教えて『革新派』先生!

 ロンドンに程よく近いゴルフ場に二人の男がいた。とは言ってもこの二人はゴルフをしに来たわけではない。快晴を無視するかのように分厚いカーテンが張られた部屋であった。調度品は派手過ぎず地味過ぎず、その上品さがここの主と招待主のセンスを示していた。



「今一話が飲み込めていないのだ。『オレンジ文書』によりようやく私も『HAO』が真実だと理解したがその詳細に頭がついて行っていない」



 イギリス与党上院議員である50歳ほどの太り気味の男はそう問いかける。彼の人生は今まで順調そのものだった。親から受け継いだ資産を上手く運用し議員としても手堅く活動している。更に不老化技術というものまで出てきたお陰で彼の人生は恐怖から解き放たれた素晴らしいものになるはずだった。



 10年後に人類が破滅さえしなければ。



 初めは信じていなかった。良くわからない事件が起きているだけ、という認識だった。しかしこの2か月で起きたオレンジ周辺の動向、それに続く日本の国会議事堂襲撃事件。軍事と宇宙に関わる企業の動揺。そしてそれらがかつて噂に聞いた未来を観測するプロジェクトの話と一致したのだ。そしてそれらのプロジェクトに国が一丸となって取り組もうという動きは破滅を信じない者達により鎮静化してしまったという事も。だから世界をどうにかするには未だに未来に立ち向かう者達に頼るしかないのだ。



「勿論です。恥ずかしながら我らも全てを把握しておりません。ですが貴方の協力を仰ぐためならば喜んで私の持つ情報を開示しましょう」



 そう言うのは背の高い男だった。42歳、整えられた顎髭を撫でる高級スーツを苦も無く着こなす男こそ『スペースイグニッション社』社長、スペース社長であった。勿論本来の名前ではないのだがわざわざ複雑な手続きを踏んで彼は改名していた。



 議員の男は内心舌打ちする。話を聞く限りある程度までは『革新派』は2060年の覇権を握る事に成功している。つまり自分はあくまで勝ち馬に乗ろうとしているだけの人間に過ぎない、過度な要求は身を亡ぼすだろうと戒めた。



「とはいっても私からだらだら語っても意味がない。疑問点を解消する、という意味でそちらの疑問に一つづつお答えいたします。一問一答みたいな感じですね」



 その言葉に議員は直ぐにこれはテストであると気が付く。自分がどこまで理解しどこまで本質を突けるかという試験。これを乗り越えればまだ『革新派』の中で良い地位に付ける可能性がある。有能であると自身を売りつけなければならない。



 前提を固めず妄想で質問してはいけない。かといって前提に固執し本質を見失ってはいけない。慎重に議員の男は口を開いた。



「まず一つ。『HAO』は未来のシミュレーションである」


「NO。『HAO』は実在する未来と接続しています」


「次に、スペースイグニッション社は『革新派』を支援している最大の企業である」


「YES。我々は『HAO』の前身である未来干渉プロジェクトに参加しています。それを見て我が社は未来を救う必要があると考え同志と手を結びました」


「さらに一つ。君たちは未来より情報を受け取って活用している」


「YES。『引継ぎ』と呼んでいるこの行動で多くの情報を集め世界救済のための資産としています」


「もう一つ。オレンジの行動はあなた方の制御下にはない」


「YES。完全に未知数です。そもそも『HAO』は最初の段階では廃墟と破損したデータが残る虚無でした。だからこの段階で『引継ぎ』は無理だと侮っていた我々の足元を掬われた形になります」


「これで5つ目か。オレンジ以外に機密を漏らす人間はいなかった」


「NO。ただしこのゲームのシステム、つまり『情報を持ち出すには配信かスクリーンショット以外の方法がない』という点が肝になってきます。その形式故にただでさえ多くない残存したデータをこれらの手間がかかる方法で外に持ち出そうとする人間は少なく、またいても口止めが間に合う範囲でした。勿論これらはあくまで民間人の話であり企業間での水面下の情報戦はかなり激しいのですが」



 偽オレンジ作戦という方法でこの面倒な手法を一般人に取らせたのは面倒でした、とスペース社長は苦笑する。ここまでスペース社長の表情は明るいままであった、『スペースイグニッション社』。元々はNASAの関連企業であったのがそれを活かして民間での宇宙開発を開始、実用化に成功している大企業である。



