空を飛ぼう!

 あの衝撃から少しの時が過ぎた。時刻は既に夕方になり俺は割り当てられたホテルの中に戻っていた。例の女医さんからもらったよくわからん薬を流し込むが思考は押しとどまったまま堂々巡りを続けている。



 『HAO』は本当に未来なのか。もし未来であり、中学生じみた陰謀が裏に隠れているというならあの統一性の無さやクソゲーっぷりもある程度説明できる。紅葉は誤魔化すかのようにテオから俺を引き離したが、あれは都合の悪いことを聞かせないためのものだろう。となると紅葉はこのことを知っているかもしれない。彼女は俺の事をどう思っていたのだろうか。いつまでたっても気づかないおバカ? 間抜け? ……もしかして紅葉があんなに親しげなのは恋愛というよりもアホの子をかわいがっていただけかもしれない。いや俺はアホでないけど。多分おそらくきっと微かに。



 が、思考を回し続けても答えは出ない。俺が半信半疑になっているのはテオとカナという『HAO』と現実が密接につながっている例が続けて出てきたためだ。言い換えれば俺の脳は未だにこの仮説を拒否し続けている。



 そして思考し続けて何も答えが出てこないのは当然だ。今のところ俺の元には状況証拠しかない。『HAO』の情報が真実だったと言われてもその真相は技術者にしかわからない。俺には知識がないからあれが本物だと断定などできない。



「まあ考えても無駄か。紅葉が聞いてほしくないってことはそれに従うのが正しいか」



 紅葉は俺に対して悪意を持っていない。これで実は嘘でした、勘次君グッバイなんて事態であったらもう逆に諦めが付く。再会してからそこまで時間はたっていないが、小学校時代の付き合いと最近の会話の中で俺は紅葉のことをそう思えるぐらいには信用していた。



 まあ、なるようになるかとぐるぐる回り続けた思考を放り投げ、ホテルの部屋を見渡す。無駄に豪華なベッドと椅子、そしてVR機器。そう、最近はパソコンのように備品としてVR機器があるのだ。実際リモートで会議をするためには必須であるし当然と言えば当然だが、つまり『HAO』ができるのだ!



 そして大事なことその2。今日の夕方が攻略戦の開始時なのだ。運営的には1日目の晩から2日目までが攻略戦、そこで負けて暇になったプレイヤーの前で試合開催、ということなのだろう。となればやることはいつも通り一つ。



「『HAO』にログインだ!」



あれ、でも『HAO』が未来ならあの灰色の大地は?



◇◇



「……『ファルシュブルー』の整備は終わったぞ、オレンジ」


「ありがとうございます」



 久々に見たオッサンの姿を横目に愛機である『ファルシュブルー』を見る。愛機のくせにまだ一回しか搭乗できてないの、本当にわけがわからない。運営はクソすぎる。



 見た目は以前とほぼ一緒、装備もブレードとクソデカライフルUK-14、それと肩部ミサイルとなっている。以前使用していたアサルトライフル君は消えてしまった、恐らくUK-14の性能が高いからなんだろうけど。



「ブレードの方にギミックを仕込んであるのは見たよな?」


「見たぞ。あれ最高じゃないか、テオ?」


「あの時のお前も目を滅茶苦茶輝かせてたからな、まあそれなら準備はいいな?」


「OK」



 俺を待って仁王立ちしているテオは笑い合図を出す。するとベルが鳴り響く。ここ一部だけではなく街一帯に鳴り響くように。



 『無限地平線攻略作戦を間もなく開始します。5分後発射です、参加者の皆様は体の固定をお願いいたします』



 アナウンスと共に俺は『ファルシュブルー』に乗り込み街の外に出る。時間としてはかなりギリギリで、余裕を持って来なかった俺の同類が焦った表情で街の中心に駆けていくのが見えた。その彼らが行く先には一本の大きな柱がそびえたっており、その周囲に数多のコンテナが括り付けられている。



 それは3段に分かれていた。最下層は通常の人間用であり多くのプレイヤーが簡易的に作られた固定装置に体を括り付け、収容人数が入り切った所から順に扉を閉じていた。ざっと見で1万人は軽くいるだろう彼らを収容するためにコンテナは山のように積みあがっている。……クソゲーっぷりを発揮し続けさえしなければもっといたんだろうけどなぁ。



 2段目は俺達量産型Apollyonを柱、つまりロケットに括り付けるための場所だ。とはいっても台数は俺を含めても12台ほど、うち2つは見覚えがある。一つは我らが眼鏡先輩の紅い機体、もう一つは誰もが敬遠するヒニル君の金ぴか機体。リスキル回避に成功したのか、偉いなあいつ。



 そして最上段には見覚えのあるコンテナと兵装がついている。融合型Apollyonの部品だ、あれ結局中身を見ることができなかったから気になっている。そんな考えを他所に発射時刻は近づいていた。



「お前のところに乗せろ、コンテナは暑くて嫌だ」


「OK」



 テオをコクピットの中に乗せ、狭い中でおしくらまんじゅう状態になりながらMNBを起動し、2段目に乗り込む。おいテオ、どさくさに紛れて尻を揉むな満足げな表情してんじゃねえぞオイ。



