ハンカチ
5月26日。融合型のパーツ奪取作戦からあっという間に一週間弱が経過していた。因みに尊厳は守られたもののしばらくカナは俺の顔を見るたび俯いて笑いをこらえるようになった。ふざけんなだから苦手なんだって。
そんな日に俺は中途半端に蒸し暑くなった道を疾走していた。周囲の人の目を気にしている場合ではない、悪いのは俺を離さないベッドに他ならないのだから。うん、単に寝坊しかけただけです。辛うじて集合時間である8時5分に駅にたどり着くことができていた。
駅には既に3人の姿がある。唯一黒髪の紅葉は謎に紺色のスーツを着込んでおり、いつも通り両手両足は覆い隠されている。着せられている、という表現が正しいはずであるのだが彼女に関しては珍しくその逆であるようだ。露出がほぼないのに妙に強調されるヒップと胸元から目をそらし隣の親子?二人に視線を向ける。
レイナは逆に100%普段通りである。ジーパンに半袖のTシャツ、そして帽子。カナは薄手のワンピースの上からウインドブレーカーを羽織っており、耳のような装飾がついたフードをすっぽりと被っている。そんな大人しそうな格好しても知ってるからな、この前俺にスーパーメカバトル2でハメ技を堂々と使ってきたのを!
『間もなく北千里行きの列車が到着致します』
「ギリギリセーフだね、勘次」
「おはようさん。走ってきてて汗まみれやで、ほらこれで拭き」
「ありがとう。ってカナもいるんだな」
「お義父様、今日から3日間よろしくお願いいたします」
紅葉が差し出してきたハンカチで顔を軽く拭う。思ったより汗をかいていたようでかなり汗を吸い込んだハンカチを洗って返さないとな、と思っていたら紅葉がパッとこちらに手を伸ばし、少し考えた後手を降ろした。
「うんせやな、また今度洗って返してや。その時にはせっかくやしどっか二人でご飯でも行こうな?」
「せっかくなので私も連れて行ってほしいな。肉希望」
「レイナは呼んでへんやろ。二人でしか行けへん滅茶苦茶旨い料亭を知っててな」
「女バトル開催ですか。傍から見ている分には最高ですね」
「話はそこらへんで、あとカナは女バトルなんて表現をしない」
急にムキになりだした二人の頭を軽く叩いて駅の中に真っ先に入っていく。これで仲はかなり良いのだ。紅葉は同い年の異性は苗字呼び、同性は名前呼びが基本である。ただし君、さん付けが外れるのは非常に珍しい。異性でそれが外れるのは彼氏くらいであろうし、同性でも外れるのは心を許している証である。
全員がキャリーバッグを引きずりホームへ向かう。そして人もまばらな電車に乗り込み一息つく。今回の目的である『HAO』オフラインイベント、新技術展示会はまさかの2泊3日という長期イベントである。最近の大きなe-sports大会ならともかく、まともなプレイすら保障されていないこのゲームでこの長さなのは奇妙だった。
最もあり得るのがRE社関係であろうか。噂によると実物大のApollyonの展示があるらしく、俺はとてもそれが気になっている。とても。とても。数年前に乗った実物大ロボの試遊はのっそりと前後に進むのが限界でありがっかりしたものであるが、さてどれほどのものなのか今から心が躍る。
他にも新情報の発表とかがあり得るわけで、例えばログイン制限解除だとかチュートリアルの実装だとか初見殺しの廃止だとか考えればキリがない。というか欠点があまりにも大きすぎる、なんでこんな状態で発売したんだよ運営……。
そんなイベントであるせいか、とにかく希望者が多く原則抽選、第3仮設ホールは関係者のみというあまりにも異常な状態となっている。そこで紅葉の関係者チケットを使用し内部まで突撃!というのが今日の俺たちの行動スケジュールである。
