『モーセの剣』

「昨日声かけてきた奴だな。名前は聞いてなかった、えーっと」


「オレ「ミカっていうねん。うちが呉、こいつがレイや」


「よろしく頼むよ」


「OK,ミカと呉とレイか。プレイヤーにしてはまともな名前だな。追加要員まで連れて来てくれたのはありがたい話だ」


「そんなヤバい奴いたん?」


「♰漆黒の堕天使ルシファー@彼女募集中♰とか抜かしやがった。しかもプレイヤーとしての正式な名前らしい。ところでいい顔してるじゃないか姉ちゃん。良い商売があるんだが興味あるか?」


「俺……私は遠慮しておく」



 そう呆れた顔で語るのは強面のお兄さん。タンクトップ姿でありその上半身の多くは機械に置換されている。上半身がメインという事は近接戦特化型なのだろうか。ただお兄さんというよりはヤクザという表現が近いが。



 場所は屋上区画とか呼ばれていた部分である。この区画もまた、いつもの廊下と変わらない無機質な壁が立ち並んでいる。ただし兎に角だだっ広く、それでいて数多の人がひしめき合っているのが特徴だ。その全員がヘルメットを被るか、あるいはその手に持っていた。『モーセの剣』対策だと紅葉こと呉がボソッと呟く。しかし変装に続き偽名までやる必要があるのか。これではまるで俺たちが追われているかのようではないか。



「一緒にApollyon使いも登録しなかった?」


「ああ、仲本先生か。何度か連絡は送っていたのだがまさか協力していただけるとは思えなくて、お前たちには感謝しなければな」


「先生?」


「ああ、プレイヤーだから知らないのか。2050年のもう一人の英雄、『焦耗戦争』の活躍は勿論、その権力を使いこの船の製作を大きく手助けして下さった救い手だ」


「そんなに強かったのか。確かに闘技場ではとんでもなく強かったらしいけど」


「ただただ一つ一つの動作の熟練度が凄まじい、シンプルに最強のApollyon使いさ。オレンジなんて目じゃない」



 会話をしてもやはり男とバレないらしい。先輩、リアルネームバレてるけど大丈夫か? と思ったけどここまで強いと逆に利用できそうではある。まあこいつの言ってる最強伝説は設定だから置いておくとして……いや、あの再現度からすると本当にこれができるレベルの能力あるのか? だとしたら同じApollyon使いとして絶対に倒しておかないと気がすまなくなってきそうである。圧勝しなくてもいいのだ、一勝はしておかないと満足できないという性なのだ。



『間もなくデッキを開放します。各自戦闘準備をお願いします。対象は機械獣200体、鳥型と魚型がそれぞれ100ずつです』



 アナウンスが流れる。それと同時に先ほど俺達に話しかけてきた男が部屋の壁際に設置された台に昇り、バンと大きな音を立てる。全員が注目する中、男が口を開いた。



「本日はお集まりいただきありがとうございます。……ってこの口調は面倒だな。まあいい、俺はグレイグ、今回やってもらうのは偽予言者の討伐だ。昨今『教団』が俺らのシマを荒らした挙句に蔓延っている、その上中心が戻ってきたら更に面倒だ。だから潰す、という方針はいいな?」



 喋り方は雑だがグレイグさんは軽く100人は居そうな人の群れに怖気ずに話し続ける。やはり見た目通りヤクザをやっていそうである。恐らく良いヤクザ、なんて決して呼べないだろう。恫喝とかやりなれてそうだし。それはそうとして『教団』って確かカナが所属している所だよな。何してんのあの子。



「対象は昨日闘技場にて1戦を行い、その後廊下を『教団』のトップに抱きかかえられて走っていることが確認された。それ以降は音沙汰がねえがまああの予言者だ、多分どこかで動くだろ。その時の為に諜報を各地に配置している。奴の存在が確認され次第即座に動かせる兵力、つまりお前たちを派遣して徹底的に叩き潰す。プレイヤーもいるからシフトを考える必要はあるが常に5割以上を動かせる状態にしておきたいが、それはこちらの話だな」



 グレイグさんはふん、と謎に鼻息を荒げてから話を続ける。



「だが兵力を無駄にとどめておくわけにもいかない、そのためデッキ並びに側面にへばりつく機械獣の討伐を行ってもらう。一部は差し引いたうえで給料を支給するがその代わり権利を購入する必要はないから安心しろ」



 いやその権利とやらを持ってる人にとっては中抜きされてるだけだよね!?となるがまあ俺にとってはありがたいので何も言わない。だが周囲には少し不満そうな表情も見受けられた。それを無視し強引に話を持っていこうと彼は大きく腕を広げ、背後に画像を投影する。非常に見覚えのある男の顔がそこにあった。



「さあまずは今日の機械獣討伐だ。『モーセの剣』対策はOKだな! それでは悪質な、予言者オレンジを騙る極悪人を排除する作戦の第一歩だ! 偽物に死を!」



 闘技場で撮影されただろう、無駄にダイナミックに『獣殺し』を構える旧人の姿。そこに映っているのは当然の如く俺の姿だった。レイナが後ろから俺の口を抑えるがそもそも叫ぶ以前に絶句して言葉がでてこない。そうか、だから皆変装を推奨したのか。あのカナの唐突なムーブにも意味があったのか。



 驚きはそこでは終わらない。天井が開放される。このVerで初めて浴びる太陽光が驚くべきものを照らしていた。



 それは紫と白が入り混じった液体の壁だった。完全に天井が開かれ部屋の壁も収納されたらその認識すら間違いであると気づかされる。液体は円柱状に切り開かれており、それは遥か下まで続いている。そしてはるか上に太陽がこちらを覗き込んでいる。



 モーセはヘブライ人を連れて追手から逃げる為に海を割って見せたと言われる。そして何度も聞いたワード、『モーセの剣』『船内』『デッキ』『マイナス質量物質』『浮遊する大阪市』。



 つまり今まで俺たちがいた場所は地上などではなく。



なのかここ……!?」

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