第7話

ルネがアキと出会ったのは、ふたりがまだ少年の頃である。


子供の頃から美しい物が好きだった。

職人街でも群を抜いて美しい装飾品をつくると評判のアーティファクト・オルフェイス工房のショーウィンドウに、見慣れぬはずの、けれども何か既視感のある美しい蝶が飾られているのを見た時、ルネはグルグルと視界が回って記憶が途切れてしまった。

気が付いた時には見知らぬ部屋のベッドに寝かされ、赤毛の女の子がニマニマと笑いながら、自分の顔を覗き込んでいるのに驚いて飛び起きると──

「ねぇ、あんた、私の恋人にならない?」

「………え?」

赤毛は嫌いじゃない。

ブルネットも、ブロンドも、ブラックももちろん──だが。

《いきなりなんですか?あなたは誰ですか?失礼な……》

「え?何話してるの?あなた、この国の人じゃないの?嫌だぁっ!あたし、異国人って嫌いなのよっ!」

《私だってあなたのような失礼な人、お断りですよ。一体何なんですか……》

その時ルネが話していたのはフランス語だったのだが、本人はまったく気づかず、いきなり嫌悪感を剥き出しにされて部屋を出ていった少女をポカンと見送るだけ。

しばらくしてバタバタと足音がいくつも聞こえたかと思うと、何故か金槌や彫り物用の彫刻刀、大きなペンチのような物を持った男たちが部屋へ入ってきた。

「おいっ!?お前、異国人なのかっ?!何でそんな奴が店の前で倒れやがったんだっ?!」

「は?異国人……って……あの……?」

「親方!親方!違いますよ!!こいつぁ、つい最近職人街の空き店舗に引っ越してきた、絵画商の息子ですぜ?異国人じゃねぇよ……」

「あっ!リシュさんっ!『頼まれていた絵画できましたよ』って、おとう…いえ、父から伝えてくれって言われてたんです。すいません……何か、ご迷惑をかけたみたいで……」

「へっ?」

見知った顔が物凄い勢いで問い詰めてきた『親方』という人を止めてくれたことで、ルネは何故この工房を訪れようとしていたのかを思い出し、そう伝える。

キョトンと親方が金髪美少年と自分の右腕であるリシュランと視線を往復させ、さすがにバツが悪そうに手にした金槌を背中に隠し、大きな手のひらでわずかに寝乱れたその頭をガシガシと撫でた。

「すっ、すまねぇなっ!確かに絵かき屋んとこの坊主だ!悪ぃ、悪ぃ……で、何だって?」

「あっ、こちらの工房に収めるのじゃなくて、リシュさんに頼まれていた絵ができましたって。いつ引き取りに来られますか?って聞いて来いってお使いです」

「おっ…おお!そっ、そうかそうか……リシュランのお客だったか!いやぁ、んじゃぁ、もう少し具合よくなるまでここで休んでなっ!おいっ!ロベルト!!」

そう言われてひょこりと顔を出したのは、同い年ぐらいの男の子。

「はい、親方」

「お前、ちょっとこの子の世話してやれ。同じぐらいだったろう?元気になったら送ってってやれや!」

「あ……は、い……」

チラリと背後にいる大人たちを伺うような表情を見せたが、リシュランが微かに頷くのを受けて、コクンと頷いてくれた。

ルネはそのやり取りを見ていたが、さらにその後ろの大人たちに視線をやると、何故か『チッ』という舌打ちの音と忌々しそうな顔つきの者が何人もいる。

この少年に対して大人が何か含むところがあると、聡いこの少年は気が付き、俄然その理由を聞けそうな状況になったことに秘かに喜んだ。



「……ねえ、なんで君はみんなに恨まれてるの?」

「え?あ……あぁ…たぶん、あれだと思う。ショーウィンドウに僕が持ち込んだ蝶を飾ってもらってるからみたい」

「あ……ああ……そう、なんだ……」

問いかけは簡単に答えられ、会話は終わってしまった。

「うん。で、君は何で倒れてたの?異国語を話してたってお嬢さんがギャーギャー騒いでたけど?」

「異国語?」

ルネ自身はあの少女と話した時にはいきなり目の前にいたせいで記憶が混濁し、自分が何語で話していたかなど意識していなかった。

しかし考えてみると──

《ひょっとして、この言葉……かな?》

「うん?フランス……語……?」

《え?君、この言葉わかるの?》

「うん……知って、る……?え?……何で……聞き取れ……?『ふらんす』って……何……?」

「何って言われても……」

いきなりルネが思いついたように言語を切り替えてみたのにロベルトはすんなりと受け入れてしまったが、自分が何故その言葉を理解できてしかも国名まで当ててしまったのかわからないようである。

「……君、ひょっとして、転生者?」

「え?て……何?それ……」

ルネは今や自分が『転生者』であることを理解し受け入れ、しかもとてつもなくワクワクしているのだが、相手をしているロベルトは自分の正体に気が付いていないらしい。


その時点でルネが思い出したのは、自分の前世がフランス人で日本という国の大学へ留学中だったという部分だったが、だんだんとそれ以外のこともゆっくり思い出していった。

あれ以来仲良くなって休みの日の旅に遊ぶようになったロベルトはおそらくルネと同じ転生者であるらしいのに、前世のことをまったく思い出す様子はなく、しかし確実にルネが時折り話すフランス語を自動的に脳みそが翻訳して会話が成り立つことに混乱してはいるようである。

「……何なんだろうな?ルネはその……『転生者』ってどういうもの?」

「う~ん……説明するのは難しいな~……まず、僕はいわゆる『アニメオタク』っていうジャンルの人間で……」

「あにめおたく?」

「うん、そう。えぇと……カトゥーンとかアニメとか……日本で独自に発展した文化のひとつで……」

「あ、サムライなんとかだっけ?」

「え?」

「え?」

思い出せなくとも意識できない部分に記憶は残っているのか、ロベルトはルネの言葉に反応し、そして自分が言ったことに驚いた表情を見せた。




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