ゲームに非ず、混乱は拡散する

「只今主催者より告知がありました! えーっと、レイドボス出現、倒すと試合終了で貢献度に応じて……100万ポイント取得!? 嘘だろバトロワって何だったんだ今までのLosersの戦い茶番じゃないか! あと長喋先生も電話してないで!」 


「はい、長喋です。……ええ、第一例です。分裂体は1つの卵に複数の幼体が入るようです、いやあれは卵というより胎内なのでしょう」



 100万ポイント。馬鹿みたいな数字だがそのせいプレイヤー間の戦闘はなくなり討伐が容易になる。多分手を回してくれたのであろう紅葉に内心で感謝をしながら腕部一体型のガトリング砲RE-222を回し始める。『逆潜』中に攻撃するという手段もあったのだが短い射程の武器で攻撃するために近づいた結果巻き込まれて隣の死骸のようになりたくなかったため選択せず。



 つまり完全な状態の、時を超え成長し続けた46式始原分裂体と久々に殺しあうことになる。



 まだ光り続けているが勢いが弱まっているのを見てライトの光量をMAXまで上げる。反射で少し見えにくくなったがそれでもかまわない、他のプレイヤーがこいつを狙いやすくなるならば。



 46式始原分裂体は以前見たとおりの代わり映えのしない見た目だった。肥大したカジキマグロの姿、角に空く無数の穴。そしてそこから現れる金属の糸が付いた機械獣達……の姿が無いのを見て胸を撫でおろす。46式始原分裂体は体内に無数の機械獣を住まわせている。だから1体で軍勢を造り上げる、あの恐怖はなく。それでも触手の脅威は健在だ。



「うおっ!」



 肥大した肉体を支えるために異常に発達した長く太い触手は銃の間合いという概念を無視して殴り掛かってくる。機体を無理やり背後に向かって移動させるもそれより触手の方が早く少し掠ってしまう。装甲がべきりという音を立てて剥がれ落ちた。



『警告:蒸気の侵入を確認。エラーが発生する危険性があります』



 だがその隙に射撃準備は完全に終わった。ロックオンと表示された画面を前にスイッチを切り替え操縦桿を勢いよく倒す。銃口が回転し戦車砲と同サイズの弾丸を毎分100発の速度で吐き出し始める。反動を抑えるために水に浸っている機動ユニット部が勢いよく唸りを上げてAIによる全方向への推力調整で相対的に機体の衝撃を抑える。爆発音が静かだった深海で鳴り響く。



 流石の威力、弾幕は分裂体の肉体を勢いよく穿ち表面の鱗を砕いていく。ばら撒かれる肉と体液が周囲を醜く汚染する。だが



「だめだ、肉が分厚過ぎる……!」



 そう、肥大したその体に対して弾丸が余りに小さすぎる。もっと核を狙うか、あるいは無視できないほどの抉れを発生させるか。こんな状況なのにイベントの事を考え続けている実況の声が耳ざわりだ。職務に忠実ないい人なんだろうけど。



「えーっと、プレイヤー間の会話を許可します、ただし配信には出しません!? 指示がわけわかんないですよプロデューサー!、そこは流すものでしょう!」


「はい、これがファーストトライです。『革新派』は人工惑星への移住を前提としているため非協力的。鋼光社は企業への影響はあるものの2050年より以前で各海域の深海調査をする余裕はなかった。『焦耗戦争』がありますからね。しかし今回に限り、後先を考えずまるで挑発するかの如く金を使い調査を強行したのです。だから今回がファーストトライなのです。ええ、『革新派』の協力理由は簡単です。情報の独占を許さないという、全くの杞憂。……え、この音声配信に乗ってます!?」


「長喋先生、そういう話はオレンジスレに行ってからでお願いします! 実況を続けます、さあオレンジ選手の射撃、効果は薄いか?」



 ……なんかすごい勢いで裏事情が流れてきた気がするが、まあそれはさておき。射撃を続行していると上から弾丸が飛び込んでくる。2発続けて飛んできたそれは、一度目で瞼を、二度目で左目そのものを打ち砕きぐちゃぐちゃにした。スピーカーから声が流れてくる。子供の、幼い声だ。



「オレンジ、もっとちゃんと戦えよ!」



 ☆スターナイト☆君の声が鳴りひびくと共に分裂体が身もだえして触手をでたらめに振り回す。思わず射撃を中止して回避するが凄まじい勢いで飛んでくる金属の破片がガトリングに突き刺さり誘爆、嫌な爆発音を立てると共にモニターにRe-222の機能停止という文字列が流れた。



 左腕が損傷したがもう仕方がない、ヒートブレードを右腕一本で構え、起動する。刃に生まれた熱が周囲に伝わり海水を勢いよく蒸発させていく。そしてもう一発飛んできた触手へ垂直に刃を振り下ろした。対分裂体用と銘打つだけの事はあり触手はするりと赤熱しながら分断される。


 だがそれで終わりではない。触手を振り回す分裂体に大量の魚雷が頭上より投下される。かなりの割合は触手に迎撃されるものの幾つかの魚雷は俺が空けた装甲の穴に突き刺さり金属の肉を豪快に抉り取った。その衝撃で少し動きを緩めた触手に一機が拳を、もう一機が槌を叩きつけ無理やりへし折っていく。



