準備

仲本先輩。同じ大学の先輩にしてゲーム仲間でもある人だ。しかしやっぱり知り合いがNPCになっているのを見ると運営への呆れがわいてくる。……というか真面目にこの精度のNPC作るのどうやるんだろう。シミュレーションどうこうと言うには余りに違和感なく、自然と知り合いと同一人物だと確信が持てるこの技術はやはりおかしい。



そんな疑問を再び覚える俺を他所に二人は親し気に話し始めた。



「仲本、オレンジを連れてきたぜ」


「感謝する。――5年ぶりに彼の顔を見て少し安心した。俺たちの行動は確かに次へ繋がるんだな」


「まだこれからだぜ。無限地平線を攻略してからが全ての始まりだ」



 顔見知り、という表現は微妙であろう。二人の心を許した感じはそれこそテオが言っていた戦友、という言葉がぴたりとあてはまる。……というか眼鏡先輩の所属は一体どこなんだ? そう思っていると眼鏡先輩の後ろにある扉からひょこり、と見覚えのある姿が出てきた。白い髪の毛に獣人特有の耳を持つ、ボディースーツを纏った女性。



「いらっしゃっていたのですね。お久しぶりですお義父様」



 なるほど、仲本先輩は『教団』所属なのか。だからこの建物から出てきたわけか、と悪戯娘を見る。おしとやかな空気纏ってるけどこの前の動画アップロード事件忘れてないからな、要領を得ない曖昧な言葉で紅葉に怒られる羽目になったんだからよ。あと激辛から揚げロシアンルーレット事件。



 しかしこうなると後三人くらいいてもおかしくなさそうだが、と周囲を見渡す俺を見て少し仲本先輩は少し寂しそうな表情をした。



「鋼光君も白犬君も、そして君も2055年の作戦で死んだ。2060年に向けての戦力として残された俺やカナ君、愛華くらいだ、ここにいるのは。愛華は今第7基地の方へ出向いているが」


「なるほど、じゃあ向かうのはここにいる4人なのか?それともプレイヤーを募るのか?」


「融合型Apollyonに興味ありすぎだろお前、まあ前もそうだったけどよ。結論から言うと他プレイヤーだと足手まといになるし仲本はしばらくこの街の統率をしなければならない。NPCだとか言いながら殺人する奴が出るだろうしな」


「だからカナ君とテオ、そしてオレンジで回収に行ってもらいたい。回収用の装置はあるよな?」


「問題ないぜ」



 テオはそう言うと腰から一本のスティック状の物体を取り出した。青白いその本体にディスプレイが付いている。テオはこれを鍵だと言った。



 融合型Apollyonの修理部品は質量という意味でも機密と言う意味でも重い。そのためそれぞれの部品は機械獣に食べられないよう分裂体の部品を混ぜた装甲で覆い大地に投下。鍵の電波を受信し、融合型Apollyonに取り付けるためのMNBを利用して再び浮かび上がり部品を待つ者達の元まで行くのだ。ただしこれは2055年までの仕様であったらしい。



 電波というものは意外と遠くまで届かない。世界が金属の鱗に覆われた今ならなおさらである。そして鍵1つで部品を手元に呼び寄せる為に、街同士での通信を可能にするために至る所に撒かれていた中継機はこの5年で軒並み動かなくなってしまったようなのだ。大地の侵食には勝てなかったらしい。そんなこんなで電波の届く場所まで向かい部品に向かって鍵をポチっと押さなければならないのだ。



「……って鍵の所に部品は飛んでくるなら俺たちが鍵持ってったらその場で屈伸して終わりにならないか?」


「そんなバカなことは流石に無いぜ。移動可能な地点は鍵、そしてそれぞれの基地だ。だから基地を指定すれば問題ない」


「なるほどな。いやゲームであるじゃん、セーブポイントを上書きしてしまったせいで死に戻りによる場所移動が失敗する、みたいなさ」



 テオはそれを聞いて納得したようなしないような微妙な表情をする。そういうのがないのならまあいいんだけど。という事は部品回収して、ロケット回収して……ちょっと待てそもそも融合体ってどこにあるんだ? 聞いてみるとミサイル着弾地点の近くらしい。なるほど、部品とプレイヤーの軍勢を2055年の作戦の際に置き去りにされた融合型Apollyonの元に飛ばすことで何とかするわけなのか。



 まあ作戦は一先ず理解した。攻略戦本番前の前哨戦としては十分なものあだろう。きっと中ボスとか出てくるに違いない。そのためにはやるべきことがある!



「そのためにまずは俺のApollyonの整備だな!」


「え?」


「どうしてですか?」


「いやどうしてって……?」



 が、皆の反応が薄い。解せぬ、極めて合理的な発言をしたはずなのにこの扱い。仲本は合点がいったかのように頷きながら「忘れてるかもしれないが」と前置きして説明してくれた。



「機械獣は電気を求めている。例えば石油や虚重金属などの発電器官を回すためのものやあるいはバッテリーそのものなど、電気そのものを食べることもある」


「つまり?」


ご飯Appolyonを機械獣に見せびらかすべからず、だ」



 なんてことだ、と俺は膝をつく。返してくれ、俺の『ファルシュブルー』を。まだ見ぬApollyonを。というか生身の戦闘出来ないんですが、死ねという意味なのでしょうか。



 こうして俺たちはまさかの生身での大地探索に赴く事になってしまったのである。

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