DQN系の女子たち
――那木君」
――起きて、那木君」
ん? 何だろう。聞き覚えのある声だな。このクールで人を見定めるような声は……。
「那木君、起きて」
「き……霧島? 一体何でこんなところに!?」
目覚めたら、そこはこの間行ったばかりの霧島 摩利香のマンションであった。霧島はこの前みたいに、制服姿でジョン・レノンみたいな丸メガネをして、あろうことか四つん這いになって僕の寝顔を眺めていた。
「寝ちゃうなんて仕方ない人だわ、人がせっかく、六〇年代に社会現象にまでなったサマー・オブ・ラブについてレクチャーしていたというのに……これはちょっと、お仕置きが必要みたいね」
「は……え!? 霧島さん? よくわからないけど、とにかく……ごめん!」
僕が慌てて起き上がると、霧島はいつになく妖艶な様子で四つん這いのまま僕に顔を近づけてくる。なんなの? なんなのこのシュチュエーション?
「ダーメ、もう許さない。不真面目な那木君には、もっと手取り足取り、ジミ・ヘンドリクスのギタープレイみたいに刺激的で官能的な指導が必要よ……」
「ききき……霧島さん、そ、そのししし……刺激的で、官能的な指導というのは……?」
慌てふためく僕を嘲けるかのように、霧島は妖艶な微笑みを浮かべ、パーカーのジップをゆっくりと開く。そして彼女は、甘い吐息で僕の脳ミソをとろかしながら、僕の無防備な胸板を人差し指でぐりぐりと弄び始めた。
「霧島さん……じゃなくて、先生でしょ? 本当にしょうがない子ね、那木君は……それに、分かってるんでしょ? あなたもとても大好きな事……大丈夫よ、私が優しく教えてあ・げ・る」
「え……ええぇ!!? き、霧島……いや先生、まずいですって!!」
「那木君、今日は寝かせないわ……だって今夜は、あなたと私のロックンロール・オールナイトですもの……」
「そ、そんな!? 僕らはまだ……ああーー!!」
……。
念の為言っておくが、
これは夢である。
ただし、不幸にも僕が呑気にこんなエチィ夢を見ていた場所は、学校の教室であった。
「……先生! どうして今日は、そんなにエチエチなんですか!!?」
僕がそう叫びながら立ち上がると、数秒の沈黙の後、クラス中からドッと笑い声が上がった。その時になって、僕はようやく自分の仕出かしたことの重大さに気付いたんだ。
そして、悪いことは重なるものだ。何しろ、この時間の授業を受け持っていた教師は、我が私立
もう全ては手遅れであった。この笑い声が溢れる教室の中、豊満な胸を揺らしながら僕の元へと歩み寄ってくる学園一の美人教師。引きつった彼女の笑顔からは、只ならぬ殺意が感じられた。
「那木君、私の授業で居眠りしていただけではいざ知らず、ずいぶんとご機嫌なこと言ってくれるじゃない? ねえ、教えてくれない? 一体私のどの辺がエチエチなのかな〜?」
「あはは……いや、先生の魅力を……こう、先鋭的括、叙情的に表現したというか……」
「そう、ありがとう……那木君は詩人なんだね。……で、何か他に言い残すことは?」
「ありません……」
「うん、わかった、那木 吾妻君、後で職員室来よっか!」
全く、酷い目に合った。僕は放課後職員室へ呼ばれ、学園一のセクシー教師にこっ酷く絞られてしまったよ。当然と言えば、当然だが。
なに? そんな美人教師にお説教とかご褒美じゃないかって? そう思う君は、ちょっと妄想癖があるんじゃないかな? もう少し、現実をよく見た方がいい。
なにしろあの色ボケ教師、あんな優しそうな顔して、実際は腹黒で超ドSなんだぜ? あの笑顔のまま、理詰めで追い込まれる恐怖ったらないよ。あの教師、笑ったまま人を殺すタイプだな、きっと。
