第4話

 キィン! 甲高い剣の音が響いた。


 ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


 大型の狼モンスター『ビッグウルフ』の唸り声が聞こえてくる。今すぐにでも襲い掛かってきそうだった。


 ビッグウルフと対峙しているのは、一人の可憐な少女だった。美しい、金髪の髪をした少女だ。だが、彼女は凛々しく剣を構えている。


 なぜ、彼女はこんなモンスターの出現する場所にいるんだ。直観的に彼女は高貴な出自であると理解できた。彼女には下々の人間にはない、品のようなものを感じる事ができたのだ。そんな彼女が、なぜこんな危険を冒しているのか。俺は理解に苦しんだ。


「はあっ!」


 彼女が我武者羅に剣を繰り出す。その剣筋自体は悪くないものであった。だが、彼女はビッグウルフに対する知識がなかった。どこ部位が弱点か、どういう攻撃パターンで攻撃を仕掛けてくるのか。理解をしていなければ効率的には闘えない。


 LVが高いだけでは、筋が良いだけでは、必ずしも有利に戦闘を行えるというわけではないのだ。


「くっ!」


 彼女の剣はビッグウルフの鋭利な牙に弾かれた。


 ガルウウウウウウウウウ!


 ビッグウルフが唸り声をあげ、今にも彼女に襲い掛からんとする。彼女は体勢を崩していた。このままでは彼女の命が危なかった。


 迷う余地などあるはずもない。俺はビッグウルフの前に立ちはだかる。


「下がっていてくれ!」


「あ、あなた様は一体……!?」


「別に……名乗る程の者じゃない」


 俺は言ってみたかったセリフを言う。一度言ってみたかったんだ。そういうセリフ、誰でもひとつくらいあるだろ?


「ただのさすらいの賢者だ!」


「で、ですが。そんな一人で」


 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 邪魔をされたビッグウルフは雄たけびをあげた。どうやら怒ったようだ。


「あ、危ないっ!」


 俺はビッグウルフの素早い攻撃を避けた。やはり、攻撃パターンは俺がプレイしていたゲームと同じだ。どんなに早い攻撃だとしても、パターンがわかっていれば避けるのは容易い。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 お見通しなんだよ。解析(アナライズ)の魔法なんて使わなくても、俺の頭の中には、あらゆるゲームの情報が入っていた。


 こいつのLVは10。HPは200といったところか。そして、弱点属性は炎属性だ。


 さっき、覚えたばかりのファイアボールの魔法スキルが役に立つ。そして弱点部位は。


 俺は腕を掲げた。ビッグウルフが大きな口を開けて、俺を食いちぎろうとしてきたのだ。


 だが、その瞬間こそがこいつ最大の弱点を晒す事になる。


「ファイアーボール!」


 俺の手から、慣れ親しんだ魔法が放たれる。一周回って懐かしい感じがした。初級魔法であるファイアボールを使用するのは久しぶりだったからだ。


 俺の手から灼熱の火球が放たれる。通常の攻撃であったのならば、恐らくは俺の現在LVではビッグウルフを一撃で倒す事は敵わなかったであろう。だが、弱点属性の火属性で攻めた上に、クリティカルヒットが出れば、一撃で倒せる計算が立つ。いくら何でも、口の中に火球をぶち込まれたら一たまりもない。


 ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 ビッグウルフは情けない悲鳴をあげて、果てた。


『経験値(EXP)を100入手しました。LVがアップします』『G(ゴールド)を100入手しました』


 機械音声が響き渡る。なんだ……ビッグウルフはボスモンスター扱いだけど、習得できる経験値もGも、ラッキーラビッド一匹と同じ程度か。


 やっぱりあのモンスター、出現頻度を除けば効率の良い、おいしいモンスターだったよなぁ。


 俺はステータスを確認する。


【アーサー】


職業:賢者


Lv :12


HP :120/120


MP :120/120


攻撃力:33


防御力:33


魔法力:55


素早さ:33


【魔法】


【スキル】


成長性鈍化※取得経験値に対するレベルアップ効率が低下する

ドロップ率減少※モンスターを倒した場合のアイテムドロップ率が減少する

取得金(ゴールド)減少※モンスターを倒した場合に取得できる資金が減少する


【所持金】


 100G


やっぱりだな……俺がやっていたゲーム世界と同じ理屈だ。当然のように、取得経験値が同じでもレベルの上がり方は鈍くなる。レベルを上げようと思ったら、より多くの経験値が必要なのだ。


