第11話


                 11


 宇来への自動車運転の練習が始まった。 場所は、MR(エムアール)コーポレーションの従業員駐車場だ。 専務には許可を取って有り、週末なので他の車もなく、社用車も隅に並んでいるので、気楽に練習できる。

 練習には、未来にも手伝ってもらい、朝樹と兄妹二人で宇来の面倒を見る。


 だが、さすがにペーパー歴が長く、感覚が戻って来るまでは、もう一息という所だ。



「宇来ちゃん、白線踏んでるよ、もう30cmくらい右だよ」

「イイ線行ってたんだがな~」


 宇来は免許を取ってから約3年以上、殆ど運転していない。 せめて免許取得後、半年でも運転していたら、感覚の戻りも早いとは思うのだけれど、さすがにほぼ経験が無いに等しいもので、付き添いも苦労する。


「未来、ちょっと交代な」

 そう言って、今度は助手席に、未来が乗った。


 未来は、時々母親とショッピングに行く時には、殆ど運転しているので、結構運転は上手だ。 『私、車庫入れ好きなんだ~』 と言うくらい、車庫入れはビシッと決まる。


「未来ちゃん、ゴメンね~下手で」

 宇来が済まなさそうに謝ってくる。 そんな姿を見ても、未来は嫌な顔一つもせずに、根気よくレクチャーする。


 少し慣れてきたのか、車庫入れも、バックも、それに普通走行も、何とか一般道に出ても支障が出ない程度にはなって来た。 さすがに3週連続の週末レッスンで、何とかカンが戻って来た。

 レクチャーの途中でも、時々一般道に出ては、また誰も居ない駐車場に戻って来る。 また、時々は、夜のコンビニにも行く様にして、暗い中でも慣れる様にした。


「だいぶ上手になって来たから、少し休憩したら、宇来の運転でこのまま帰ろう」

「はい」


 さすがにずっと運転の練習をしていたので、宇来も疲れたみたいだった。


 会社のエントランス横にある自販機で、思い思いの飲み物を買って、朝樹が二人に渡す。 そのまま暫く休憩してから、3人を乗せた軽自動車は、宇来の運転でゆっくり帰って行った。



                   ◇


「は~、疲れたよ~....」

「お疲れ。 大分上手になったな、宇来。 もう普通に一人で通勤できるレベルだ」


 土曜日、今日も朝から、そこそこの時間しっかりと朝樹のレクチャーで、指導してもらい、夕方藤堂家に帰って来た。

 夕食も終わり、今は朝樹の部屋だ。


 これで、4週連続になる運転の練習だが、さすがに普通に操作出来るようになっている。 もう明日からでも、何処かにドライブに行ける程に、運転の勘が戻って来ていた。


「ありがとう。 コレも朝樹さんと未来ちゃんのおかげで何とかなれて、感謝しているんだよ」

「結構、短期間でがんばった甲斐があったな。未来も近いうちに、何処か二人でショッピングに行きたいな、なんて言ってたからな。 とにかく良くやったよ宇来は」


「あ、もう9時前か~。 朝樹さん、私そろそろ帰るから」

「分かった。 じゃあ送って行くから、行こうか」


「........」


「?、どうした?」


「あの、朝樹さん....」

 何か言い難そうにする、宇来。 それを察した朝樹が。


「良いから言ってみな」


「あ、あのね....、今日私の部屋に、泊まっていって....」


分かっていたかの様に、返事をする朝樹。

「そうか....、分かった、両親に言ってくるから、取りあえず、行こうか」

「うん」


 顔を赤く染めながら、部屋を出た。



 両親が居る一階のリビングに行き、毎週車を貸してくれた恵にお礼を言って、宇来との話があるから、今日は結構遅くなるかも、と、取りあえず言っておき、二人で家を出た。


 藤堂家から出た後も、二人は無言で歩き、数分の道のりの後、宇来のアパートに着いた。

 アパートに着いて、朝樹は着替えの入ったスポーツバッグを隅に置いて、ローテーブルに座ると、キッチンから宇来がマグカップを二つ持って来た。


 宇来も朝樹の横に座り、マグカップをテーブルに置いて、早速話し出す。


「朝樹さんコレまでありがとう。 やっとまともに運転できるようになって、これで、朝樹さんの心配事が一つ無くなったのかな?」

 淹れてくれたコーヒーを一口飲み、宇来に向いて。


「それで、ちょっといいかな?」

 何か、何処となく雰囲気が違う事に気が付き、促す宇来。


「言って、朝樹さん。何か言いたくて、来たんでしょ? だから、 あなたの思っている事を、言って、正直に」


 少し間を置き。



「実は、オレって、二十歳の頃、凄く結婚願望があったんだ。 二十歳前後の男には、一度良くある事らしいけど、それを過ぎれば、その願望も薄れて、普通に女性と付き合うとかになるんだけど、オレは違ったんだ」