 一見収益がどうなっているのか不明に見えるが実は国家からの衛星打ち上げを委託されていたりするほどである。他に高価な宇宙旅行ツアーを組むなど意外と財政は健全な会社である。その代わり軍事衛星を打ち上げているのではないかなどの黒い噂も絶えない。逆に言えば金だけかかる宇宙事業を成り立たせている凄まじい実力者である。



「質問6。ロシアで製造された獣人とやらは我々の知っている情報と大きく異なる」


「YES。当時の所長が問題を大きくしないために第2世代獣人のデータを改ざんする契約を結んでいたことを3日前に確認しています。そのため我々は今まで彼女らを過小評価していました」


「質問7。第2世代獣人の強さがおかしいという事を『引継ぎ』で確認していたのか」


「NO。というのも明らかに桁がおかしく他のエラーデータと一緒に処理してしまっていました。また白犬レイナは単体で戦闘することが多く彼女の戦績を鋼光社の自己申告以外で確認したものは数少ないという理由もあります」


「質問8。引用情報化とは『固定』された未来が消されることである」


「YES。『HAO』はまだ確定していない未来を『固定』することで観測、干渉を可能にしています。言い換えればVerアップデートと言う形で新たな未来を見るべく『固定』を解除すれば、そこにあった未来も人々も確定していないただの可能性に逆戻りします。とはいっても現在の時間軸に影響を与えている以上完全に無くなりはせず情報として残滓が残る、故に引用情報化と呼んでいます。要はアップデートがない引用情報化が確定された世界ではどれだけ頑張っても2060年に無かったことになってしまうのです。命も、努力も。まあ苦しい世界を生き延びた先にそんな運命が待ち受けているわけですからあの惨状も納得がいくでしょう」


「質問9。『HAO』のアップデートは大きな変化が発生すると自動で起こる」


「NO。『固定』さえしていればアップデートする必要はありません。ただ変化があるのであれば早い段階で確認することが望ましいとは思われます、どれが原因で変化が起きたのか分からなくなりますから。最近のHereafter社の方針はさっぱり不明ですがね」


「質問10。現在の勢力図は『革新派』、鋼光社、そして旧『SOD』に分類される」


「YES。お察しの通り各国で未来改変に積極的な人間の大半は既に『革新派』に取り込んでいるか2050年までに既に取り込めたことを確認しています。またRE社などの軍事企業の取り込みも完了。対する鋼光社は基本は烏合の衆でありますが支援企業が急速に広がっており、あくまでオレンジを中心に技術拡散を進めています。最後に旧『SOD』等の反未来改変派、『焦耗戦争』を起こした張本人です。Hereafter社はシステム維持を行うだけなので無視して良いでしょう、いやその技術力は是非とも欲しいのですが」


「……つまり鋼光社以外で未来改変に取り組んでいるのを見れば取り合えず『革新派』と見ておけばいいのだな? 例えば例の日本の公安のように」


「その通りです。アメリカだろうとドイツだろうと、未来改変を掲げる者政府関係者ほぼ全ては『HAO』Ver1.00以来の我々の仲間です。良識ある皆様の「そんな未来があり得るはずがない」「よくわからないものに予算を使うな」という声によりどの国も国単位で動けなくなってしまったからこそ『HAO』の解放並びに有志による『革新派』の立ち上げがなされたわけですから。それ以外は『HAO』を信じないか信じても手の出しようが無くあたふたしているうちに終わる者達に過ぎない。我々からは敵視され、逆にこちらにそこまで敵意がないのが鋼光社、そして我々と鋼光社を憎むのが旧『SOD』であるわけです」



 より正確に説明をするとカナ、『教団』、仲本豪などが鋼光社陣営であり一方で公安6課やスペース社長、グレイグが『革新派』、それに雇われたのが『☆スターナイト☆』であったりヒニルであったりするわけだ。今回の一連の事件は複雑に見えてどこまで言っても『革新派』と鋼光社の間でHereafter社と政治家+オレンジの首という賞品を巡り争ったに過ぎない。全部鋼光社がかっさらっていったけど。



 そして鋼光社と『革新派』は真の敵と言うわけでもなかったりする。少なくとも未来を変えるという点では同じであるし実際2055年の作戦は合同で行っているのだから。それはそれとしてマイナス質量物質の情報だったりApollyonの機密文書だとかをばら撒いて大損害を与える柑橘類がいるせいで『革新派』の鋼光社への目は極めて厳しいのである。というかオレンジ単体については殺意まである。主にRE社社長が。 



