3-1章『Ver3.00』無限地平線攻略篇:霧限登惨

リスキルダメ、ゼッタイ

「それでは続きましてのニュースです。無機夢汽化学は本日の記者会見にて正式に検査不正を認めました。先日まで検査不正について述べていた『オレンジ文書』について名指しで法的対応を行うと宣言していましたが一転して「深くお詫び申し上げます」と回答しています。笛糖さん、この問題についてどう思われますか?」


「はい、『オレンジ文書』により発覚した不祥事はこれで26例目となっており、残りの内容についてもますます信憑性が増しています。一方でオレンジと思われるアカウントからは『無限地平線を攻略する』以降のメッセージは出ていない状況ですね」


「そもそもオレンジとは何なのでしょうか?」


「今わかっているのは新作VRMMO『HAO』のプレイヤーでありRE社やスペースイグニッション社などの機密情報を公開したプレイヤーであるということです。オレンジ恐慌を引き起こした張本人でもあり、世間では予言者であるとか犯罪者であるとか様々な憶測が出ています」


「でも不正や汚職が見つかったのだからありがたい話ですよね。私は最近義賊の類だという噂を聞きましたよ、独占される技術を開放して金持ちが優位を保てないようにするだとか。今後が気になりますね」


「『オレンジ文書』の話題でここ一か月はニュースが持ち切りでしたし、更なる進展が期待されます。続きまして、万博と同時開催される新技術展示会について、スペースイグニッション社とホライゾン社の参入がサプライズで発表されました。一週間後に開催される新技術展示会に向けて――」



 またしても『HAO』がメンテに入ってから早一か月弱。5月19日。サービス期間3か月弱で遊べたのは実に20日にも満たないという伝説を造り上げた作品となってしまったわけで、実際俺も不満たらたらである。折角新しい機体と新ギミック用意できて大興奮だったのにたった1日で使えなくなるのは最悪である。運営何とかしろ。



 課題をしているうちに寝落ちしてしまっていて、気づけばニュース番組に切り替わっているスマホ画面を閉じる。『オレンジ』という単語が聞こえた気がして胸騒ぎがするが直ぐに無かったこととする、ニュース番組あまり好きじゃないし。余りにも荒唐無稽な、ゲームが現実と繋がっていて実は今自分はとんでもないことをしてるんじゃないかという疑念をぐいと手近にある冷めたコーヒーと共に飲み干した。そんなことありえるわけがないのだ。



 続いて身体測定の時に渡された錠剤を2粒水で流し込む。この薬のお陰か最近は少し頭が回っているように錯覚する。女医の話では自覚症状が無視しやすいため初めは分からないがじりじりと効果が分かるようになるだろう、と言われたが確かにその通りかもしれなかった。プラシーボ効果とやらかもしれないが、確かに4月中盤と今では課題の進む速度や授業の理解度、特に自分が興味が無くかつ新しいジャンルのものは圧倒的に差があった。



「よ、ようやく終わったか……」



 その結果目の前に山ほどの課題が溜まっているわけである。得意分野の電磁気などはほぼ満点で通過している一方、一般教養の授業や特にドイツ語の中間考査の点数は酷いものであった。もう単位を落としかけているものすらある。



 幸いにも教授陣も留年生を量産する気はないらしく少なくとも中間考査については追試代わりの課題をくれるところが多かったのは救いである。期末は救済がないので何とかしなければならないが、それはそれとして倒さなければならない課題の山が生まれていたわけであった。以前の俺、頭馬鹿になってるし課題ため込むしで最悪すぎるだろ。しかもオンライン授業であるのをいいことに4月ほとんど受講してないくらいだった、いや何故か集中力が続かなかったので仕方がないんだけど。



 そんなこんなで紅葉やレイナの手助けを借りつつ今日の9時締切の課題を終え今現在15時半まで熟睡していたのだった。因みにカナの手助けも借りていた。ドイツ語と英語ペラペラなのびっくりするんだが。こちらを心配するメッセージが複数来ていたため大丈夫だよ、とだけ返事をする。レイナだけ通知が20くらい来ていたのが少し怖い。



