とてもまぶしい三日間でしたわ⑥
――あと1日。
今日は予定通り、家族で過ごしましたわ。
いつもよりゆっくりとお父様の畑のお手伝いをしまして。その後にお母様の作った朝ごはんをみんなで食べました。そして、三人で街に出ましたの。用件は勿論――絵画の師匠に弟子入りした弟ルーファスの覗き見ですわ! 今日は何をしようかと相談する前に、見事に意見が一致しましたわね。
お父様もお母様も覗き見の様子に慣れたご様子だと思ったら……なんと二人共、週に一度は見に来ていたというのです。我が親ながら過保護ですわ! しかもいつもお師匠様にバレているようで、「せめてもう少し隠れる素振りを見せてくださいっ!」と三人で怒られてしまいました。でもその後、ルーファスに休憩時間を与えてくれて……久々に四人でランチを食べましたの。久々に会ったルーファスは肌も焼けて、ずいぶん逞しく見えましたわ。毎日師匠に扱き使われたり、他の師弟たちとの合同生活に苦労しているようですが、それも含めて楽しくやっているようです。男の子の成長は早いものですわね。
そして家に帰り、お母様と一緒に夕飯作りをしました。シチューを作ったのよ。ホワイトソースってあんなに作るの大変なのね! うっかり焦がしてしまい、白いシチューのはずが黒くなってしまいました……。それでもお父様は「美味しい!」と涙を流してくれたので、思わずわたくしも少しだけ泣いてしまい。急に泣き出したわたくしに二人共びっくりしてしまって……笑って誤魔化すのが大変でしたの。
その後お風呂に入ってから、久々に三人でカードゲームをしました。本当にお母様はカードに強くて。代わりにお父様はビックリするくらい弱いのです。だから勝敗は明白なのですが……お母様の強運は本当に素晴らしいですわね。少しはお父様の頭皮に分けてあげて欲しいくらいですわ。
だから――、
『――ごめんなさいね。今日はついつい寝るのが遅くなってしまいまして』
真白な世界で早々神様に謝罪すると、神様は怒るわけでもなく。笑うわけでもなく。ただ静かに微笑んで。
『楽しかった?』
『はい。とても、楽しい一日でした……』
今日は、家族で過ごした最後の日。とても穏やかで、とても楽しい一日でした。
そんな一日を終えて。いよいよ明日は――。
神様はいつも通り呑気に紅茶を淹れてながら訊いてくる。
『今晩はどうしたい? このままいつも通り雑談して過ごす? それとも――』
『いえ。色々と聞いておきたいことがございます』
覚悟して神様の鬱金色の瞳を見つめれば、彼は『どうぞ』と紅茶を差し出してくれた。静かに湯気が立ち上る紅茶は喉を潤して。わたくしは質問を紡ぐ。
『まず今更ですが、神様は本当に神様ですの?』
『本当に今更だね――残念ながら、これでも神の仕事は務めているよ。この世界に生きる生物の営みを見届けて、生と死の輪廻を司る仕事……と偉そうなことを言っても、誰がいつ死ぬかなんて、その人の余命が百日を切らないと自分も把握できないんだけどね』
あら、神様とて万能じゃないのね。まぁ万能でしたら、この神様が万能とはとても思えませんでしたけど。……ふふっ。どうしましょう。さすがに今心を読まれたら怒られてしまうかしら?
『そんな神様が、わたくしなどといういち個人にこんな肩入れして大丈夫でしたの?』
『……正直、あまり大丈夫じゃない。今は誤魔化しているけど、あとで大目玉を食らうことは確定している』
『けっこう厳しい環境なのね?』
『次元が違うだけで、中に入っちゃえばどの世界も変わらないよ。上司がいて、部下がいて。自分は比較的下っ端さ。自分の代わりなんていくらでもいる』
あらあら、なかなか神様の世界も世知辛いのね。あまり深く聞いてしまうと夢が壊れてしまうので、ここは突っ込まない方が得策だわ。だから、本筋に戻りましょう。
『それなのに――どうしてわたくしなどに?』
ずっと疑問に思っていたの。どうして神様が自身のことを『傲慢だ』と言いながら、わたくしに固執したのか。でも、それを聞いてしまえばもう会えなくなるような気がして。敢えて、考えないふりをしていたの。だって――あと自分が百日で死ぬなんて事実、ひとりじゃ耐えられないでしょう?
