実況!!4割打者の新井さん3

ぎん

第1話 3人娘、お披露目

「新井くん。怪我しないように気をつけてね……」



ついに明日は春キャンプ初日。前日のお昼頃。俺は宇都宮駅でみのりんとギャル美とポニテちゃんにお見送りをされていた。




今日出発した後は、ちょうど1ヶ月離ればなれ。





去年出会ってから、彼女達に会わない時なんて、その週が全てビジター遠征になる6日間が最長。




だから1ヶ月会えないなんて気が狂いそうだ。




というわけでなんとかその気持ちを発散させなければいけないわけだが、ギャル美とポニテちゃんが目を光らせているので、暗がりに連れ込むことも出来ず。




仕方なくみのりんの両手を掴んで、その場でくるくる回るくらいしか出来なかった。




「あんた。ちゃんと練習は真面目にやりなさいよ。キャンプをサボッたりしていると、シーズンの成績に響いてくるんだから。ホテルの食事も、脂っこいものばかり選んじゃダメよ」





まるでお姉ちゃんみたいな口振りで、ギャル美はそう俺に忠告する。




「分かってるって。晩飯は必ず写真を撮ってみのりんにメールで送るって約束だもん……ねー!」





「ねー!」






「そういうわけなので、唐揚げとかハンバーグとかステーキとかばっかりにならないように気をつけるので安心して下され」





「あら、そう? なら、いいけど。……でも、写真撮った後に別の物を食べるなんてズルはなしよ?」





「分かってるっちゅーの」





「あ、そうだ。さやかちゃんに渡そうと思っていたんだった」




「渡すもの………ですか?」





ポニテちゃんの、何かありましたか? みたいなキョトン顔を網膜に焼き付けながら、俺は背負っていたかばんから、5枚の茶封筒を取り出し、それを谷間に挟んであげた。





「さやかちゃん達も、明日から沖縄旅行でしょ? これは俺からのお小遣い。みんなに渡しといて。中身は、1等が10万円で5等は1000円だからね」





「え!? ということは、受け取った私が1番有利………」





「さやかちゃん。冗談だよ。無くさないように気をつけてね」




「はい! ありがとうございます!!」





さやかちゃんは俺がまるで命の恩人のように茶封筒を両手で握って何度も頭を下げる。




その横で、みのりんとギャル美が羨ましそうにしていた。




「ちょっと、あたし達にはお小遣いないわけ? あんた、年俸3000万円でしょ?」





「新井くん。この後ラーメン食べに行くから、1000円ちょうだい」





みのりんまでそんなことを……。





俺が慌てて財布の中身を確かめようとすると、2人は吹き出すようにして笑った。





「バカねえ。冗談よ」




「新井くん。冗談。自分でお金を出したラーメンだから、それはラーメンなのです」





みのりんが何を言っているか分からないです。







「おーい、新井さーん!!」




久々に聞いた声が反対口の階段を上がってくる通路から聞こえる。





周りと比べると、ちょっとガタイのいい男が2人。俺と同じように、大きなセカバンやキャリーバッグを引いてやってきた。





その男2人に、ギャル美とポニテちゃんがソッコーで食い付く。





「あっ、アレ! 柴崎恭平じゃない!!」




「その隣は、桃白選手ですよ!!」





ちょっと遠目からでも分かるくらいに、女の子2人にちやほやされて、上機嫌な柴ちゃんと桃ちゃんがこちらをニヤニヤしながら近付いてきた。




「おはよっす、新井さん。ちゃんと遅刻しないで来ましたね」



柴ちゃんがセカバンを肩から下ろしながらふうっと息をついた。




「よう、久しぶりだな。桃ちゃんも」




「ういっす。新井さんは変わらず元気そうっすね。……というか、ちょっと太りました?」




桃ちゃんがそう言うと、柴ちゃんは俺の丸くなった顔を見て大笑いした。





「ほんとだー! やべー! 絶対コーチに怒られるやつだー!!」




俺のイケメンフェイスを指差した柴ちゃんに合わせるようにして、他の4人もゲラゲラと笑い、なんとなく打ち解ける感じになってきた。





つまりは、柴ちゃんと桃ちゃんに、みのりん達を軽めでも紹介しなきゃいけない雰囲気になり、冷静にめんどくさいなと俺は感じた。








なんとなく俺が太ってきたイジリで一旦場が和み、俺以外の全員が顔を見合わせる。



全員が俺きっかけの何かを待っている感じだったので、俺はそれに反抗してただ真顔で、何もない壁を見つめ続けていた。





「あんたが紹介しなさいよ! 両方の知り合いでしょうが!!」





ギャル美渾身のキックが俺の可愛いおケツの芯を捉える。




「分かってるよ!! ちょっと勇気出して小ボケしてみただけじゃん! えっと、皆さんご存知の通り、こちらは柴ちゃんです。センターです。足速いです。歳は俺の5個下。23歳です。



こちらが桃ちゃんです。ライト守ってます。肩が強いです。25歳です」




「よろしくー」




「桃白っす。よろしくっす」




柴ちゃんがやあと3人娘に右手を挙げて、桃ちゃんは帽子を外しながらペコッと会釈した。




「こちらの子が山吹みのりんです。俺の隣の部屋に住んでます。料理上手です」




「はじめまして。新井くんがいつもお世話になってます」





みのりんは礼儀正しく3人それぞれにペコリと頭を下げた。




「こちらが、長谷川マイ様です。みのりんとは幼なじみです。イラストレーターやってる子です。……なんと、ビクトリーズのキャラグッズやポスターなんかもデザインしています」




「よろしくでーす。おかげさまで稼がせてもらってまーす」





「こちらが山名さやかちゃんです。スポーツトレーナー志望です。今年の春に大学を卒業するピチピチですよ」




「山名です。よろしくお願いします」






俺はそんな感じで自己紹介を済ませる。



「皆さん可愛いですね!」



「そうそう!新井さんにはもったいない!」




などと、柴桃はまた大笑いしながら場を盛り上げていた。



そんな感じで談笑していると、近くの階段から同じくキャンプに出発する寮から来た2軍メンバーがぞろぞろとやってきたので、俺達野球選手は泣く泣くみのりん達とお別れになってしまった。

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