第2話 冥府の門とカタログギフト
「どうも、また会えましたね」
僕は巨大な3つ首の怪獣に背中を踏みつけられていた。
蛇のたてがみ、トカゲのようなしっぽ、猟犬のような顔をした巨獣だ。
鋭い爪のある大きな足で押さえつけられてはいるが、どういうわけか、僕が身動きが取れない程度で優しく体重をかけられている。
「……なんで死んでるのよ、あなたは」
昨日会った、ツキミとカスミの二人が立っていた。やはり見た目は瓜二つで髪の色でしか見わけがつかない。
金髪のツキミは唖然としているが、銀髪のカスミの表情はヒクついている。
「死んだ? 僕が? 確か……家に帰ってカタログを読んでいたところまでは覚えているんですけど……」
そうだ。病院に行くのを忘れてた。
「病院に行くの忘れてました」
「あほか」
「すみません」
銀髪の少女──カスミに顔を踏みつけられ、ぐりぐりと靴裏を圧しつけられる。
「謝って済むことじゃないのよ、これは! 神さまから差し伸べられた手を振り払ったのよ、あなたは!」
「ちょっとお姉ちゃん、やめ──」
ちゅどーん、と、天空から稲妻が走りカスミの脳天に直撃する。
その場に大の字で倒れるカスミ。
「……だから言ったのに」
カスミは頭頂部から細い煙の帯をゆらゆらと伸ばしている。
身じろぎひとつしない。
「一体、僕はどうなったんですか」
巨獣に踏みつけられたままの体制でツキミを見上げる。
「村上良太さん、あなたは自宅で死んでしまいました。こは冥府の入口。あなたを踏んでるのはここの番犬。あなたが来たら先に行かせないように命令しておいたの」
「先?」
「閻魔様のところ。そこに行ってしまったらおしまいだから。サラメヤ、もういいわ。この人を放してあげて」
耳を塞ぎたくなる咆哮の後、背中から重みがなくなった。
サラメヤと呼ばれた巨獣はゆっくりと座り、どすんと寝転び、3つ首を地面につけて眠ってしまう。よく見るとサラメヤの目はそれぞれ4つあった。12もの瞳があったら誰も見逃しはしないだろう。
僕は立ち上がる。
巨獣の背後には、高さ10メートルはある巨大な黒い扉がそびえていた。扉の表面には複雑な幾何学模様の装飾が施されている。
「この門は?」
「冥府の門。死の入口」
はい、と言って、分厚いカタログを渡される。
「村上良太さん。幸か不幸か、あなたの不幸は昇格しました。これは最上位ランクの『松』カタログ。『梅』とは比べものにならない飛び切りのギフトが掲載されています」
「あの、僕死んでるんですよね。今更ギフトを貰っても……」
「なんと今なら蘇生つき!」
「ほんとですか!」
やった。生き返られる。
「あいたたた……」
雷に打たれて倒れていたカスミが目を覚ます。
「当選者様を踏みつけるなんて酷いことをするからだよ。天罰だよ」
ふらふらと立ち上がるカスミに、ツキミが注意する。
「し、仕方ないじゃない。こんなアホ、これまで見たことないわ。病院行けって言ったのに忘れて死ぬのよ? そんなことある?」
「すみません。ご迷惑をおかけしまして」
深々と頭を下げる。
なんだか僕のせいで迷惑をかけてしまったようだ。
「あの、聞いてもいいですか。僕はこれからどうすれば……」
生き返ることができると言われたけど、死んだ僕が生き返って問題ないのだろうか。両親にも会いたくない。
「あなたの望みは再就職でしたよね」
「はい」
「そのカタログに仕事というカテゴリがありますから、そこから好きな会社を選んでください。書類選考・面接なし、即採用の優良案件ばかりです」
「ほんとですか!? すごい」
全面金色のカタログの表紙を見ると『神さまのカタログギフト【竹】』と大きなフォントで印字されている。
「別に再就職以外を選んでもいいから」
と、カスミが補足する。
「わかりました」
僕はページをぱらぱらとめくる。
分厚いカタログには目次もあって、ちゃんと日本語で書かれていた。
「ええと、仕事仕事」
あった。
仕事は128ページから256ページまで。2社で1ページ使っているようだ
会社名、事業内容、仕事内容、勤務地、職種、給与、勤務時間、休日・休暇、待遇・福利厚生──それぞれ細かく書いてある。そしてどの求人も『経験不問・即採用』と書かれている。
「……凄すぎる」
「最上級の【竹】だからね」
得意げに、胸を張る金髪少女のツキミ。
「ちっ、早く選びなさい」
その一方、銀髪少女のカスミは冷たい。
貧乏ゆすりのように靴のつま先で地面をトントンと叩いている。気が短いのかもしれないが、さすがに短すぎやしないか。
僕はページを読む手を止める。
仕事内容、IT インフラエンジニア──なんかカッコいい!
