屋上での邂逅
昼休みまでのテンションはどこへやら、僕は放課後に近づくにつれてどんどん気分が悪くなってきていた。
そりゃ、僕だって霧島 摩利香の陰謀論めいた噂なんて信じちゃいない。ただこの段階で言えることは、霧島 摩利香は美人で無口で、おそらくかなり面倒臭い奴だってことだ。
あれだけの美人がモテてなくて友達もいなくて、(おそらく)ぼっち飯食ってるなんておかしいと思ったよ。やっぱり何か地雷を抱えていたんだ。
とにかく約束をすっぽかして、後で仕返しでもされたら嫌なので、僕は重い腰を上げて霧島 摩利香の待つ屋上に行くことにした。
幸か不幸か、この日は掃除当番だった。しかも一緒に当番だったウェーイ系の男子たちは、ふざけているばかりでロクに掃除をしない。そのせいで、予定よりかなり時間を押してしまっていた。
その上、ただでさえ時間が押しているのに、挙句の果てはその男子たちが、
「ごめーん、那木君、俺たち部活あっからさ、後やっといて!」
とか言って、僕に掃除を押し付けて帰ろうとする始末だ。まあいい、どうせいても大して役に立たないし、うるさいから逆にいない方が気が楽だ。そう、今日でさえなければね。
「ああ、悪いけど俺もこの後用事があるというか、約束があるというか……」
「え? 約束って、もしかして女子とか!?」
「バカ、お前、那木君が女子と約束なんてあるわけねーじゃん! 少しは那木君の気持ち考えろって! 可哀想だろ!」
「ひゃっひゃっひゃっ! お前全然可哀想だと思ってねーだろ、マジ受けるんだけど!」
ああ、残念だけど、今日ばかりは本当にそうであって欲しいと思うよ。授業終わってからかなり経つし、あいつ怒ってないといいけどな……。そうそう、例えばあんな風に……って、ん?
「でさ、那木君、実際どうなわけ? マックスないと思うけど、もしかして本当に女子なわけ?」
「あ……うん、女子っていうか、あ……あの人」
「……え?」
教室の入口には、メラメラと何かをたぎらせた霧島 摩利香が、物凄い形相をして立っていた。どうやら、待ちぼうけを喰らって相当怒りマックスのようだ。
「ききき、霧島!? どど、どうしてここに!?」
「なな、なんか滅茶苦茶キレてるし!?」
「やや、やべーってマジ! 殺されるって!!」
ウェーイ系の男子たちは一瞬で腰を抜かし、へたり込んだ。そんな彼らのことなんか気にも留めず、彼女は急ぎ足で僕の元へと向かって来る。僕はたじろぎ、息を呑んだ。
「遅い! 遅すぎるわ! あなたが来ないから、全クラス捜し回ってしまったじゃない!」
「ごごご、ごめん! 仕方ないんだ、掃除当番でさ……」
「一体何時間掃除をやっているの? もういい加減終わるんでしょうね?」
「いや……それがさ……」
僕は横でへたり込んでいた、ウェーイ系の男子三人に目をやる。それに合わせて、霧島もその三人をキッと睨み付けた。
「あはははは……那木君、後は俺たちがやっておくよ!」
「え? ……でも」
「そうだよ、那木君、女の子をあんまり待たせるなんてよくないぜ!」
「な、俺たち友達じゃないか!」
と、彼らの心にもないご好意によって、ようやく僕は怒りマックスの霧島と共に屋上へと向かうことができたわけだ。確かに結構怖かったけど、本当に皆んな陰謀論が大好きだよね。
屋上へ続く階段室の扉を開くと、空は僕の気持ちを反映してか、どんよりと曇っていた。遠くから運動部の奴らの大きな声と、吹奏楽部の演奏の音が響いてくる。
一体僕はどうなってしまうのやら。僕と霧島は言葉を交わすでもなく、屋上の中央へと歩いて行き、向かい合った。
「で……あなた、一体どこまで見たの?」
「え……? どこまでって……」
霧島は相変わらず怒っている……というか、僕のことをめちゃめちゃ警戒しているようだった。そうか、確か彼女は生徒手帳に書いてあったことで……。