「質問11。『焦耗戦争』とは『予言者』を擁する鋼光社とそれを排除したい反超能力主義者や単純に思想を危険視した国家や組織のいざこざが発端となった戦争である」


「YES。ただ本来であれば我々に向かうはずだった怒りの矛先を引き受けてくれた点だけは鋼光社に感謝ですね。この戦争のせいで我々はあのような無様な出来の箱舟を造る羽目になりました」


「質問12。破滅の原因、地球そのものである『UYK』を倒す方法として『革新派』が検討しているのは2050年を一部の人間だけが乗り越えた後、その者達だけで2055年の作戦を実行するというものである」


「YES。見ていただければわかる通り政治の足の引っ張り合いは醜いものです。既にVer1.06までに4 度試行錯誤しましたが未来を信じない者、既得権益を叫ぶ者たちによって全て失敗しました。だからこそ『UYK』を倒すという意思統一ができている環境が欲しかったのです、仮に多くの人類を見殺しにしたとしても全滅よりはマシであるから」


「質問13。2055年の作戦とはやらを攻略するものである」


「YES。UYK。つまり脳があの近辺にあるはずであり、そこさえ潰せれば殺せるはずです」



 議員の男はそこで一度言葉を切る。次の質問こそが重要である。恐らくここを外せば自分は大したことのない扱いを受けるであろう。だからこそ脳を駆け巡らせ、今までの情報を統合する。そうだ、そもそも何故スペースイグニッション社は『革新派』なんていう大規模な組織を支援する必要があったのか。どうして多くの政治家や企業に『革新派』の息がかかるのか。そして調べた『HAO』のVer-1.00、『虚重副太陽計画』。



「質問14。『革新派』の目的は世界の覇権を取る事ではない。



 その議員の言葉に初めてスペース社長の笑顔が消える。髭を触るのを止め机に手を置く。目線で続きを促す彼に議員の男は自身の正しさを確信した。



「世界の覇権を取るだけならそもそも複数の国に人員を送り込む必要などない。自身の影響力が及ぶ地域で無限に力を蓄えればそれでしまいだ。ましてや遠く離れた極東にて作戦を行うなんて無駄の極み。つまり言い換えれば君の目的は2050年以降ではなくそれ以前にある」


「それで?」


「――君は宇宙で何かをしたいのだ。建国でもしたいのか宇宙戦艦でも浮かべたいのかは知らない。だが『HAO』にて『革新派』の力で箱舟に乗った者を救えるという事実を示し救う対価として何かを要求しているのは確かだ、例えば今私に話しているように。そして君の本業を見ればそれが宇宙関連であることは容易に想像がつく」



 この場面での質問は「スペースイグニッション社は宇宙を奪おうとしている」ではいけなかった。それだけではただ当たり前である。ここで大事なのは『革新派』の目的は世界の覇権を握ることではなく、ということなのだ。



 当たり前だが宇宙開発は軍事利用と隣合わせだ。我が国が宇宙から狙われるかもしれない、という恐怖がスペースイグニッション社の宇宙開発を既に何度も阻んでいた。『HAO』初期の苦い記憶だ。それ故にスペース社長は『革新派』という形で根回しを行っているのだ。



 その答えにたどり着いた目の前の男を見てスペース社長は感嘆の息を吐く。既得権益に縋り不老化を求める愚物かと思いきやなるほど立場に見合う目と頭を持っている、と評価を2段階頭の中で上げざるを得なかった。



「お見事。その通りです。私たちの目標は宇宙に星を造り住むこと。現在の人類は行き詰っている。例えば外を見てください」



 分厚いカーテンをスペース社長は上げる。眼下に広がる美しい芝生と遊びに興じる者達。その先には電車や車がまばらに走り続けている。2020年と大きく変わらない姿がそこにはあった。それがスペース社長には気に入らなかったのだ。



「この光景は数十年変わっていません。何故なら新しい技術を導入するより既存のものを使いまわしたほうが楽だから。思考停止のまま使えるから。安いから。それが続いた結果技術は進歩したのにこの光景は維持されてしまっています。宇宙に至り『HAO』を生み出す技術がありながら怠惰が社会を支配しています。この状況をするのです」