 LV99になるためにはLVが50になっても道の半分もいっていない。LV80になってやっと半分な印象だ。LVを上げるためにはより多くの経験値を必要としてくるからだ。


 俺はステータスの確認を終える。


 ……と、その前にやる事があった。


「あの……」


 おずおずと少女が声をかけてくる。


「怪我はないですか? お嬢さん」


 俺は声をかける。このセリフも俺が言ってみたかったセリフだ。


「は、はい……いつっ」


 少女は膝を折る。どうやら、どこかを痛めているらしい。無理もない。一人でビッグウルフと交戦していたのだ。傷を負っていたとしても不思議ではなかった。


「怪我を見せてください。痛いところはどこですか?」


「……は、はい。ここです」


 少女は脛の当たりを指す。綺麗に抉れて、夥しい血が流れていた。とても痛そうだった。


「靴を脱いでください。靴下も」


「は、はい……」


 少女は言われるがままに生足を取り出した。痛々しい傷を負っている事を除けば、綺麗な足が見れて役得である。

 

 ……とはいえ、今はそんな邪な事を考えている余裕はないが。

 

 俺は精神を統一させ、魔法を唱える。


「ヒーリング」


 白い魔法の光が彼女の患部を癒し始める。そして、瞬く間に傷が癒えたのだ。


「す、すごいですっ! ……あんなに酷かった傷が一瞬で」


「もう痛くないですか?」


「は、はい……痛くないです」


「それは良かった」


「あなたは賢者様ですよね……何でもできるんですね」


「何でもはできませんよ。初級魔法を5つ程習得しているだけです」


 もはや、用は済んだ。


「靴を履いて、立ち上がってください。あなたを安全な場所まで案内しましょう」


 俺はここら辺の地形知識も熟知している。南の方へ下っていけば人の街エウレアがある。そこまで行けば、彼女の安全は保障されたようなものだ。


 こんなところにいるのには何かと危険だった。


「ま、待ってください」


「何か?」


「あなたのお名前を教えてください。私の名前はミリアと申します」


 彼女は名乗った。ミリア……というのは名だろう。偽名かもしれない。だが、わざわざ性を名乗らないのには何か理由があるように思った。


「アーサーだ……」


 俺は名乗った。キャラクターネームではあるが、この世界ではもはや俺の真実の名でもある。


「アーサー様ですか……」


「様づけはしないでいい……」


「そういうわけにもいきません。なにせ、あなた様は私を救ってくれた命の恩人なのですから」


 彼女は微笑む。まるで聖母のような慈悲深い笑みで。だからだろうか。最初の時に抱いた高貴で品のある人物という印象がより強まったのは。俺は彼女が訳ありでここにいる人物なのだという確信をより深めていったのだ。


 その立ち振る舞い、言葉遣い、とても粗野な冒険者とは思えない。


「……どうしてあなたがこんなところにいるのですか?」


「それは……」


 彼女は口ごもる。


「話したくない事があるのならそれでも構いません。私とあなたはさっき会ったばかりの他人に過ぎないのですから」


「それもそうですね……何もかもを黙ったままでは、他人の関係にしかなれないかもしれません」


 彼女は語り始めた。彼女が何者であるのか、彼女がなぜあの場に一人でいたのか、を。


 そうする事以外で、彼女は現状を切り抜ける術がないのだと、理解したのである。


 彼女の正体は俺にとっては衝撃的なものであった。その正体とは――。




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