開会式などなかった。イイネ?

 新技術展示会は昔の万博跡地である万博記念公園にて行われる。今年日本で行われる万博は別のところでやり、万博記念公園で新技術展示会をやる。微妙にややこしい。まあ『HAO』イベントを万博でやるわけにはいかないし仕方がないが。



『次のニュースです。万博が開始してから2日となり観客数は既に100万人を突破しました。初日には貴師田総理大臣や米国のバーイデン大統領を始めとする各国代表が参列し大成功を収めている模様です』



 街頭テレビを横目に万博記念公園へ向かって歩き出す。とはいっても大した距離ではなくすぐに目的地は見えてくる。2年ほど前に来たことのある、公園であったはずの場所には数多の建築物が建てられている。どれも四角く低い、ある意味面白みのない建物たちでありそれらは全て灰色で統一されている。その周囲を企業のバナーが過剰に装飾しており奇妙な雰囲気となっていた。ありあわせとしか呼ぶべきではない雰囲気。



「よく間に合ったね」


「なんであんな箱舟なんて化け物じみた建造物が作れたと思っとるねん。高強度発泡プラスチックポリマーで骨組みを一瞬で作り上げてその上でコンクリートを流し込んで一旦完成や」


「鉄骨とかはどうなんだい?」


「ポリマーの補強と重石としてある程度は使われとる。でもそこら辺の多層式や耐震耐砲撃建築法まではさすがに真似できとらへんね。だからパンチとかしたらあかんで、一撃で壊れるから」


「OK、指でつつくだけにしておくよ」



 紅葉に先導されて道を進んでいく。もう階段を登る前から無数の行列が俺たちを圧倒していた。すでに数千人はいるだろうか、その国籍もまた様々である。しかしそれらを無視して紅葉は行列の反対側に俺たちを連れて行った。警備員の前に出る前に彼女は一枚のマスクを俺に渡す。酸素供給用のオレンジが着けている金属製のマスクだ。紅葉は当然と言わんばかりに俺の顔に手を当てマスクをつけてくれようとする。いやなんでコスプレするんだよと突っ込む俺に彼女は当然のように言った。



「だってオレンジとして出席するねんで?」



……はい?





 言われてみればそれはそうだ。完全に無関係の人間をコネだけで入れるとあとからケチをつけられかねない。そこで俺は『HAO』の有名プレイヤーとして、レイナは紅葉のボディーガード、カナは親から離れるのを嫌がった、というストーリーで登録したとのことだった。そのため俺はあの金属製の防具がついた改造作業服を身にまとうことになったわけである。うわ作りこみすげぇ、ガチじゃん。



 一方でレイナはそのままの姿で手のひら大の通信機を見せびらかすように腰に付けている。私服ボディーガードということらしい。カナは何も変化なしである。俺だけ面倒が多くない?



 だが格好良さは間違いない。このクオリティでコスプレできるなど後にも先にもないだろう。と、初めは嫌がっていたものの何だかんだ喜んでいた。



 開会式の会場にやってくるまでは。



 そのホールは関係者専用でありオンラインで様子が配信されている。一番奥に設置されており異様な数の物々しい装備をした警備員に目が行く。黒服のボディーガードなんてあまり現実では見ないはずなのにここでは既に数十人は軽く目に入る。しかも普通は持たないであろう謎の四角い箱を多くの警備員は背負っており、何なのかすごく気になる、通信機ではないだろうし銃……は法律に反するし。



 ここは即席の建物ではないのだろう、歴史と品格を感じさせる装飾がホールに施されておりどこか落ち着く空気すらある。紺色の座席には既に数多くのスーツ姿の人々が座っており俺のコスプレは明らかに浮いていた。間違ってもゲームの展示会の雰囲気ではなくもっと厳かな何かを行うための集まり。ドロップ率50%upなんて間違っても告知されなさそうである。



 その物々しい空気はさらに加速する。ホールの左端に陣取る数名を見て俺は震えた。



 アメリカのシェイク大統領補佐官。そして末野官房長官。政治に疎い俺でも知ってる、テストで出てきてもおかしくないレベルの現職の国家運営に携わる人々だ。そしてその後ろにいる多種多様な国籍の人々にもある程度見覚えがあるぞ……!?



「オレンジ君、覗いているばかりやとあかんよ。開始まであと1分や」



 紅葉が俺の背中をポンと叩く。確かにホールはほぼほぼ埋め尽くされており開始時刻まではほぼ猶予がないだろう。だけど場違いすぎて恥ずかしいんだって! と思う一方でええい、何とでもなれと一人でホールの中へ足を踏み入れる。



「!!」



 瞬間、空気が凍った。俺がホールの入り口に姿を現した途端に全ての話し声がピタリと止み視線が集中する。次にボソボソと会話が再開されるが何か恐ろしいものを見たかのように視線を俺に固定していた。



「……予言者…のか……」


「未来予……能力…」


「『SOD』……未島?……」



 会場が一気に狭くなったかのように感じくらりとするが直ぐに追いついてきた紅葉が腕を組んでくる。そのまま少し紅葉にエスコートされるかのような形で通路を進んでいき、指定された座席にたどり着く。ってここど真ん中じゃねえか!?



 ホール中央最前列にコスプレ男が座るという異様な光景に背後から未だに視線が集まるのを感じる。しかしなんというか周りの雰囲気は珍妙なものを見た、という雰囲気よりも畏れという感じで疑問が残る。やっぱり変だ。隣を見ると紅葉のお父さんが笑顔でこちらに手を振っている。俺もそっと頭を下げた。



『お待たせしました。間もなく新技術展示会開会式が始まります』



 だがその居心地の悪い時間もようやく終わりだ。これが始まれば観客の多くの意識はこちら側に向く。さて話が長そうだし寝そうだがコーヒー飲み忘れたな、なんて思っている俺の眠気をこのアナウンスは破壊してきた。



『始まりの挨拶、来賓祝辞および祝電は省略致します。以上で開会式は終了です。続きまして本日のメインイベント、『HAO』バトルロワイヤルの組合せを発表致します!』


「「「ぶふぅっ!」」」



 周囲も噴き出している。いくら長いからと言って流石にそれは不味いのでは???

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