いたずらを一つまみ

「ロシアから回収した獣人の皆には戸籍を用意できたかな?」 


「伝手を辿って何とか調整したわ。上手い商売や、殺人の隠蔽に協力した挙げ句にその戸籍を売り払う。無駄が無いからこそ反吐が出るで」 


「そう言いながら利用してるじゃないか」


「子供の生活には換えられへん。まあうちらも大人名乗るには未熟すぎるけどな。あと獣人と国の間での協定は大丈夫なん?」


「全く大丈夫じゃないよ。何せ無許可の暴力行使、国内に加えて非合法とはいえ海外にも。さらに申告した戦闘力と乖離していたわけだから今頃大慌てだろうね」


「そんなヤバいことしたん?」


「海中特化仕様の改造人間を倒すべくバタフライ祭りしていた。流石に地上ほど速くは動けないね」

 

「水飛沫だけで怪奇現象やそんなもん。漁師さん絶句やで」



 バタフライと身体能力任せで海中仕様の改造人間を追いかけ回す光景を思い浮かべ紅葉は少し笑う。いや追いかけ回された側からしては笑い話ではない、ただの生身バタフライ女が自分に追いついて来るのだから恐怖そのものだ。きっとスクリューエンジンだとかMNBだとかを使って頑張っていただろうにまさかそんなふざけた負け方をする日が来るとは夢にも思わなかっただろう。



 4月21日。あれから一週間が経過していた。レイナは少し憂鬱そうな表情でマグカップに入ったコーヒーを揺らす。鋼光社の一室で紅葉は自分の茶を注ぎながら語った。



「そこらへんも含めて最速で終わらす必要があるな。今うちらが強気でいられるのは切り札を惜しみ無く叩き込んで他所に様子見を強要しとるからや。底が知られた瞬間食われる」


「こちらに食いついてきた勢力は?」


「小さい所が多数。ただ一部ではあるけど裏の勢力や『革新派』の息の届いていない別分野の大企業とかがちらほらあったわ。ほら知っとるやろ、薄報堂って」


「広告系だね。その感じだと世界どうこうの話ではなくて不老化技術のみに興味があるタイプか」


「うちらとしては実用化の済んだ不老化技術の適用を盾に資金援助を迫る流れになっとる。他組織はこっちと違って専用設備がない以上それを作るところから始める必要があるからな」



 だかしかし鋼光社の持つこの強みは弱みに転ずることがある。それは資源や機材の限界だ。



 例えば改造人間の義体を生産するとしよう。しかしそこには生産設備、技術を理解している人間、そして資材が必要だ。更に言うならば資金も重要である。未来が破滅に向かっていると理解し社の金をほぼ全てそちらに注ぎ込める頭の沸いた組織は早々ない。



 それ故に未来から回収した技術はあれどそれを2040年段階で活用するのは極めて難しい、というのが現状である。



 だがこれにも例外がある。少数生産に留めるか、あるいは既存の設備の使い回しで生産できるようにするか。



 量産型Apollyonは後者だ。既存の工作機械のラインをある程度使い回せるよう、意図的に設計されている。これは世界の大半が破滅を信じない状況からでも2055年に生産が間に合うようにするための苦肉の策だった。



 それはApollyonの進化が進んでも変わっていない。だからこそ現在鋼光社はApollyonの基盤の生産を開始することが出来ていて、他社もまた同様の状態なのである。



「それで回収してきた獣人の彼女はどうなん? 最速でお義父様呼びしたのは聞いたけど」


「一応親戚って説明したけど信じて貰えてるかは半々だね。カナの言動で少し怪しみ始めているみたい」


「最悪や、何も知らせずに終わらせたかったのに」


「最近は隙間を見つけては彼の家にお邪魔してるし、困ったものだね。連れ戻すという名目で会えるのだけが唯一の救いかな」


「ちょいまってそれは聞いとらへんで」



 唐突に出てきた情報に慌てふためきながら二人の会話は続く。鋼光社の実質トップと最強の第2世代獣人。予言者の腹心に見せかけた、影に隠れる破滅への挑戦者達だ。



 故に会話は自然と『次』に収束していく。



「それで、今回私の力を見せてどうするんだい?」


「今回の件で幾つか周囲からの視線が変わったんよ」  



 今まで鋼光社とはオレンジの支援者でしかなかった。新しい技術を無秩序にばらまくだけの存在。


 それが今回の戦いで変わった。明らかに異常な力を持つ第2世代獣人を運用し、同時に市街地戦を可能とする第1世代獣人という戦力を保有する武装組織となったのだ。しかもロシアの某所から獣人を連れてくるというオマケ付きで。



