久しぶりに聞いたなその単語
「オレの仲間がすまん。これでジェルが体と一体化して2時間以内には傷が塞がるだろうよ」
「技術ってすげえなぁ……」
男に連れられた治療室に俺は居た。今までApollyonに守られていたせいでどうやって傷を治していたのか知らない俺は治療の様子を眺めていた。シールに貼られたジェルという割には固体よりな肌色の物質を傷口に合わせ切り取り接着する。細い指とひんやりとしたジェルの感触が少しくすぐったい。
「ありがとうございます……? でいいのかな?」
「勘次が気にすることはねえよ。おっと名前を言ってなかったな、テオだ。あと敬語はいらん」
目の前のテオと名乗った青年は快活に笑う。見た目は20歳前半であろうか、声を聞くまで男か女か判別がつかない、というのが正直な感想であった。俺たちと同じ作業服ではあるもののその上にカジュアルなジャケットを着込み銀色のアクセサリーを至るところに付けている。身長は俺より少し高く肩幅も男らしいが一方で華奢な体つき、整った顔つき、無駄に長いまつげに加えロングの青髪が混乱を誘う。
俺の視線を見て「能力者特有の色素異常だ。オレの目も金色に近いだろ?」と話しかけてくる。そういう意味ではないのだが、いやだから裏色先輩のキャラとか赤髪だったのか。
どうでもいい知識を得つつ「いや可愛いから混乱してさ」と俺も返してしまう。でも女っぽいって言われるの嫌う男もいるしミスったか……? と思っているとテオは少し頬を緩めた。
「だろ! いやー流石に2050年以降になると皆切羽詰まってしまってよ、ファッション楽しむのはオレくらいになっちまったからそういう言葉は助かるぜ!」
「いやこんなヤバい状況だとそういう欲MAXになるし言う奴出てくるんじゃないのか?」
「メイドロボと執事ロボが全てを解決した」
「技術の無駄遣いすぎんだろ……」
「まあ生んだ所で育てられないし2060年での死が確定している以上はな。だからそういったロボットに皆夢中になったしそのせいでオレを褒める奴もいなくなった。因みにお前は導入しようとして二人に叩き潰されて絶望してたな。あの日は最高の顔をしていたぜ」
「……救いは?」
「数日義娘からニヤニヤした目で見られていて実に居心地が悪そうだったな。チクったのはそいつだけど」
スルーしていたが勘次と俺の名を呼んでいたりこいつには謎が多い。このゲーム上の設定ではきっと知り合いだったのだろうけど、立ち位置どこよ。そう問いかけると一瞬悩ましそうな表情をした後答えてくれた。
「『革新派』……というと分かりにくいな。フランスの人間だよオレは。で、人工惑星『パリ』が墜ちる前にこっちに合流して今ここにいる。お前とは戦友みたいなもんだ」
「人工惑星? パリ?」
「取り敢えず説明するからついてこいよ」
テオが扉を開け階段を登る。部屋の内装がいつも見るコンクリ製のものだったので気が付かなかったが廊下にはちらほら鈍く光る灰色の素材が見える。結晶樹。ということはここは地上なのか、という疑問を抱えながら階段を登っていく。最後の3重になった扉は入った瞬間背後が閉まり、完全に閉じ込められるような状態になる。
気密室らしきその部屋で俺はいつものマスクを改めて装着し、外に出ると未知の光景が広がっていた。6階建ての建物の屋上だからこそ見える、街を一望できる眺めだ。
「どうだ、ここが無限地平線攻略基地第13区画だ」
奇妙な景色であった。周囲はまばらに結晶樹の生える平原、ただし鱗状になった灰色の大地が続く空間であったがその中で半円状のドームが俺たちを包んでいた。中には結晶樹を切り出して造ったのであろう建物や量産型Apollyonが各所に配備されておりその周囲をプレイヤーが物珍しそうに歩いている。3本の柱、というより塔を中心に街は広がっており先ほどログインしたであろうプレイヤーたちが興味深そうに辺りを歩いていた。
特に面白いのが街の外だ。四方のかなり離れた場所にそれぞれ一つずつ串刺しにされた巨大な物体が鎮座している。玄武とか麒麟とかなのかな、と思って目を凝らしてよく見ると金属の体と触手が垂れ下がっているのが見える。……分裂体じゃんこれ。
「案山子の要領で磔にしておくと機械獣どもがよってこねえんだ。だから融合型Apollyonが居た時に基地ごとに一つああやって置いておいたんだ、結局他の基地は潰れオレらが輸送して使ってるんだけどな」
「思ったより簡単に倒せるんだな、分裂体」
「Ver1.08で倒せてオレらに倒せない道理はないしそもそも当時は融合型Apollyonもいたからな。それに『焦耗戦争』が1年未満で終わったお陰で準備がたっぷりできたのも大きい、まったく予言者様万歳だぜ」
なんか勝手に俺のせいになっているが運営は本気で『HAO』のグランドストーリーにオレンジを巻き込むつもりなのかもしれない。ならリスキルするNPCだけはダメでしょ。そう思いながらさらに奥を見つめると例のアレがでてくる。地平線の見えない大地。大地が無限に垂直に伸びその先は唯一2040年と変わらない青い空と雲に阻まれ見えなくなっている。そしてそれは以前見た時より遥かに近い。
「あれが無限地平線だ。地平線って言うと太陽が出てくる水平な線のことだから厳密には異なる。あれは異常に高い山脈だ」
「何か結晶樹とかで遮られているから分かりにくいけどなだらかに見えるぞ? 山脈っぽくはないけど……」
「無限地平線と呼ばれる空間は地球の表面積の1/64を占めている。雲の上までの高さに日本列島の約3倍以上の距離をかけて到達しているんだから普通の山脈と見え方が違うのは当然だろう」
「そんな距離があるなら攻略無理じゃない?」
当たり前の感想が口から飛び出る。数千キロをゲーム内で走るとか無理ゲーにも程がある。このクソゲーなら本当にそれだけ歩かせるだろうし、クリアするまで何年かかるか分かったものではない。エンドコンテンツだと睨んだ俺の認識は確かなものだと自画自賛する。
「真っ当に攻略するわけねぇだろ、ミサイルでショートカットするぜ。あの真ん中の塔がミサイルだ」
前言撤回、俺の認識はカスでした。
「でもビル一つ分くらいしかないあのサイズだと……そうか、MNBか!」
「そう、MNBを起動したうえで大量に荷物と人間を括り付けて飛ばす。空気抵抗さえなんとかできればこっちのものさ。だからこそ作戦開始前に手に入れておきたいものがある」
テオはにやりと笑う。
「廃棄された修理部品だ。それを使って融合型Apollyonを再起動させる」
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