 一旦昼飯でも食うかと思ってデスクを立ち、部屋の扉を開けキッチンに向かうとそこには予想通り弁当箱があった。予想通りというと毒され過ぎなのだが義娘を名乗る不審者はほぼ毎日我が家に入り浸り、ついでに自身が預けられている白犬家の余りもの(本人曰く)を持ってきてくれるのである。何故キッチンにあるかは……なんでだろう。合鍵渡した覚えはないので本当に謎である。まあとか言っときながら飯の魔力に負けて見なかったことにしている俺がいた。



 四角い武骨な黒の弁当箱を開けるとサバの煮つけにだし巻き卵、ポテトサラダに味噌汁と極めてスタンダードな昼飯が現れた。弁当箱は保温機能がついていて味噌汁に至ってはこぼれないように完全に隔離されている。2020年代ではあまり普及していなかったらしいが最近では1000円程度でこれらの機能が付いているものも多い。最近は冷蔵機能や冷凍機能がついたものも増え始めている。



 弁当の具を見ながら、だし巻き卵は形が少し崩れているからレイナかな、でポテトサラダの味がいつもより少し濃いからカナ作かなと脳内で当ててみる。家族全員で料理を作っている光景を思い浮かべるとほっこりする、急に現れた他人を義父呼ばわりする少女とか馴染めなさそうな気もしたけど杞憂であった。俺に対してだけ距離感がバグっているだけかもしれない。



 味はアンナさんの指導もあってか確かなもので自分の男料理の何倍も美味しい。名目としては余りものをカナの面倒を見る代わりにくれるという形式だがどうあがいてもそのクオリティではないし何なら最近は俺が面倒を見られているくらいである。主に英語とドイツ語。



 そんなこんなで地獄を乗り越えた俺の目の前には二つの告知があった。このために死ぬ気で頑張ったと言っても過言ではない。



 1つは新技術展示会の優待チケット。鋼光社枠で優先的に入場できるらしく、しかもApollyonの実機が見れるとの噂でドキドキが止まらない。機密情報による炎上商法(?)はこのためのフラグだったのであろう、多分。最近不安になってきたけれど。あと一週間でやってくるので本当に楽しみである。



 そしてもう一つ、『HAO』Ver3.00である。遂に一か月の沈黙を破り運営は今日の16時よりサービス再開を発表した。飯を食べたのでもう後数分でプレイできるはずである。しかも新イベント『無限地平線攻略戦』が告知されている。



 無限地平線。Ver1.08のレイナは『UYK』の弱点であると言っていた。恐らくここがグランドストーリーの舞台で、ラスボス攻略を目指して遂に物語が動くのであろう。だから早めに参入して未知の大地を攻略したい。ついでに2055年の作戦で落とした部品とかスクラップを回収したい。ローグライクみたいで最高じゃん。



 そんな思いのなか俺は気分よくVR装置を頭に付ける。視界が暗転し、いつものログイン画面のあと徐々に明瞭になっていく。今回は無理やり借金させられないといいなと思いながら。



 だが来たのは別のものであった。狙撃VRで磨いた、よくわかんないけど多分狙われてる気がするかもしれない感覚(成功率40%)を感じ体の感覚が定まらないうちに無理やりゲーム内で前転を行う。直ぐにログインが完了し周囲を見渡すと俺の腕から流れる血、弾が掠った跡、そして取り押さえられる金髪の女性が目に映る。



「予言者、私たちは生きているんだ! 我々を消そうとするなど傲慢だとなぜ気が付かない!!!」


「すみませんプレイヤーのかt……予言者様!? うちのものが大変失礼しました、どうか治療致しますのでこちらへ!」



 周囲には今ログインしてきたばかりのプレイヤーがこの光景を見てきょとんとした表情になっている。ついでに俺の背後にいた人は運悪く銃弾が直撃し死亡していた。俺のログインは最速に近いはずであり、目の前の女の言動からして。



「NPCがリスキルするのはクソゲー過ぎるだろ……」


運営君はもう一度メンテすることを検討したほうがいいと思うんだ。いやマジで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る