 そしてオフラインイベントの発表でHereafter社との繋がりも確保していることが判明する。つまりここにきて名実共に未来の情報を拡散するために動く強力な組織であるという事実が未来だけではなく現実からも証明されたのだ。



「うちらは今超重要人物や。そしてそのうちらが全技術を投入して行うイベント。そりゃもう沢山の人間が釣れるわけで、あとはわかるな?」


「うわ悪……」


「引くのやめてや、あともう一人が来る可能性だけは常に考えといてな」



 後半の言葉だけ紅葉は声を低くして警告する。レイナは懐かしさと苦々しさを混ぜたような表情でわかった、とだけ答えた。彼女たちは口に出さずともわかっている。『焦耗戦争』を終わらせる方法。すなわち早い段階で過激派の頭を潰して芽を摘み取るわけである。



 そもそもであるが『焦耗戦争』は鋼光社などの『HAO』関連により利益を得たグループと『HAO』という仕組みそのものを忌避する集団の争いである。未来を『固定』するという行為に対して宗教的、心理的、倫理的に反発する者達が手を組んだのが事の発端であり、そして平和な2040年日本でそんなものが自然に起こるはずはない。つまり強い思想を持つリーダーに率いられて初めて成立するのだ。



 言い換えれば早い段階でそこだけを摘み取ることが出来れば不発に終わる。勢力を拡大するよりも早急な強襲を強要させるための策こそが展示会の本領だ。それにより副次的に『革新派』を詰ませて交渉の材料とする。



 紅葉の策は成功する可能性が高い、とレイナは踏んだ。最速最短で終わらせるための手段として、他を圧倒する頭脳を持つ紅葉の策であれば命をかけて実行するべきだと思っている。それだけ彼女の事を信用している。



 が、それはそれとして。



『あー次は無限地平線を攻略しまーす』



 間抜けな声が部屋に響き渡る。オレンジのアカウントが投稿した10秒ほどの動画である。先ほど投稿されたばかりのそれを紅葉は通知を受け取った瞬間急いで再生した。


 

 その10秒の動画には新技術展示会のパンフレットが映っていて、オレンジが無限地平線を攻略すると告げただけである。ただそれだけ、しかしこれだけで彼女たちの計画は修正を余儀なくされた。



 オレンジの予言は絶対である必要がある。言い換えればオレンジの予言が絶対になるよう紅葉達は走り回る必要があった。だが少なくとも彼女の計画ではこの周で無限地平線を攻略するつもりなどない。そもそもHereafter社に頼んでVer3.00の開始は展示会以降にしてもらうつもりであったし仮に開始したとしてもVer2.01のように無限地平線に向かえない状態にあるかもしれないのだ。だが予言は絶対である。新技術展示会近辺で無限地平線を攻略できるようにしなければならない。



「カナ……あの娘はっ!」



 レイナが直観的に黒幕を言い当てがくりと肩を落とす。紅葉はしばらく体を震わせてから「……やったろうやないか」と呟いた。怒り心頭というよりは毒を食らわば皿までという精神で彼女は宣言する。その手には一つのメモリーカードが握られていた。Ver2.01の終わり際に裏色愛華と交渉し手に入れた情報、『モーセの剣』の製造法だ。これを本来の使用目的に基づいて運用するのである。それはどうしてデュランという水中特化の改造人間がいたのか、という答えにも関連がある。



 オレンジの優位性は消えつつある。次のVerまでには巨大な企業は『HAO』からの情報流出を阻止する仕組み作りがほぼ終わるだろう。偽オレンジという形で手数を増やしはしたもののこうなっては他社からの技術流出は難しい。未島勘次がいくら変な立ち回りをしてもここから新しく技術を公開するのは不可能で、予言者としての信頼性は少しづつ落ちて行ってしまう。



「やったろうやないか! トーナメントなんか中止やバトロワにする。んで舞台は会場やない、オホーツク海水深1800m、無限地平線になるはずの部位」


「2040年と2060年、両方から無限地平線を攻略したろうやないか!」



 戦いは更に大規模化していく。だがどこまでいってもかき乱すのはこの男、未島勘次である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る