「そこの②と書かれたところに上のベルト先を差し込んで固定したらいいぜ、それで最後だ」


「急に真面目になるなよあといい加減揉むのをやめろ」


「これが日常だったからつい」


「俺とお前どういう関係!?」


『それでは10秒後に発射致します』



 未来の俺どうなってんの、諸々聞かせろよ! と振り返る俺をアナウンスが遮る。ギュイン、と各コンテナがMNBを起動し合わせて量産型ApollyonもMNBを起動する。これでロケットにバカみたいな荷物が積み込まれているのに実質0gだから飛べる、という意味不明な状態が起きるわけだ。



 轟音と共に柱から煙が吐き出される。同時にロケット上部が開き金属板が傘のように上方に展開された。俺たちを風圧から守るついでにその陰に小型のミサイルがいくつか装備されていた。対空攻撃を迎撃しかえすためのものだろう。そんな奴がいるとは思えないけど。



 体が浮遊感に包まれる。徐々にそれは強くなり圧迫感へと変化していく。視界は徐々に高くなり、俺を恐怖が包み込む。その恐怖を和らげようとしているのか、背中から手が伸びてテオと体が密着する。右手がトントンと心臓の音に合わせて俺の胸を叩き、少し和らいだ気がした。しただけだった。



「同じリズムで尻揉むなよ!」


「恐怖しているときは尻の硬さが少し上がるんだぜ」


「尻ソムリエやめろ! 別の恐怖が湧き上がってきたぞ!」



 この時間に『HAO』って本当の未来なのか、とか聞こうと思ってたのになんでこんなことになっているんだ。安心の右手と恐怖の左手に困惑しているコクピット内に通信が入る。



『本日は鋼光社製片道用移動式ロケットMR-01にご搭乗頂きありがとうございます。ただいま眼下に見えますのが無限地平線攻略基地第13区画となります。また周囲から登っている光の筋は我々と同じ無限地平線攻略作戦の参加者です。本作戦はA地点の融合型Apollyonに到達後修理を行い、その後融合型を盾に無限地平線の中心部に迫ります。可能であれば皆様、配信をつけていただくようご協力をよろしくお願いします』



 なんかバスツアーみたいだなと思いながら言われた通り配信をつける。そんなコクピットの眼下には灰色の大地が広がっていたが少しづつロケット自身が回転しているのか見えにくくなり始めていた。だが途中から白い霧に包まれているのは辛うじて見えた。



『あちらの霧が無限地平線攻略を困難にしている『UYK』の消化酵素です。あれのせいで通信機等があっという間に破損するため長期の作戦は不可能となっています。各々、着地した後は各自の判断でA地点への合流を目指してください』



 が、急に話が不穏になってくる。白い霧を打ち消すかのように雲の中にロケットが到達すると同時にいきなり増えた視聴者のコメントに意識を向ける暇もなくテオが俺に操縦桿を持つよう手で指示をする。取り合えず音声をオフにし映像だけにした上で聞こうとするが背中に伝わるテオの心音は早くなっていた。極度の緊張を示していた。



 素早く周囲を見渡す。雲を突き抜け青い空が一面に広がっているがそれ以外にこちらに近づいてきているものはない。回転してしまったせいで大地は見えなくなっていたが光の筋は空に2つ見えている。両方俺達と同じロケットだろうと思っていたが片方の様子がおかしい。急に赤い光を発すると方向を変えもう一つに突っ込んで大爆発を起こした……!?



 少し遅れて爆発音が耳に届き、視線の先にはきのこ雲が生まれる。



「核だ。生きてやがったか17式め、間もなくこのロケットも落ちる、脱出準備をしろ勘次!」


「は!?」



 口とは裏腹に俺は機体の固定ベルトに手をかける。空の上でこれをやるのは自殺行為そのものであるが、それよりも恐ろしいのはテオの早鐘の如き鼓動だ。つまりそれよりも恐ろしいことが起こるのだ。急かされるようにMNBの出力を上げ体を起こす。少し隣をみると眼鏡先輩の機体も同じく固定ベルトを外し腕だけでロケットに掴まっていた。俺たちの行動に遅れアナウンスが鳴り響く。



『UYK17式始源分裂体の攻撃を確認しました。これより本ロケットは囮としての飛行を開始します。全搭乗員は離脱しA地点での合流を目指してください。幸運を』



 コンテナが次々に落ちていくのが見える。それに合わせ俺もMNBを全開にし雲の上から飛び降りた。恐怖が俺を襲うが背後の心臓の音が少しゆっくりになったのが安心を感じさせた。ちびりそうなのには何も変わりはないけど。



「何で降りるんだよ! 俺は下りないからな絶対!」



 金色の機体がそう通信で喚き散らしながら落ちていく俺たちを尻目に更に上空に飛び立つのが見える。そして雲を通過し見えなくなったくらいの時に上空で爆音が鳴り響き、その風圧で0gになっていた俺は吹き飛ばされてしまったのであった。

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