マスカレイド

 余りにも長い検査を切り抜け時間は既に昼過ぎに。結局よくわからないクイズだけではなく脳のうんたらかんたらを検査されたりと色々されてしまった。



 唯一救いなのが待たせてしまっていたレイナ達が悠々と近場の猫カフェで寛いでいたことか。しかしあんだけ検査して異常無しだったら承知しないぞ、と思いながら一旦解散し、3人で『HAO』にて再集合することとなったわけである。



 というわけで半日ぶりにログインするとこの前の鋼光社の拠点であった。少し古びた部屋に使い方の分からない設備達、そしてカナ。そしてログインしたと同時に外の扉から入ってきた人物がいる。レイナと紅葉だ。



「お義父様、お母様。そして紅葉元社長様。お待ちしていました」


「お、こんにちはやで」


「あ、ははは……、こんにちは?」



 なるほど、レイナの反応の理由がよくわかった。今朝の反応はこのNPCの存在により無理矢理俺を意識させられたから、というわけか。リアルの人間関係にパンチを入れるようなNPCを用意するゲーム、やっぱクソゲーだろ。



 それはそうとレイナはいつも通りの見た目だが紅葉の装備が変わっている。腕が明らかにゴツい、指の先に小さなブレードがついた近接戦闘用の義手だ。あれ伸びるのかな、それだとメチャクチャ格好良いんだけど。



 ついでに背中にも大きな箱を背負っているなど大きなイメチェンを果たした紅葉であるが、彼女はそれより大きな変化を果たした人間にポカンとしていた。



「……何も言わないで欲しいです」


「勘次君、似合っとるで」


「何も言うなって言ったぞ!」


「まあまあ、こういう趣味があるってことは周囲には内緒にしておくからさ」


「違う、これカナの趣味!」




 勿論俺の女装である。犯人はこいつだとそう言ってカナを指さそうとすると獣人特有の凄まじい動きで回避、レイナの後ろに隠れる。そして名案を思いついたかのように耳打ちした。



「あの、お母様達も男装しませんか?」


「何でそんな話になるんだ!」


「でも確かに変装はいるんよな。下手に仮面被るよりもその方がええか」


「TSとかそういうのが趣味なのかい、カナ?」


「別にそういうわけでもないですが、うーん」



 カナは自身の案が受け入れられたにも関わらず微妙そうな表情をしていた。じゃあ何で提案したんだよお前、という質問への答えはすぐに返ってくる。



「人が困ってるのを見るの、楽しくないですか?」


「だから女装させたのかよ!」



 最悪の回答である。一体誰の影響を受けてこうなったのか考えたくもない。



 クスクス、と笑う姿からこの自称義娘の本質が見えてきた気がする。初めの方の淑やかな雰囲気は何処行った、いやようやく化けの皮が剝がれたのか。たった一日、RTA記録樹立である。あのお姫様抱っこも俺を辱めるためにやった可能性が出てきたぞ。



 だが他の女性陣的には納得のいくものだったらしく、「リアクションええもんな」などと言いながら男物の服を探し始めている。そんな早く納得するなよ、と思いながら着替えの邪魔をしないように隣の部屋に移動する。



 そこは寝室であり6個の布団が並んでいる。そもそも一時的な拠点であるが故に数は少なくて良いのだ。その中の2つに人影がある。眼鏡先輩と裏色先輩だ。なるほど、睡眠という形でログアウト中の体は保存されるわけか。しかし呼吸している様子は全くなく、暖かさも感じない。しゃがみ込んで恐る恐る眼鏡先輩の手を触ってみると無を感じた。文字通りの無。触った感触はあるのに何もないように感じる。



 ……死んでるのかこれ? まあログインしてない状態の体のイメージは確かにこうかもしれない。もし呼吸とかしてたらエネルギー使ってることになる以上、一週間ログインしてなかったら餓死してたとかになりかねないし。



 向こうではキャッキャと女性陣が騒いでいる。今までのVerではマトモに服を選ぶ余裕も選択肢もなかった。しかし今回は市場も発展、というかかなり残存しているお陰かそういったものも数多く取り揃えられている。そんなことを思いながらしばらくボーっとしていると向こうから「勘次、カモーン!」とレイナのテンションの高い声が聞こえた。 



「はいはい……ってマジで似合ってるな」

 


 多少待ったとはいえそこまで時間は経過していないはずだ。なのに彼女達、いや彼らの見た目は大きく変わっていた。恐らく俺のものとは逆の、見た目を変えるセットの一つなのだろうが素が良いので大違いだ。



 紅葉は髪をバッサリと切り、一方で柔和な雰囲気も残っているため高貴な家の後継ぎかのような見た目である。いや実際社長の娘なんだけど。対するレイナは髪を切らずに後ろで括り浮世離れしたイケメン、といった様相だ。服は二人共あえて前verでも見た初期装備の男性用の服であるが服が見劣りしすぎている。普段の俺より格好良いのが腹が立つ、今からヒゲでも落書きしてやろうか。



「せやろ〜」 


「声も変えたのか」


「勘次君かてやってるやん」


「リアルで売ってるという話は聞いたことあったけど、このレベルは流石だね。諜報のために真面目に変声を学んでいたのが馬鹿らしいよ」



 そして二人と俺の声も変わっている。首元に付けたチョーカーが適宜振動を喉に与えて音声を変更するらしい。お陰で美青年2人+変態女装大学生1人という構図が完全に成り立っている。いや、俺も多分男とはバレないのだが。一方カナはいつも通りの表情だ。俺を女装させたときの喜びはどこに行った。



「お似合いですね。念の為に録画もお忘れなく」


「それ絶対黒歴史保存用だろ」


「まあいまからうちらが行くのは敵の本拠地やからな。何か一つでもデータがあったら持ち帰りたいのはその通りや」


「おっと、彼らもログインしたようだね」



 扉の向こうからごそごそと音がなりしばらくすると二人の姿が現れる。先ほどまで寝ている、というかログアウトしていた眼鏡先輩と裏色先輩だ。



「すまん、遅れた」


「いえいえ、こちらが遅れたわけですから。クソ身体測定め」


「やっぱあの女医、鋼光社の……」



 そう、昨日時点で先輩たちも偽予言者狩りの作戦に参加すると言ってくれていたのだ。そのため今回は6人と大所帯での参戦となるわけだ。先輩たちとレイナ、紅葉は無難な挨拶を交わす。何故か裏色先輩が動揺し続けていたのは面白かったけど。そんなにビビることあるか?



 因みにカナはお留守番らしい。なんでも顔が割れているとのこと。いやお前も男装しろよと突っ込んだら「既に見破られています」だと。チクショウ、一人だけ安全圏にいてやがる。



 集合場所は屋上区画らしく早速先輩たちは先に自分たちの部屋に乗り込み上に移動していく。俺も自分の部屋、というか牢屋をこの階に呼び出そうとしたところでポンと肩を叩かれる。そこにあったのは男装した紅葉。



「装備なしでどうする気やねん。Apollyonが壊れている間の金策で死んだら話にならんやろ」



 そう言って既に用意してあったラックから何かを取り出す。見覚えのあるパワードスーツ、ヒニル君が使っていた奴に酷似している。装備はごついライフルと鞘に仕舞われたままのブレード。だが顔部分まで装甲があり透明なヘルメットが存在していた。紅葉は言葉を続ける。



「今から行く所は船内と違って完全な外、『モーセの剣』効果範囲内や。生身やと即死やで」



 ……前のVerじゃ酸素がほぼないとかいうクソ仕様なのに今回それ以上にヤバいの?

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