天動

 さあどうしよう、と俺はモニターを見ながら考える。先ほどまで深海を映し出していたモニターは今新技術展示会を映し出している。ただし襲撃されている最中の。周囲は試合開始前と同じ小さなホール、そこに3台の量産型Apollyonが膝をついている。唯一の救いは職員の人たちの姿が見えない事か。



「搭乗者、降りてこい! さもなければ射殺する!」



 まさにそこらの繫華街で歩いてそうな地味な服装の上に灰色の防弾スーツを着た、『雷鳴』だと通信機に叫んでいた男たちは散開する。その手にはアサルトライフルが握られていたが問題は銃身の下に取り付けられている拳サイズの円柱だ。Apollyonに乗っている俺はまあ銃弾程度では死なない、それくらい装甲は固い。だがあの円柱から覗いている弾頭であれば。小型化した対戦車砲がアサルトライフルにセットできるようになったという話はゲームで聞いたことはあったがまさか現実にみることになろうとは。そしてあれをコクピットに喰らえば死ぬ恐れがある。つまり、



「まあ死なんでしょ」



 ふぅ、と息を吐く。やることはいつもと変わらない。Ver1.06で整備した時の内部機構を思い出して3つのスイッチを押し込みペダルを踏みこむ。あの時とは違い発電機が無くとも量産型Apollyonの機体に熱がこもる。そもそもこの状況で降参してもあの言葉からして死ぬのが確定している。それならば動いたほうが生き残る可能性が高い。



 Apollyonが起動し始めたのを感じたのか俺を狙う『雷鳴』とやらの手が震え、何語かわからない叫びを上げる。他のメンバーも驚きと共に俺に銃を突きつけた瞬間彼らの背後で膝をついたままのApollyonがぐわり、と加速し立ち上がりざまに蹴りを構成員に叩きつけた。数百キロの金属塊がMNB無しとはいえ恐ろしい速度で飛び込んでくるのだ、ぶつかった二人は武装ごとひしゃげて壁まで吹き飛ぶ。肉が砕ける音すらも蹴りの風切り音にかき消されてしまいそうだ。



 背後からの突然の襲撃に振り返った最後の構成員だがそうすると俺が死角に立つことになる。俺も真似をして、少し姿勢を崩しながら腕で地面を薙ぎ払う。が



「舐めるな!」


「は!?」



 構成員は勢いよく地面を踏みしめ飛び上がる。Apollyonを格納するために高く設定された天井であったが俺の攻撃を回避し易々とそれをふみしめ、反転しながらアサルトライフルで狙いを付ける。そのズボンの下には銀色の薄い機械が張り付いていた。パワードスーツ。ちょっとまてただのテロリストじゃねえのかよ、と焦り、無理やり姿勢をねじる。引き金が引かれると共に構成員のアサルトライフルが火を噴く。銃身の下の円柱から白煙をまき散らして殺意が迫るが、めしりと大地を砕きながら大地に水平になるまで倒したボディの横に消えていく。背後の床に着弾したそれが壮絶な音を奏で床を破壊する様を背に倒したままの姿勢で蹴りを放つ。



 天井から降りようとしていた構成員は宙で俺の蹴りに捉えられ、ぐちゃり、という嫌な音とともに宙を舞う。死んでないよな……と思いながらちらりとそちらを見るが血を流してはいるものの胸は上下している。一先ずは大丈夫そうだ、と胸を撫でおろし援護してくれたApollyonに感謝を告げる。通信を繋ぐと見覚えのある姿が親指を立てて笑ていた。とは言ってもその顔は虚勢という趣が強い。



「流石オレンジ、見事な腕だぜ。MNBがないApollyonでよくそんな動きができるな」


「うーん、単純な戦闘経験だと実はMNB無しと有りが1対1くらいだからな」



 そう、Ver2.00はほぼ使用せず2.01で一瞬使っただけ、Ver3.00もフライアウェイした時だけだ。というかこのゲームのサービス期間が短すぎる。だからこの腕前は『Orange Assist System』に搭載されたデータだ。……あの環境だからMNB無しで戦う羽目になるとか結構あったんだろうなぁ。人の努力を我が物顔で使っているのには少し気が引けるが。てか俺のだけど。



 さて今まで沈黙を保っている3台のうちの最後のApollyonを見る。確か奏多カナタが乗っていた機体だったよな、と思い通信を試みるが返事がない。しばらくして恐る恐る機体から顔を出した彼女がいた。緑色の髪に過剰な装飾の服を着た少女は周囲の安全を確認した後、俺たちを見て顔を輝かせる。



「予言者様が助けて下さったのですね、ありがとうございます。私の機体には起動のためのエネルギーが入っていなくて……」



 あーめんどくせ。こう真っ向からお前は今嘘を付いているんだぞと突きつけられるのはメンタルに来る。子供がする純粋な質問を適当に誤魔化している時のような、そんな気持ちを俺は無理やり飲み込んだ。俺が嘘をついていた方が物事がうまくいく、ならば破綻するまでは付き続ければいい。――もし失敗したら? という疑念を飲み込んで少しわざとらしいくらいに手柄を誇る。



「まあ必要だったからな。それに死なないと分かっていたから」


「おう予言者、相手がかわいい娘だからって急にかっこつけるじゃねえかもしああいうタイプが好みならうちに来ればいくつか見繕えるとは思うぜ?」


「あ、ありがとうございます!」


「何に感謝しているんだ、いいからこの場から離れるぞ。命あっての物種だ」



 そう言って離れようとした時だった。扉の向こうから叫び声が聞こえる。



「異端は死ね異端は死ね異端は死ね異端は死ね」


「人権無いから何してもよし!」


「神の怒りを思い知れぇぇぇぇっ!」



 ……なんか聞いてはならない叫び声を耳にしてしまった気がして扉を閉じようとするもののそれより先に追われる者たちが入ってくる。数人の黒服と上質なスーツを着た男性は息も絶え絶えにこのホールに逃げ込んできていた。ニュースで見覚えがある。確か宇宙開発で有名な、スペース社長といったか。しかしなぜ彼がこんな狂気的な集団に襲われているのか、その意味は直ぐに理解できることとなる。



「引用情報化についての罪は当然償うべきだ。しかし貴様らの、地球が球面であると虚偽をばら撒き神の造りし平面の世界を欺瞞で満たす行為もそれまた重罪、2重の罪科に我らが裁きを下す! 死 ぬ が よ い !」



 いや信仰は自由なんだけどさ。……いつの時代?

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