『最初に言った通りだよ。自分の傲慢さ。ただ――きみに幸せになってもらいたかった。たとえ残り少ない日数だとしても、きみが楽しいと思える日々を過ごして貰いたかった。……それだけだよ』
『そのわりに押し付けが多かったですわよね? 遊べとか。美味しい物を食べろとか。恋をしろとか』
『だって、きみは今まで全然遊んで来なかっただろう? 年頃の女の子といえばさ、こうくだらないことでキャッハウフフして誰が好きだの誰がカッコいいだの話してさ、美味しい物食べたり、綺麗なものを見たりするのが楽しいんじゃないの?』
『それが押し付けと言いますのよ? あと百日で自分が死んで、あげくに家族まで不幸になる言われたら……どうにかしなきゃと思うのが人情ですわ!』
わたくしが正論を述べると、神様は肩を竦めて苦笑して。
『……そうだね。今度こそ自分のためだけに生きてほしかったけど……きみはやっぱりそういう子だったね』
『今度こそ?』
『ううん、ごめん。今のきみには関係のない話だ』
なんですか、その言い方。ものすごく気になるのですが……。それなのに、神様は落としたように笑ってしまうんですの。
『結局自分は、きみの足を引っ張っただけだったのかな?』
『あら。そうでもありませんわよ?』
ねぇ、神様。わたくし、あなたのそんな顔は求めていませんわ。あなたの笑顔は見たいけど、もっと楽しそうに笑ってほしいんですの。わたくしと一緒に。
『神様が未来を教えてくれたから、少なくとも家族の最悪は免れることができそうですし。それに……この百日間、わたくしとても楽しかったんですの。全部あなたのおかげですわ!』
『そう……少しでもそう言ってもらえるなら何よりだよ』
『そうですわ。わたくし、本当に毎晩あなたに会える時間を心待ちにしていたんですから! 感謝してもしきれません‼』
わたくしがきっぱりと言い切ると、さすがの神様もくすくすと笑い始めて。
『ねぇ、きみ。そんな嬉しいこと言ってくれちゃってさ。僕のこと口説きたいの?』
『あら、そうですわよ?』
軽口にさらに軽口を乗せれば、顔を真赤になさるんだから……本当に、わたくしが知る誰よりも勝手で傲慢で、人間らしい方だわ。
『ねぇ神様。例のお約束の件、覚えていてくれてますか?』
『何でも欲しいモノってやつ? もちろん覚えているよ。何がいいの? お金? 名声? 素敵な恋人でも掛け替えのない友人でも……あ、神になりたいとか言う? それならそれで推薦するけど』
『それは明日まで秘密です』
わたくしは口元に指を立てて、片目を閉じる。
あ、でも……これだけは今確認しておきませんと。
『もしかして明日は会えないとか言いますか? できたら死んだ時、あなたにお迎え来てもらいたかったのですが……』
『ここまで来たんだ。そのくらいお安い御用だよ。もちろん褒美とは別にサービスしてあげる』
『あら、お優しいですわね』
『そのくらいしないと、あとでどんな文句言われるかたまったもんじゃないからね』
『よくおわかりですわね』
そりゃあね、と神様は苦笑して。
そこから、わたくしは様々な質問を重ねた。
もしもわたくしが何もしなかったら、どんな風に死ぬ予定でしたの? とか。
あのサザンジール殿下にどうやって殺されるのかとワクワクして聞いてみれば、まさかうっかりで刺されてしまうらしい。ヒドイですわ。どれだけ運動音痴なんですの? どうやら関係が拗れに拗れてわたくしが持っていたナイフを奪おうとして(わたくしはわたくしで、自分が暗殺されるという噂のため自衛で持ち歩いていたようです)。それに剣に慣れていないわたくしも必死に応戦して――見事にバカバカしい死に様ですわね。
その事件を歴史ではどう弄れ曲がったのか、『かつての婚約者ルルーシェ=エルクアージュを断罪した』ということになるんだそうです。歴史は全て真というわけではないと言いますが、本当面白いですわね。
家族の人身売買の件も訊いてみれば、結構我が家に恨みや妬みを持っている人らが多かったとのこと。『異国の美姫』を無理やり娶った際に婚約を破棄された国内派のファブル家筆頭に、ここぞとばかりに貶められたようです。どこでもお父様やお母様は惚気けておりましたからね。幸せなだけで人から恨まれる典型ですわ。
そして、サザンジール殿下を狙った暗殺者のことの真相を訊いて――。
『ねぇ、でも今更そんなこと訊いてどうしたの? 訊くならもっと早い時期の方が良かったんじゃない?』
『最初はもしもの話を聞いても怖くなってしまうだけかと避けていたのですけど……ちょっとそうも言ってられなくなりそうで』
『もしかして、おと――』
先を告げようになった神様を口を、わたくしは身を乗り出して指で押さえる。ひんやりとした唇をふにふにと楽しんで、わたくしはにっこりと笑ってみせた。
『それ以上の口出しはナシですわよ。どうせ、あなたの役に立たない助言は聞くつもりないんですから』
『散々人から話を聞くだけ聞いておいて、それはひどくない?』
『あら、だってわたくしは“悪役令嬢”なんですのよ?』
すると、神様は『そんなこと言ってたね』とわたくしの手をそっと退けて。そしてゆっくり飲んでいたカップを置いた。
『そうだね――それじゃあ、しっかりときみの最期を見届けさせてもらうよ』
『えぇ、とくと御覧あれ』
わたくしはそのまま椅子から離れ、
ねぇ、神様。見てらして? 最高に美しい幕引きを御覧に入れてみせますわ。
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