向的で異国からの訪問者に対して毛嫌いの度合いが酷い。
しかし前世の記憶があるアキやヒロトにとっては異種民族が存在するのは当たり前で、ルネに至っては国籍どころか肌の色の違う養子が身近にいたため、多少の異形種であれば驚きはすれど嫌悪感を抱くようなことはなかった。
「……確かにねぇ。例えばお前たちが二本足で歩いて言葉をしゃべって、俺より勉強ができたとしても、親父やルネは『ああ!あのアニメのまんまじゃん!』って喜ぶだけだろうしねぇ」
そうは言っても、ヒロトだって見た記憶のあるアニマル進化を題材にしたアニメ映画を思い出して、きっと喜ぶ自信はある。
「何だったら猫だけの村とか犬と象とゴリラとタヌキが手に手を取って人間やっつけに行くっていうのでも、きっと親父は頼まれる前に痺れ光線銃とか勝手に捕縛する縄とか作りそうだもんな……」
あー、アニメ映画見たい。
そう呟きながら、ヒロトは父親製作のペット用缶詰のプルトップを開けて蓋を取り、それぞれの皿に盛る。
さすがに缶詰も手動で開ける缶切り栓もあるが、前世の知識で作ってしまった自動缶詰機は地下の頑丈な扉の奥だった。
一度間違えて店に出してしまったが、変な飾りを付けてみた試作品というヒロトの誤魔化しで事なきを得ている。
「ああいうことはもう勘弁だよ……」
パッカンと開いた蓋と容器を洗い、人目に付かないように回収箱にしまう。
これはまた洗浄機を通して熱湯殺菌まで行い、新たな缶詰として使用するので、ゴミとして出すわけにはいかない貴重な資源だ。
「あー……早くアルミ缶が開発されないかなぁ……」
今のところスチール缶が主流であるが、やはり錆などの問題があるのか、缶詰は本当に乾いた食べ物の長期保存容器としての認識しかない。
安全で美味しくてお手軽──アルミ缶どころか温めるだけのレトルトパウチ袋が登場するのにもかなり時間がかかりそうだった。
犬や猫の食事を用意し、自分の分も簡単に作る。
パンとスープ。
時々──けっこうな頻度で『コメ』が食べたくなるが、まだこの国には伝わっていないのか、この世界自体にはないのか、いまだ口にしたことはない。
父も記憶が戻る前からやはり見たことも食べたこともないので、いつかは田んぼから稲刈りのできる魔法のシートの開発をしたいと息巻いているが──問題は種籾である。
「あー…白い飯に納豆のっけて……祖母ちゃんの梅干しでもいいやぁ……あれ、嫌いだったけど、今は超食べたい……あと、やっぱりテレビほしい……」
しかしテレビがあったとしても放送局などはないし、DVDプレーヤーもディスクもないのだから、単なる『ガラスの嵌った変な置物』にしかならないことは目に見えていた。
そうなるとやはり娯楽は父やルネが楽しんでいるマンガや小説しかない。
「あとは……ゲーム機……スマートフォン……うん、全部無理」
ハァ……と溜息をついて、ヒロトは自分が食べた食器を片付け、ヴィーシャとロバートが勝手に用を足したり遊んでくるようにと、裏口を開けて外に出してやった。
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