「お待たせしました予言者様!」


「本当に神の子を殺したのか、流石予言者だぜ……!」


「それは俺の得意分野だ、任せろ」



 奏多カナタ、テオ。そして我らが眼鏡先輩。彼らが頭上から降ってくることで俺の中で安心感が一気に広がる。主に眼鏡先輩。俺の期待に応えるかのように槌とガトリング砲を持った機体から通信が入る。



「大丈夫だ、46式最大の特徴である手下の群れがいない。今のアレはVer1.08の時より弱い雑魚だ。俺でも倒せる」


「……俺達、じゃなくて」


「ああ。とはいっても手伝ってくれよ、オレンジ。5秒後、まっすぐ進め」



 いや強すぎるでしょそれは。眼鏡先輩の機体が加速をつけて一気に懐へ迫る。触手が鞭の如くしなりApollyonを破壊しようとするが異常な勢いで加速された槌が3本まとめて触手を消し飛ばす。MNB搭載の槌だ。あれ欲しい。



 そう思いながらもカウントは進めている。5,4,3,2,1。カウントと共にMAXまで機動ユニットを稼働させ前進した。目の前にあの肥大した機械獣が迫り、そして気が付く。触手が飛んでこない。



 少し背後を見ると円を描くように移動しながら鬼の如く触手を叩き潰していく眼鏡先輩の姿が。☆スターナイト☆の銃弾により片目を失った46式からしてみれば今の俺の位置は死角になるのだ。全速力で触手の隙間を抜けて潜航を続ける。残り数十メートルになってようやく俺が移動していたのに気が付いた46式だがもう遅い。俺を視野に入れる為に旋回しようとするもそれを阻止するべく奏多カナタの魚雷が側面にヒットし青い液体をまき散らす。☆スターナイト☆の射撃が46式の鼻先に突き刺さり、遂に旋回が停止する。そして荒れ狂う水流の中、俺は遂に46式の背中に降り立った。ヒートブレードを鱗が剥がれた部分に突き刺し肉と血管を抉り融解させる。



 触手の数本が機体を叩き赤い警告表示がやかましく俺に叫びたてる。だが眼鏡先輩たちの補助もあってか力がない。左足完全破損? 『モーセの剣』機能80%不能? 知ったことか、肉を抉る機能さえあればいい。



 コイツはここに居てはいけないのだ。予言者がどうだという話は置いておくとして、少なくとも俺はこの星に住む人間として文明を破壊するコイツを殺さなければならない。そうしなければ俺に未来はないし、託してきたあいつらが救われない。



 赤い表示が広がり続ける。だが大丈夫だ。俺は死なない。少なくとも今までの、そして今の俺は所詮部外者だ。命を懸けていない、痛みを感じていない。だから彼らの20年に報いるために、この操縦桿を離すわけにいかない。



 遂に奴の体の中心部まで刃が届く。遂にスクリューも止まったので右足一本で肉を蹴り更に奥までヒートブレードを押し込んでいく。射撃音が遠くなり代わりに肉が焼け千切れる音だけが聞こえる。そしてついにガチリという音が鳴った。



「そこか!」



 金属の肉の中で明らかに頑丈な様子をした、黒い球体。ヒートブレードを迷わず突き刺すと10秒ほどの抵抗の末、ようやく突き刺さる。ぐるり、と視界が反転し振動に機体がもみくちゃにされた後、急に振動が弱まり、そして鼓膜を破らんとばかりに金属の掠れた音がコクピット中に響き渡った。



 モニターには『自動音量調整:起動』という文字と共に聞いたことの無いdb数が表示されている。だがそれが最後だった。沈黙が流れ出し、眼鏡先輩の声がそれを遮る。



「間違いない。死んだ」



 機械獣の軍勢がいないという、46式にとっては飛車角に加え歩まで落ちた状態だったからこう上手くいった。だが実際コイツが2040年で暴れ出したらどうなるか。学習し進化する怪物の姿を想像しゾッとする。



 良かった、ありがとう。皆に感謝を伝えようとした時だった。画面がぶつりと切れて新技術展示会のホールが映る。バトロワ開始時と同じ、量産型Apollyonの中から見た高い視点。そこでようやく気が付いた。眼鏡先輩に合わせて突撃した辺りから実況の声が無くなっていた。集中により耳に入らなくなっていた、などではなく物理的に。



 そして俺達に与えられる結果発表、ポイントを集計し順位を決めるための放送は流れず代わりにパパパパと乾いた音が流れる。幾重にも流れるそれと共に爆発音と悲鳴が共鳴する。ゲーム以外では鳴ってはならない音が今、現実から聞こえていた。



 だから紅葉はこんなイベントを用意したのだ。分裂体が直接見つかる事は想定外だっただろうが、本当に見せたかったのは討伐する姿勢なのだ。分裂体を見つけ、むやみやたらと刺激しようとする姿。それ自体が彼らの行動を早める餌となるが故に。破裂音が少しづつ近くなっていく。今までと違うのは死んだら終わりであるという事。ここで起きる痛みは、死は無かったことにはできない。



 扉が開け放たれる。3人の戦闘服を着た男の手には今の日本にはあってはならないアサルトライフルが握られている。ホールに鎮座したApollyonを見た男は通信機に向かって片言の日本語で叫んだ。



「こちら雷鳴03、Apollyonを発見! オレンジかどうかの確認を行う!」

「こちら『海月クラゲ』、承知した。オレンジを見つけ次第射殺せよ。神の子を殺害した罪を必ず償わせるのだ!」



『焦耗戦争』、開幕。

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