端末をかざしホームに入り、あと数分で出発する電車に乗り込む。誰ともなく紅葉、俺、レイナ、カナの順に座り走ってきた俺だけ一息つく。カナが体を乗り出し俺の尻周辺をまさぐり、何かを細い指でつまんで戻っていった。そしてバキっと音がする。何だったんだと思う隣でレイナがキャリーバッグの上に首を載せだらけ切った姿勢で紅葉に問いかけた。
「電車で来る必要あったかい? 警備のため車とか使ってさ」
「逆や逆。下手に車使って尾行の人らがトラブル起こしても困る。どうせ見られるなら堂々いくで。『SOD』は3日目まで動けへんのやから」
「尾行?」
「商売敵のRE社がいる状態で社長令嬢自ら来られるわけですから、当然です」
カナが誤魔化すように断定口調で話を終わらせる。最近こういう言葉の雰囲気に少し気が付くことができるようになった気がする。正しくは受験前くらいの頃に戻ったというか。とはいっても無意味に掘り下げる必要性も感じない為カナの話の転換に乗ることとした。
「RE社もそういえば来るんだよな。何を展示するか知ってるか?」
「それは見てからのお楽しみやろ。ただ強いて言うなら勘次君のイメージを大きく超えると思うで。いや、むしろ想像通りかもしれへん」
「MNBが無い以上想像以下かもしれないけどね」
「その言い方からするにかなりゲームに近いレベルで動かせるのか!? MNBが無いならVer1.06だろうけどその性能でも十分だったしな! 完成度はどれくらいなんだ、完成も良いけど骨組みが見える試作品って感じの機体もいいよなぁ……!」
「「「うわぁ……」」」
俺が熱く語った瞬間その場の全員と心の距離が開いた気がした。3人の目には呆れが浮かんでおり紅葉の目にはそれに加え慈愛と呼ぶべき何かが浮かんでいた。もっと正しく言うとおもちゃ屋の前ではしゃぐ子供を見る表情。電車の中ではしゃぎすぎた、と表情を抑えて大人しく乗り出した身を戻す。
『電車のドアが閉まります。扉にご注意ください』
と、同時にアナウンスが鳴り響く。動き出した電車の窓から外を見る。20年前から変わらない光景……であるらしい。実際昔の写真と今の景色を比較した際にどっちがどっちなのかは解像度以外で判別するのは難しいだろう。新しく物を作りだすより既存の物を使用するほうが効率が良い、環境には確かに良いのだろうが一方で先鋭化する技術と一般人の生活に大きな隔たりが生まれているのもまた事実である。技術上はリニアモーターカーなんて余裕で作れるのに新しく作るのに費用がかかる、という理由で未だに企画段階で止まってしまっているらしい。こういった背景を考えると実際に動くApollyonがいてもおかしくはないのかもしれない。
老朽化の進む椅子に座り室内を見渡す。オンライン化の進行した仕事の増加により通勤という概念はかなり遠いものとなっていた。もちろん工場などでは話が異なるがそういった人々はあらかじめ近い場所に住むため電車に乗ることはあまりない。結果俺たちの他に席に乗っているのはほんの12名程度であった。
誰も変な所はない。だが何というか違和感がある。一人一人はどうってことはないのだが全員そろうと奇妙な不気味さがありぶるりと体が震える。それを見たカナが立ち上がり俺と視線の高さをあわせる。そしてなだめるように優しい声を出しながら足元を強く踏みつけた。バキっと音が鳴る。……音おかしくない?
「お義父様、ご安心ください。新技術展示会があるため変な人が多いのです」
変なってなんだ変なって。ってか斜めの人くっそ脅えながら去っていったぞ、なにしたんだお前とカナの足元を見る。そこには何か小さい破片が飛び散っており基板が覗いているのが辛うじて確認できたが直ぐにカナに回収される。カナの顔を見るとニコリ、と質問を許さない笑顔が広がっていた。いやそれ小学生がしていい表情じゃない。
なんか不穏じゃなかろうか。特にカナ、お前がな。
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