2-2章『Ver2.01』貴方を愛している

オレンジ狩りに行こう!

 4月13日となり、大学ではすでに授業が始まる時期となっていた。とはいっても初めての授業、基本的には概要説明であったり雑談でしかない。そもそも教科書を買ってすらいない人間が多数なのだから。そして何よりオンラインであるという事実が俺のワクワク感を完全に消し去っていた。



 なんというか、今までと地続きすぎるのだ。友人関係の変化は未だに大きくは体感できていない一方で大学生という身分だけ自分を追い立ててくるような感覚。まあ一方で急激な環境の変化、なんてものも起きにくいわけだからやりやすいといえばやりやすい。人によるかもしれないが俺はこの環境が嫌いではなかった。



 だって早起きしなくていいし。



 そんなわけで10時にのっそりと起き上がった俺は録画授業を聞きながらいつも通りの朝飯を食べ、それと同時に送られてきた錠剤を1粒飲む。



 あのよくわからない女医曰く、神経系に問題が起きていて症状に無自覚でいられるうちに治しましょう、とのことだった。何でも初期段階で治療すれば数ヶ月で全快らしい。今一ピンと来ていないが取り敢えず薬はきちんと飲む俺であった。



『先日自首した田中ライトソード議員についてですが、発表された証拠からSNSに投稿した内容が事実であると判明しました。自首した理由としてネットの配信を上げておりーー』

『オレンジ文書再来!』

『捏造された記事だとしてオレンジへの訴訟を匂わせる会見を行ったCEO、ーー』

『新型豪華客船は半径1kmと発表され、実現性や安全性に疑念を抱かれる形となっています。特に税金の一部が補助としてーーー』



 ブラウザのトップ画面に出てくるニュースを見ることすらせず大学のサイトに接続、姿勢を後ろに倒しリラックス。そして授業録画を聞き始めた。



 一発目に選んだのは解析学の授業。朝から重いものを選んでしまった、と思いながら話を聞いてると違和感を感じる。



 なんというか、集中できない。



 最近はこういった難易度の高い、興味のない新しいジャンルを学習するということが無かったためあまり気がついてなかったが、なんか変だ。



 ただその思考はすぐに消え、よくわからないなりに授業を聞き続ける事となる。まあ気のせいで明日になればなんとかなるだろう、と思っていた。



 だがそんな考えは午前の授業が終わると共に何処かへ消えていってしまうこととなる。何故なら『HAO』アップデート完了、の文字列が遂に出てきたからである。



 数日に渡るメンテナンスがようやく終了しゲームが始まるわけだ。いや長すぎるだろ、半日で終わらせてくれよ。



 そう思って午後の授業を聞くのを後回しにしながらVR装置を接続し、頭に接続する。結果から言えばこの行動こそが最適解であった。


 ◇


 同時刻。



「『HAO』による『固定』化、同期を確認しました!」


「使者のログインを確認!こちらへの移動が10分、更にデータ転送が4時間かかる見通しです」


「チッ、『固定』やらの情報を秘匿しすぎだ。情報共有がスクショしかないせいで受け渡しにこんなに時間がかかるとはな」



 グレイグが苛立たしそうに呟く。それと同時に大地が再び揺れた。もうここも、いや箱舟自体が半日も保たずに壊滅するのは誰の目にも明らかである。



 だからこそ今すぐに動く必要があった。眼下には数多の『観測機』が映る。全てHereafter社を襲撃し奪い取ったものであった。そしてその横に幾つもの古いVR機器が置いてある。



 グレイグは一息ついて後ろに振り返った。そこに居るのは死地を共にした、146人の人造人間。2040年に存在しない、『HAO』から逆潜するためだけに創り出された生命体達である。



 音より早く動き戦車を貫通する蹴りを繰り出すルーカス、熱線照射により全てを融解させるエイデン、水中戦闘に特化し数多の戦艦を破壊したデュラン



 初めは6人いた最上位の人造人間も既に2人脱落していた。しかしそれでもこれだけの戦力を『革新派』は維持することができていた。グレイグが叫ぶ。



「俺たちは消える。引用情報となって、世界もろとも人ではない屑となり時間の流れに消え去る。俺たちに明日も無ければ過去もない」



 シン、と静まり返る。ここにいる人間は2045年の、焦耗戦争を見てきた者たちである。生まれて初めて見たものが同士討ちを行い自ら可能性を潰す人類。そして初めから存在しない未来。『固定』を解かれれば消えるという前提を彼らは受け入れざるを得なかった。



「だからこそここで傷跡を残す!俺達は居たのだと!人類の勝利に貢献した誰かがここに居たのだと!」



 故に、彼らが生きた証明を残すにはそれしか無かった。グレイグの声と共に全員が無言で敬礼を行う。日本に混乱をもたらす要因である3人、政治家二人とオレンジを殺害することで焦耗戦争を抑え込めるようにする。



 そしてもう一つ、作戦があった。



「能力者達は引き継ぎまでの防衛を頼む」



 Hereafter社の情報を全て2040年の『革新派』に渡す事で独占を阻止、自らに都合の良いように用いる。未来への情報を一企業が独占し民間人にも使用可能にしているというこの異常事態にケリをつけるのだ。



「裏色」


「……わかってる」



 隅の方でもたれかかっていた赤髪の女が酷く憂鬱そうに呟いた。目には隈ができており、歪んだ光が強く灯っている。不老化技術により年齢はわからないが服装は若々しい、2040年の流行を捉えたものを着ていた。裏色愛華の返事を受け取りグレイグは手を広げる。



「人造人間ども、ログインを開始するぞ!」



 その言葉と共に短い演説が打ち切られて、人造人間達は次々にVR機器に身を預ける。それと同時にモニター上に変化が起きた。2040年の、普通の路地裏だ。そこに何かの屍肉と金属片がばら撒かれている。しかし次の瞬間、波打ったそれらは急速に液体の様に動き出してゆく。10秒もしたあとには屍肉も金属片もなく、代わりに一人の人造人間が立っていた。



「『逆潜引用情報化計画』を開始する」



 殺害目標オレンジへの接敵まであと56分。


 ◇



 VR機器は五感を制御できる。それは一時期問題となったが娯楽としてなし崩し的に受け入れられてしまったものだ。だからこそVR機器に接続している間、外部の情報を得ることは不可能だ。



 故に2040年4月13日、部屋で『HAO』をプレイしている彼女がそれを感知できるはずがなかった。



「……敵?」


 HAO

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