「具体的には?」


「新天地を生み出します。人工惑星という0から始まる世界であれば新しい技術を活用する余地がでてくる。そしてそこに移住しなければならない以上、快適にするために権力者たちの私財が投じられるからこそ全てが革新される。だがそのためには2050年以前の段階で人工惑星の製造を始めていなければならない訳なのです」


「宇宙に行ったあと無数のトラブルがあるだろう」


「それらの問題調整のために権力者たちを取り込み、宇宙での地位を確約しているのですよ。人類の全てを人工惑星に乗せることは不可能だからこそそれを逆手に取ります。各国に仲間がいるが故に宇宙開発への反対も封殺。一国につき一つの人工惑星が与えられ地球外で新たな世界を生み出します。これが『革新派』の望む未来であり、人類は破滅を退け生存し『革新派』に与する賢い人間が権力を握るわけです。とはいってもまずは月の『UYK』への対抗手段を確立させてからですが」


「つまり一部の、トラブルを起こす人間は乗せないと」


「場合によりますが、先ほど話した通り『UYK』を信じない者を乗せるわけにはいきませんね」



 そこまで話を聞いたところで議員の男は席を立つ。スペース社長は不思議そうに首を傾げる。今の話の流れであれば彼は乗るはずであった。自身の有用性が理解され革新の重要性を理解できたはずなのに。その疑問に答えるように議員は言った。



「破滅を退けつつ不老化を達成する手段はもう一つある」


「……鋼光社ですね。しかし彼らの不老化技術は公開されてしまっている、その点でメリットはないはずですよ」


「そうじゃない。君は優秀だからこそ、放っておいても革新とやらを成し遂げるだろう。だからこそその上で上院議員、貴族院の一員として行うべきは人工惑星に乗らない人間を含めて助け出す事なのだ」


「できるとお思いで?」


「さあ? だが一つ言えることがあるとすれば本当に革新を起こしているのは君たちではなくオレンジ達ではないのか。何というか熱意はあるのだろう、だが狂気と速度が足らないような雰囲気がしてね」


「雰囲気で決めるのですか?」


「私を舐めるなよ。何十年政治家をやってきたと思っている。それにVer2.00を見た。なんだあの様子は。人間の生き方ではない」


「……それは重々承知しています。しかし月の『UYK』への対抗手段を十全とするための時間を確保しつつ、次こそは」


「先ほど君は『HAO』はシミュレーションではないと言った。つまり実在する人々に死と人肉を食すことを強要したのだ、あのシステムの中で。さらに鋼光社曰く『HAO』を利用して現実で民間人を巻き込む殺人事件を起こしたらしいじゃないか。それを理解した上でたどり着く未来が一部の人間以外を滅ぼす世界、そんなものに正当性があるとでも?」


「鋼光社の絵空事の方が信用に値すると? 今までの旧大阪市、箱舟、人工惑星。全て我々の成果であり彼らはそれに便乗しているだけにすぎないわけです。オレンジと白犬レイナ以外は脅威ではありません」


「あの狂気的な立ち回りと圧倒的な速度を両立できるオレンジと鋼光社は一定の評価に値する。さらにオレンジが多重未来予知能力者とやらであるのならばより良い未来にたどり着けるはずだ」


「しかしその立ち回りが『焦耗戦争』を生み出すきっかけの一つであったわけですが」


「ああ、それについて言っていたよ。彼女曰く「3日で終わらせる」とのことだ」


「……は? 5年続いたあれをですか?」


「君たちが鋼光社を危険視する最大の理由はオレンジが余りにも不確定要素すぎるからだ。しかし本当に『焦耗戦争』を止められるのであればその一点において彼らと交渉の余地があるのではないかね?もしくは無限地平線の攻略についても同じことが言えるだろう」


「本日はお帰り頂けないでしょうか。所詮は1企業と烏合の衆、いくら首領が化け物であってもそれだけです。にもかかわらず私が何年もの努力を費やして得た『革新派』と同列に扱うなど侮辱にも程がある」


「もし出来たらどうする?」


「ふ、そうですね。鼻からフライドポテト踊り食いでもしましょう。まあ賭けにすらなりませんがね」




 こうして二人の密談はものの見事に決裂する事となる。この翌日議員の男は自身の影響力が及ぶ範囲の政治家や企業と連絡を取ったうえで鋼光社へ連携の申し出を行うこととなったのであった。

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