「ま、まあ、拾ってしまったんだから、少しくらい見てしまうのは仕方ないわ……そう、少しくらいなら……」
「ああ……言いにくいけど、一通り……全部見ちゃった」
「ぜぜぜ、全部!!?」
僕も馬鹿だから適当に誤魔化せば良かったのに、正直に答えてしまったんだよね。霧島は余程ショックだったらしく、両手をコンクリートの地面につけてへたり込んでしまった。
どうしよう、僕への怒りはどうやら収まったみたいだけど、これはこれで何だか気まずいぞ。そりゃそうか、こっそり書いてたポエムを知らない奴に見られたら、目も当てられないわな。とにかく、何かフォローしないと……。
「えーと……あの、確か……“ひとつ言っておくが、人は何でも変えられる。世界中の何でもだ”だっけ? すっきりするくらいポジティブ……ていうか、勇気出るっていうか、なんか心に刺さったよ! あれは君が考え……」
「……ジョー・ストラマーよ」
「……へ?」
さっきまで絶望の淵を漂っていた霧島は、突然息を吹き返してゆっくりと立ち上がった。とりあえず、フォローできた……のか?
「クラッシュのジョー・ストラマーよ! もしかして知らないの!?」
「ああ、ごめん、聞いたこともない……」
「そ……そんな馬鹿な、信じられない!」
僕の返答が悪かったのか、霧島は酷く驚いてまたまたショックを受けていた。ヤバいぞ、本当に分からない。ここはまた上手く誤魔化すしか……。
「えーと、俺はその、最近の流行というか、色々疎くてさ……よく他の奴にも驚かれるんだ」
「そ……そうなのね、なら仕方ないわ。ジョー・ストラマーを知らない高校生なんて潜りだもの」
「ああ、そうなんだ! 初耳だな、良かったら、俺にもそのジョー何とかさんがどんな人なのか教えてくれよ」
その場を繕おうと、僕はついつい余計なことを口走ってしまう。そう、それが間違いだった。霧島は急に上機嫌になったかと思ったら、やたら得意気な顔をして語り出したんだ。
「一九七〇年代後半のパンク・ムーブメントで、ロンドン・パンクを代表するバンドはいくつかあるけど、クラッシュはピストルズと並んでシーンの顔だったわ。その二大バンドも、元はアメリカのラモーンズに影響を受けたと言われ、ロンドンツアーの際には――」
さっきまでクールで無口だった少女が、クラッシュのジョー・ストラマーがどんな人なのか、時が経つのも忘れて話し続けている。
勿論、僕は霧島の言ってることなんてさっぱり分からなかった。唯一分かったのは、彼女の言ういわゆる「高校生」ってのは、おそらく世間の感覚からは相当ずれているってことだけだ。
それでも僕は彼女の人間離れした可愛さに、話半分、ボーっとしながら彼女の顔に見惚れていた。
「早くに空中分解してしまったピストルズと違って、クラッシュはパンク・ムーブメント終焉後も活動を続けたわ。その中でレゲェなどの要素も取り入れたり、実験的な楽曲も多かったの……ちょっと、聞いているの?」
「……ああ! 本当に……えーと、す、凄い人なんだね! うんうん、是非僕も機会があれば……その……楽曲を聴いて……みたいな!」
これが本当に良くなかった。霧島には本音と建前ってやつが全く通じなかったんだ。彼女は僕のその社交辞令に反応し、表情こそ変わらなかったものの、滅茶苦茶嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。
「ま……まあ仕方ないわね、あ、あなたがそこまで聴きたいと言うのであれば、聴かせてあげないのは……そう、意地悪というものだわ」
「あ……あの、霧島さーん?」
「あなた、このあと勿論空いてるわよね?」
「……へ?」
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