カタログには大きな月の前で腕を組んで佇む眼鏡の女性、そして360度回転式の円柱状の本棚がUFOのように空に浮いていてる写真が掲載されている。それもカッコよかった。
IT……ということは、パソコンとか、そういうものの技術者のことだろうか。倒産した前職でもパソコンは使っていたからその知識も少しは役に立つかもしれない。
「ここにします!」
「え、そんなに簡単に選んでいいの? 条件とか、勤務地とか、普通はじっくり見て決めるものだと思うけれど」
「神さまが選んでくださった会社ですから、きっとハズレなしです」
僕は根拠もなく断言する。
まだ僕は新卒3年目だ。選り好みできるほどの実績もないし、特別な何かを学んでもいない。それなら少しでも興味の湧く会社に入りたかった。
「そうかしら」
そう言ったカスミの頭上からまた雷が落ちてきたと思った瞬間──カスミはぎりぎりで狐化して雷をかわす。再び銀髪少女に戻って、
「ふふん、何度も同じ手は食らわないわ」
自慢げに言ってくる。
僕は空を見上げる。何か、紙のようなものがひらひらと落ちてきているのが見えた。二人は気づいていないようだ。
「村上良太さん、この@(アット)という会社でいいのね」
「はい。そちらでお願いします」
「ではさっそく始めます。お姉ちゃん」
「はいはい」
二人は手を繋ぎ、10メートルほど僕から離れる。
何やら意味の通じない呪文のようなものを唱え始めると、僕の足元に光のサークルができ、スピログラフで描いたような複雑で緻密な図形に変化していく。続いて足元からも光の線が無数に放射され、枝分かれして僕を覆い隠していく。
「あのー! 僕はどうすればいいんですかー!」
結構距離が離れているので大きな声を出す。
「あなたはー! 死ぬ直前とだいたい同じ年齢と容姿に転生してからー! 就職先のある世界に転移されるわー!」
「えっ?」
僕が疑問符を送ると、
「えっ?」
ツキミからも疑問符が戻ってくる。
だが、僕の質問に対する二人からの返事はなかった。
無数の光に包まれていたのに、視界が突如暗転する。平衡感覚が無くなり、気分が悪くなってくる。
ツキミは転生と言った。
だいたい同じ年齢と容姿に──ということは、僕は一度死ぬのか。
村上良太は死んで、次は何になるのだろう。
『僕』とは何なのだろうか。
幼い頃、僕は自分のことを『オレ』と言っていた。
社内人になって上司や先輩、社外の人たちには『私』を使い、同僚や後輩に対しては『僕』と自称した。
自分を使い分ける日々は、自分がどんなものだったのかも鈍らせてしまっている。
次の世界ではこのブレを修正できるできると、いいな。
死の直前には走馬灯を見ると言うけれど、僕がそのとき思い出したのは、道端に仰向けで死んでいる小さな毒グモのことだけだった。
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