第10話 勘違いする方が悪いのですよ?③

 ――あと63日。


「はい、それでは雑巾がけから致しましょう!」


 早朝から、わたくしは両親に白い目で見られた。

 どうしてなのでしょう? 理由が皆目見当も……あ、そうか。雑巾がけをご存知ありませんのね⁉


「雑巾がけとは、バケツに溜めた水でこの厚手の布を浸して、があーっと掃除をするのですわ!」


 口で説明するより、やって見せるのが早い。わたくしは廊下に四つん這いになり、があーっと木目を見つめながら駆け抜ける。端まで着いたら、当然方向転換&少し場所を移動してがぁーっ、だ。


 気持ち良い汗を拭いながら、わたくしは軽やかな笑みを向ける。


「では、みんなでやってみましょう!」

「……ねぇ、ルルーシェ?」

「なんでしょう。お父様」


 なぜでしょう。お母様がフラフラと失神しそうになってるわ。お父様がそんなお母様の肩を支えている。わたくしが小首を傾げると、お父様が言葉を噛み締めるようにゆっくり話した。


「どうして、自分らが掃除をしなければならないの、かな?」

「え? ひとまず足腰を鍛えてもらおうと……」


 昨日言った通り訓練の一環――という建前だが、本当は他の目的もある。

 単純に、家督を失った後でも二人で生きていけるように、生活力を身に付けてもらいたいのだ。そのための家事能力を上げてもらうため、ひとまず掃除。このあとは料理人たちに朝食作りを教えてもらう予定を組んである。昼間はそれぞれ元の仕事をしてもらって……夕方からも晩餐の準備の手伝い、そして後片付けまでみんなでするつもり。


 それに慣れた頃、さらに本来の目的を――とまで逡巡した所で、思いつく。


「あら、ごめんなさい! 昨日は説明が不足しておりましたわ! 手配はしてあるんですけど、種や肥料が届くのは来週になるそうですの」

『種⁉』

「えぇ、だからそれまでは基礎体力づくりを兼ねて掃除などを……と。あ、ちゃんと事前にメイドさんたちに掃き掃除はしてもらってますわ。でも、明後日からはそこから始めるつもりです」

「あ、いや、そういうわけじゃ……』

「ほら、雑巾がけってしゃがんだり立ったりの繰り返しになりますのでしょう? 足腰を鍛えるのにちょうど良いと思いましたの! 掃き掃除も埃を探す洞察力の訓練になりましてよ。それを無駄なく始末する行為も、きっと畑の役に立ちますし。些細な変化を見極めるのも、大事というじゃないですか」

『…………』


 なぜでしょう。わたくしがこんなにも熱弁しているというのに、お二人が複雑そうな顔で黙り込んでしまいました。どことなく恥ずかしそうなのですが……いつも通りお綺麗な格好をしているからでしょうか? まあ、わたくしもいつも通りの家用ドレスだから、変わらないのですけどね。雑巾がけの場合足払いが難しいのですが、それも慣れです。


「さあ、皆で頑張りましょう!」


 わたくしが両親の手を取り微笑むと、お二人は観念したように頷く。


「わ、わかった……」


 まぁ、何事も最初は戸惑うものです。でもきっとすぐに楽しくなりますわ。なんたってわたくしの両親ですからね!




 ――あと50日。


 そんなわたくしの読みは的中した。

 特にお父様は国王陛下がドン引きするほどの熱意で『異国の美姫』を手に入れた人ですから。のめり込みさえすればとことんやるだろうと確信していたのです。


「ルルーシェ。土はこんなものでいいかな?」

「わあ! さすがですわ、お父様! だいぶ柔らかくなりましたわね」


 屋敷の隅に作った畑。首にタオルを巻き、頭に光る汗を拭う。片手に鍬を持つ姿も板についたものですわ。

 お父様は疲れた様子ながらも、軽やかに笑う。


「ははっ。始めは何を言い出したかと思ってびっくりしたけど……家族みんなで身体を動かすのも楽しいねぇ。メイドや庭師たちの雰囲気も最近いいし……これでルーファスもいれば、最高だったのだけど……」


 ――そうですわね。

 わたくしたち家族はルーファスも入れて四人だ。欠けてしまったものを想わない日はないけれど、彼と両親は今生の別れをしたわけでも、絶縁したわけでもない。

 だから、わたくしは微笑む。


「ルーファスも大成したらきっと会えますから。その時にお父様が作った野菜をお母様に料理してもらって……ぜひに振る舞ってもらいたいですわ!」

「そうだ! それも素敵だが、仕送りするのはどうだろうか。金銭は師匠の矜持などに関わるからできないが……自家製野菜ならば気安く受け取って貰えるんじゃないのか?」

「それはいいかもしれませんわね!」


 それは盲点でした。さすがお父様! きっと皆さんの食事の足しにしていただけるでしょう。いい意味で貧乏臭いから、貴族だと居心地悪くなることもないと思いますわ。わたくしが言うのもあれですが、初めて作った自家製野菜は不格好だといいますし、より今回に限りは適切でしょう。


 ですが、果たしてその段階まで見届けることができるか――わたくしが思案しているかのように視線を動かせば、お父様も似たような心配をしていたようです。


「しかし、最初に芋を植えた分が一向に芽吹かないねぇ。そこそこ出てきてもおかしくないのだろう?」

「そのはずですが……」


 わたくしは悩んでいるふりをして、口元を隠します。ふふっ。先程はお父様の案にわたくしも感銘を受けましたが、伊達に長年お父様の娘をしていないんですの。


「詳しい方に心当たりがありますので、声をかけてみますわ」


 その時だ。


「朝食ができましたよー!」


 屋敷からお母様が顔を覗かせる。お母様も農業の手伝いをしてくれているけど、どちらかと言えば料理にハマったようだ。味付けのちまちましたところが気に入ったらしい。今度はお菓子づくりにも挑戦してみたいんだとか。

 その家庭的な姿に、お父様はさらにメロメロで……今もとても嬉しそうな顔で「わかった!」と応えている。


 今の所、全ては順調――わたくしに残された時間は、あと半分。

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