未曽有の災難に、僕はその日に霧島から借りていたCDを返す為、屋上で待ち合わせをしていたのを完全に忘れていたことに気付いた。
待ち合わせの度にこんなに大遅刻してたら、今回は怒りを通り越して嫌われちゃうかもな。でも、元はと言えば霧島が悪いんだ。僕の夢であんなエチエチなことをしてくるんだからな。
僕がそんなどうしようもない自己弁護をしながら、昇降口付近を通りかかると、何やら校門の方でちょっとした人だかりができていた。
霧島を待たせているし、普通であれば気にしないで通り過ぎるところだったけど、周囲から只ならぬ声が聞こえ、僕はハッとして足を止めた。
「五竜高の女子が校門に来てるらしいよ」
「なんか、霧島 摩利香を呼んで来いって言ってるみたい」
「あれかな? もしかして霧島事件のお礼参り?」
「怖いよね、絶対に関わりたくないよ」
まずいな、このまま霧島を校門に近づけたら、大きなトラブルになる。霧島の携帯の番号なんか知らないし、とりあえず一旦校門で何が起こっているか様子を見に行こう。
僕は急ぎ靴を履き替え、人だかりのできている校門へと走った。人だかりを掻き分けて校門へ近づくと、胸焼けがしちゃいそうな程ケバいDQN系の女子三人組がとぐろを巻いていた。
「だから、早く霧島 摩利香連れて来いって言ってんだろ?」
「い……いや、僕はその人良く知らなくて……」
「あーん? 皇海に通ってて、霧島 摩利香を知らねーわけねーだろ!」
「姉さん、こいつら皆んな霧島 摩利香にビビっちまってて、口割らないスよ」
「ちっ! たく、ずいぶんとちゃんと教育されてんじゃねーか」
DQN系の女子たちは、校門でうちの生徒たちに絡んでいる。あの見た目からしても、言葉遣いからしても、きっとロクでもないことを企んでいるに違いない。
僕はそいつらに絡まれないよう、そっとその場を後にしようとするが、絡まれている生徒から思わぬ声が上がった。
「あ、あいつです、霧島 摩利香とよく一緒にいる奴!!」
「……は?」
僕は不意に指をさされ、DQN系の女子たちはそれに合わせて僕を睨んだ。仮にも自分の学校の生徒をあんな簡単に売るなんて、ずいぶんとクソ素晴らしい判断じゃないか。
DQN系の女子たちが僕に向かって、どんどん距離を詰めてくるもんだから、僕は思わずたじろいだ。
「あーん? てめーが霧島 摩利香の舎弟か?」
「は……はい?」
「姉さん、こんなシャバ僧が本当に霧島 摩利香の舎弟なんスかね?」
「あいつ、自分が逃げたいからって、うちら騙したんじゃないスか」
一体どうしたらいいものか。それにしても、このDQN系女子のリーダー格の人、脱色で髪は傷んでて、肌も変なメイクのせいでくすんで見えるけど、目鼻だちは整ってて素は割と美人だな。なんだか、凄く勿体ない。
ああ、やばいやばい、こんなとこで道草食ってたら、痺れを切らした霧島がこいつらに遭遇しちゃうかもしれない。
だけど、僕のそんな憂慮は既に現実のものになろうとしていたのだ。
「ね、姉さん、なんか皇海高の奴らの様子がおかしいッスよ!」
「どうしたんだよ、こいつら!?」
周囲の生徒が急に騒めき始めた。人だかりとなっていた校舎から校門へ続く道は、まるで旧約聖書でモーゼが海を割ったかのように開かれ、一人の少女の到来を告げた。
黒いパーカーにメッセンジャーバッグ、透き通るように白い肌に水晶のように美しく、研ぎ澄まされた刃物みたいな瞳をした少女は、ひっそりとミステリアスに、周囲を嘲笑うかのようにこちらへ向かって来る。
「……いつもいつもいつも、あなたと言う人は一体どうなっているの!?」
そう……滅茶苦茶キレながら。DQN系の女子たちに接触する前から、幸か不幸か霧島は臨戦態勢万全であった。
