4-1章『Ver?.??』焦耗戦争

開戦

「計画を前倒しにする! 閉会式まで待たない、オレンジが神の子に手を出す前に殺す!」



 勘次が46式始原分裂体にガトリング砲を突き付けたのと同時に『海月』の声が通信機を通して地下に届く。



 その場所は深い洞窟だった。ただし普通と異なるのは本来あるはずの無い場所に、数日前に生まれたということ。『SOD』の一人、『土竜』の能力によるものだ。上に存在するホールに近いサイズの穴には実に100人近くの人間が集まっている。



 まずは最大勢力、『SOD』。教えに従い神の裁きに歯向かう改変者達を滅ぼそうとする集団。実に40人近くいる彼らはそれぞれ特有の金属部位を持っている。獣人と同じ、機械獣を由来とする証拠である。



 それを苦々しそうな顔で見つめるのが『十字軍』。複数の宗教団体の過激派が混合した組織ではあるが思想はいずれも同じ。引用情報化をさせてはならない、という思想によるものだ。引用情報化した人間は天国にも地獄にも行けずどこかへ消える。そんな人間を無数に生み出しては消しているHereafter社を彼らは許さない。


 その両者を胡散臭そうな表情で見ているのが『雷鳴』。アジア一帯を活動拠点とする高名な傭兵であり必要であれば正規軍とすら戦う。だが彼らの求める物はただ金であり『SOD』の叫ぶ教義も、『十字軍』の天国とやらも、そして何より雇い主である企業達の思惑もどうでも良い。



 そして『海月』の叫び声と共に一斉に立ち上がり、その足元に資料が散らばる。本戦闘における最重要人物たちがそこに記載されている。『十字軍』は30人ほどの手勢を集めて地上へ繋がる道へ歩みだす。その手には通常のアサルトライフルを持っており、通信機に向かって声を返す。



「承知した、予定通りスペースイグニッション社の一味を襲撃する」


「任せた。無理はするな」



 元より『十字軍』は能力者ではない。漏れ出た情報、『SOD』の扇動により立ち上がってしまった狂信者たち。故に戦闘経験は少なく、だからこそ彼らの役目は襲撃である。この件において最も無関係に近い、というよりは無関係を決め込むことの出来る『革新派』であるからこそ戦力を持っていても適度な圧をかければ戦場から撤退すると読んでいた。



「我々『雷鳴』はオレンジ殺害及び有力者の拘束を行う。ただし米国大統領補佐官を捕獲しオレンジを殺害した時点で任務を達成したとみなし撤退させてもらう」


「承知している。『土竜』の堀った例の経路で撤退するように。……オレンジについては深追いしすぎるな。予知を押しつぶす手数でなければ恐らく奴は倒せない」


「臆病すぎるだろう、我々を舐めているのか?」


「そんなことは……ああああああああ!」


「どうした?」


「唸りだ、神の子の怒りが地上を跳ね回っている! 46の子らが連帯し一足早い裁きを下そうと!」



 急な通信機越しの悲鳴に『雷鳴』の隊長は呆れた表情をしようとし――背後の『SOD』の連中も皆頭を抱えているのを見て意見を変える。彼らは一様に脂汗を流しながら怒りの表情を浮かべていた。少なくとも冗談ではすまない異質な現象が起きているという事実を『雷鳴』の一同は理解せざるを得ない。



 こんな異様な作戦に長い間参加していられるか、と足早に彼らは洞窟を進み目的地へ分散していく。彼らもまた装備は基本アサルトライフルであるが『十字軍』とは異なり保有している武装はそれだけではない。サブマシンガン、ロケットランチャー。そして。



「こちら『雷鳴』第11部隊。射撃を開始する!」



 バコン、と地面を蹴破り大地に『雷鳴』の隊長たちは飛び出す。そこはホールの端であり2人の警備員が立っている。が彼らが見ているのはそれではない。外に走っているトラックであった。そこから無数の破裂音が鳴り響き続けている。本来あってはならない銃座がそこには詰まれており、装甲板を盾にしながら『雷鳴』の構成員が射撃を開始している。思わぬ事態に警備員たちは戸惑わずに、直ぐに背中の箱に手をかけるがその前に『雷鳴』の隊長の射撃が命中する。カチン、という音と共に銃弾が弾かれた。



「改造人間……事前の調査の時点で疑っていたが、やはりか! 総員、1人に対して最低3人以上の飽和射撃で対応せよ! それ以下なら逃走、一人はサブマシンガンを持ち接近させるな!」



 背中の黒い箱が開かれる。だが中には何もなく、展開図の如くぱたぱたとプレートが広がり成人男性一人を覆い隠すほどの大きな盾と化した。プラスチック製の防弾盾だ。ただしそれを運用するのは人外の膂力を持つ改造人間である。



 射撃が展開される。だがそれでも防弾盾を打ち破る事は出来ず警備兵はじりじりと接近する。だが横なぎに飛んできた触腕が警備兵の腕を切り裂いた。金属の光沢を帯びたその触手は若い女性の腰元から生えている。



「自分の任務を果たせ!」


「承知!」



 そして彼ら『SOD』の役目こそが警備兵、鋼光社率いる戦力の討伐である。だからこそナチュラルの獣人ともいえる彼らが集められた。だがそれでも敵わない相手が一人いる。その存在は『逆潜引用情報化計画』にて判明している。第2世代獣人。分裂体そのもの。



だから。



「ひっさしぶり~レイナ0お姉ちゃん、ニーナ2を殺して以来だっけ?」


「1号……」



 白犬レイナが彼女の名を呼ぶことはない。かつての妹を彼女に惨殺されてからは、ただの番号で呼ぶようになった。彼女もまた、第2世代獣人。その少女は16歳ほどの風貌で抱きしめれば折れてしまいそうな細い体をしており、その見た目は白犬レイナと瓜二つだ。ただし異なるのはその見た目に見合わぬ蠱惑的な表情と生首。手慰みに近くに居た通行人の首を素手でもぎ取ったという凶行の証だった。自然体で微笑む彼女にレイナは今までにない険しい顔で、姿勢を低く構える。



これが『SOD』の隠し玉。『焦耗戦争』において白犬レイナのカウンターとして用意された存在。



「名前で呼んでよ~、今はラックって名乗ってるんだ、いい名前でしょ、幸運Luckそうで」


「ああ、欠けているLack君に似合っている」

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