「どう違うの?」


「それが、今でもその願望が維持しているって事なんだ」

「朝樹さん、それって…」

「なんかキモイだろ、そんな男が、普通に宇来みたいなカワイイ女の子を好きなって」

「そんな事ない、そんな事ないから、気持ち悪くないから、朝樹さんは」


「フッ....、ありがとな、嬉しいよそんな風に言ってくれて」

「本当だから」



 その言葉に安堵した朝樹は、宇来を抱き寄せた。


「それに、時々独り言まで出てしまうんだ」

 少し間を置いて。



「結婚したい....、って」


 その言葉を聞いて、目を見開いてハッとする宇来。 たまらずに、朝樹に自分から抱き着いた。


「....、もだよ...」

「え?」


宇来はとっても嬉しそうに。

「私もなの、私も時々口から出てしまうの、一人になると 結婚したいなって...、何でなんだろうね」

「そうなのか?」

「そうなの。 何なんだろう、時々ね、一人になって周りが静かになると、 あ~ 結婚したい って、えへへ...、同じだね朝樹さんと」


 朝樹は、宇来が自分と同じことを、時々考えている事に、とても感銘した。 この娘(こ)も、自分と同じで、この若さでその様な事を考えるんだ、と...。


「時々でも、同じ事を思っている女の子が居る事が、とっても嬉しいな。 普通、二十歳そこそこなんて、ま~だまだ、遊びたい時で、結婚なんて、縛られたく無いのが普通なのに、たまたま出会ったオレ達が、お互いに、一緒の願望があったなんて、これは宇来と神に感謝だな」

「でも、わたしは朝樹さんを好きになったのは、若さありきの勢いじゃあ無いんですよ。 だって、私、今まで彼氏とかいた事がないんですから」

「マジ?」

「マジです」

「それって、オレにとって、こんなカワイイ女の子が、今まで残ってくれていたことが、とても嬉しい」


 よくぞ今まで残っていてくれたと、朝樹は心底安心した。しかし、宇来からの次の言葉に、困惑してしまったのだった。



「じゃあ、朝樹さんって、今までにお付き合いしてきた女の人って、何人くらいいたんですか?」

 これには絶句した。

 そして、さらに追及。


「ねえ...」

「う!」


 少し膨れた頬で、宇来が訪ねる。

「何か知られたら不味い事でもあるの?...、わたしはちゃんと言ったのに、ずるい!」

「う!...」


「う...、じゃ無くて、答えて、あ、さ、き、さん」


「........」

「あれ~、黙っちゃった。 後ろめたいことでもあるのかな?」


「実際に、付き合ったと言って良い女の子は、確かに居た。期間は長かったけど、ほとんど進展しないまま終わったかな」

「それいつ?」

「わ!、結構ダンボだな。 ま、いいか。 高校の時なんだけど....」

「そうなんだ、居たんだ....。朝樹さん、カッコいいもんね」



 朝樹の容姿は結構イケてる男子だ。 宇来には黙っているが、告白は2桁はあった。  その容姿なのに、性格が おとなしめなので、優柔不断もあり、告られたのに、その場で告りを取り下げられる事もあった。

 そうなると、女子生徒の間で、告ってもはっきりしない男子 というレッテルを張られて、その後、女子からの告りがピタッと止まった。 

 周りでは、カップルがあっちこっちに出来始め、それを見ているうちに、これではいけないと思い始めた朝樹は、自分から告りに行こうと思い始めたその頃、一人の校外の女子生徒が告白してきたのだった。


 コレは自分を変えるのに、いいタイミングだと思い、告白を受ける事にした。

だが、やはり当時の朝樹の性格が邪魔をして、進展が殆ど無いまま、約1年の交際が、卒業と共に終わった。


 この事を宇来に話し、その反応を朝樹は待った。


 しかし、意外な答えが宇来から帰って来た。


「あ~良かった。 私が初めての、本気な彼女なんだよね? 朝樹さん」


 このリアクションに、朝樹は拍子抜けした。

 当然イヤな捉え方をされるかと思っていたのに、この娘(こ)は....。


「でも、今の性格とはまるで違うんじゃないかな?」

「それは....。この会社に入ってからなんだ」

「社会人になってから性格が変わったって事?」

「性格なのかな? とにかくまず、今までの性格では、この業界ではやっていけない事が分かり、自分から進んで声掛けをしていかないと、人が振り向いてくれない事に、気が付いたんだ」

「それ、社会に出てから分かったの?」

「遅いだろ、気が付くの」


 少し考えてから。

「でも、それまで誰にも本気で捕まってないお陰で、私のモノになったんだから、それは、結果的に良かったと思う」


「宇来、私のモノって....」

「あは!、女子の方から言う言葉じゃないかな」

「ははは....、宇来のそういうとこ、やっぱ好きだな」

「なぁに急に、照れるじゃない」


 朝樹が宇来の事を、まじまじと見る。

 「宇来って、最初に出会った時に比べると、かなり、親しくなったな。 言葉使いも、他人行儀さがやっと無くなって、最近の宇来がオレ好みに拍車を掛けているって事、知らないだろ?」


「ホントに止めてよ、照れるじゃない」



 朝樹は両手を上げ、伸びをして..。


「さあて、風呂に入ろかな」

「あ、まだお湯入ってない、でも、洗ってあるから、お湯出すだけで良いから、シャワーで体を洗っているうちに、お湯溜まるから、入って来て」


「ありがとう、じゃお先に行ってくる」

「はい、どうぞ」


 スポーツバッグから、朝樹は着替えを取り出して、宇来をニヤっと見て言った。


「一緒に入るか?」

「早く行ってきて」

 即答だった。


「はい....」

 と言うしか無かった。





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