「霧島 摩利香の奴、やる気満々じゃねーか!」
「やべーよ、あの三人組、絶対殺されるって!」
「おい、誰か先生呼んで来いよ!」
周囲から聞こえてくる霧島への恐怖の声、僕は何の対策も(色々な意味で)できないまま、校門の前で彼女と向かい合ってしまった。
「那木君……どういうことなの? 私との約束を一時間もすっぽかしておいて、他校の女子と楽しく女子会かしら?」
「いや、違うよ! えーと……そうそう、この人たちお前を探しててさ、僕が知り合いだとバレて絡まれてたんだ!」
まさか、授業中に霧島のエチエチな夢を見てたせいで、職員室に呼ばれていたなんて言えないよね。とりあえず、もう鉢合わせちゃったんだから仕方ない。全部この人たちのせいにしておこう。
僕がテンパりながらこの三人組のことを説明すると、霧島はDQN系女子たちを一瞥して言った。
「あなたたち、私からアルバム一枚分もの時間を奪っておいて、どう落とし前つけてくれるのかしら?」
「ぐっ……これが霧島 摩利香か!? 小さいが、この眼光、ただ者じゃねー……」
「姉さん、ヤバくないッスか? 滅茶苦茶キレてますよ!」
「そうっスよ! ここは一旦出直した方が……」
僕に対する怒りマックスだった霧島に睨まれ、DQN系女子たちは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。
とりあえず、武力衝突は避けられそうだと胸を撫で下ろすが、腐ってもDQN系だ。彼女たちは無駄に気合を見せた。
「く……せっかくここまで来たんだ! ここで逃げちゃ、女が廃るってもんだよ! おめーら、行くよ!!」
「はい、わかりました! 姉さん!」
「手筈通りッスね!」
DQN系女子たちは三人でタイミングを合わせて、一気に前に飛び出してきたんだ。僕はたじろぎ、霧島が舌を鳴らしたのが聞こえた。
そう、このDQN系女子たちは僕らの想像を遥かに超えていた。彼女たちの取ったその行動に、僕はおろか霧島までもが思わず息を呑んだのだから。
「……な、何を!?」
「どどど……げ!?」
僕と霧島が目撃したのは、箸にも棒にもかからないようなDQN系女子三人による土下座……額を地面に擦り付けんばかりの圧倒的土下座だった。
「いきなり学校へ押しかけたことは謝るよ! だけど……あんたを女と見込んでお願いだ! どうかあたしらをあんたの傘下に加えてくれ!」
「あたしらからもどうか、頼んまス!」
「もう、あんたしか頼れる人がいねーんス!」
この全く予想だにしなかった光景に、流石の霧島も鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。それもそうなんだが、問題なのは周囲からの冷ややかな視線だ。
「何あれ? ちょっとヤバくない?」
「すげー、流石霧島 摩利香だ。戦いもせずに五竜のヤンキーを土下座させちまった!」
「俺、女子高生の土下座って初めて見たよ……」
「何もあそこまでさせなくても……」
「学園最凶の女はやることが違うな、逆らう者には容赦ねー。ああやって、屈服させて服従を強いるのか……」
周りの生徒たちからは、案の定あることないこと勝手な推論が飛び交っている。霧島は珍しく赤面してオロオロしていた。これはこれで、可愛くてありだな……。
「な……那木君、これは一体どういうことなの!? この人たち、こうやって私に恥をかかせる新手の嫌がらせのつもり!?」
「あ……いや、違うと思うよ、多分……。とりあえず、ここだと目立つし、お互い募る話もあると思うから、場所変えようか……」
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